第38話
自警団の面々に事情を説明し、囮捜査は実行することになった。怪しまれないためにアークとリドルは一度宿に戻ってから夜外出するようにする。
そして夜。昨日よりもまた少しだけ痩せた月が街を照らす。ほとんどの家が明かりを消し、道は全くの無人。不気味とも言えるその光景に、起きている自警団メンバーとアーク達の緊張感が高まる。
「お二人とも、危険だと思ったらすぐに逃げてくださいね」
コディが警告する。だが、それは気休めで、社交辞令的なものだ。犯人に見つかってから逃げて、助かった者など一人もいないのだから。アークとリドルもそれは了解している。が、アークは笑って返答する。
「大丈夫だ。何があってもまあ、死ぬことは無いだろうからな」
そのセリフに納得いかなそうに「はぁ」と声を出したコディを置いて、二人は夜の闇へと消えていった。
***
街は昨晩と変わらず静寂に包まれている。だが、昨晩とは明確に違う気配を、人間を超えた吸血鬼と英雄たる二人は鋭敏に感じ取っていた。その気配はピッタリと二人に着いてきており、機会をうかがうような動きをしている。開けた場所で、二人は足を止めた。気配も同じ場所で停止する。
「殺人鬼ではあっても、暗殺者では無いようだな。隠れても無駄だ、お前の位置はわかっている。こんな具合に、な」
気配のする方向に、アークが素早く糸を放った。普段は人形を操るための糸ではあるが、以前サイグを縛り付けたことからもわかるように、強度は十二分である。より合わせればそれこそ英雄すら無力化が可能だ。特に刃物には強い。
しかし、アークの信頼するその糸は暗闇の中でふつりと切られ、アークの手元にだらりと垂れ下がった。
「少しはやるみたいね」
その様を見ていたリドルが呟く。手には既に多量のナイフが出現している。それをアークと同じように気配のある場所に投擲する。月明かりに照らされて、刃が獰猛に輝いていた。
だがその攻撃もことごとく無効化される。数度の金属音と、弾かれたナイフが地面に落ちる音が続いた。ゆらり、と気配が動き、この街を戦慄させた連続殺人犯の姿が明らかになる。
「こんな爺に突然刃物を投げつけるたあ物騒なお嬢さんだ、夜の散歩を楽しんでおっただけだというのにのう」
長く白い髭を蓄えた老人が、困り顔で言う。それだけなら好々爺といった風情だが、右手に握られた刃物がその印象を否定する。刀。切れ味という刃物としての重要性と、耐久性という武器としての重要を両立し、なおかつ軽い。しかし原則両手で扱わねば十分な威力を発揮しないという特殊さを持った、独特な武器である。コディの証言とも一致する、連続殺人犯だという動かぬ証拠だった。
「今夜は外出禁止だ。ボケた老人はそんなこと、すぐに忘れてしまったかな」
「ぬかせ若造」
「年上には敬意を払えよ小僧っ子」
互いに挑発し合う。アークのセリフに、老人はハッとしたようだった。
「なるほどなるほど、吸血鬼を斬ったことは、まだ無かったのう」
獣の如き醜悪な笑みが、その顔面に張り付いていた。
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