第37話

 一通り昼間の町も周り、異常が無いか調べた……そんなものがあれば、自警団がもっと早く気づいているはずであり、無論徒労に終わったが。


「手がかり、無いわね。当たり前だけど、刀を普段から持ってる奴なんて見かけないし、何か事件があるわけでもない。昼間のこの町は平和そのものよ」


 自警団の詰所の休憩室に来て、出してもらったコーヒーを飲みつつ、リドルはぼやいた。ベンチの隣に座るアークも、日が出ている中を歩き回ったため、流石に疲労の色が見える。


「まあ、あれだけで手がかりが見つかるなら、ここの者たちも苦労はしまい。やはり犯人を見つけ出すなら夜だろう。外出禁止の呼びかけも、今夜からは町長を通して厳正に行われるらしい……しかし長引かせるわけにもいかんだろうな。業を煮やした犯人が家の中に押し入らないとは限らん。明日中。いや、出来れば今夜中に決着をつけてしまいたいところだ。そのためには……」


 途中からはリドルへの返答ではなく、状況の確認と自問自答になっている。リドルもまた、半分以上は聞き流していた。アークの独り言だけが流れる室内は音声がある故に一種の静謐が保たれていたが、それを扉が開く音が破った。


「失礼。お話し中でしたか?」


 入っていたのはコディだった。アークの話し声を聞いて出ていこうとしたが、その本人に引き留められる。


「いや、寧ろ来てくれて助かった。今夜の方針なんだが」


 社交辞令的ではあるが感謝の言葉と、自身が必要とされているという事実に、コディは浮足立ち、頬をほんのり染めながらアークの前まで歩いてくる。


「今夜の方針、と言うと?」


「ああ、所謂、『おとり捜査』というのをやってみようと思ってね」


「おとり捜査、ですか?しかし誰が」


「お前の目の前にお似合いの二人がいるだろう」


 アークは微笑を浮かべながら答えたが、コディは益々疑問を覚えるばかりだった。それは彼のとある勘違いによるものなのだが、アークはそれに気づいていなかった。そして次の瞬間、それに気づくことになる。


「アークさんとリドルさんが?しかし犯人が狙うのは男女のペアや家族連れです。お二人はどちらも女性では……?」


 アークの目が点になる。次いで噴き出した。予想してしかるべきだったのにその可能性をすっかり忘れていた自分と、お手本のように勘違いしたコディへの笑いである。隣ではリドルも腹と口を押さえて笑いを堪えていた。


「ふふ、クッ。そうか、そういう風に見えるということもあるのだったな。隠居生活が長すぎて忘れ去っていた」


「は?」


「いやなに、長生きすると往々にして性別が曖昧になるという話だ。私は男とも女とも言えないのだよ。しかしまあ、見た目は最近女よりだったかな」


 困惑するコディを尻目にアークは爪を伸ばし、自身の髪を肩より上でバッサリ切った。落ちた髪は音も立てずに影の中に落ちていく。髪を切ったアークの容姿に、コディは目を見張った。髪を切っただけだというのに、ぐっと男性的な印象を感じたからだ。

 浮かべる微笑は今までより嘲りを含んだもののように見え、長髪によって隠れていたのか、体のシルエットが筋肉質になったようにも見えた。今のアークが目の前に立って、女だと思うものがいれば余程独特な感性を持つ者だろう。


「これで男女の二人組に見えるかな?」


 そうやって問う声も、幾分か低くなっているようだった。コディは何を口に出すことも出来ず、コクンとうなづくだけだった。

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