第36話

 夜が明けて、相変わらず不機嫌そうに目を開けたアークは、既に閉まっているカーテンを乱暴に更に閉じようとした。その行為が徒労だということに気付き、眠気を堪えきれずにベッドにもう一度突っ込んだ。隣ではリドルが寝ている。ベッドの上に流れているリドルの黒髪にアークの銀髪が絡み、夜空に天の川が出現したようだった。朝食は町に出て取ることになっている。多少惰眠を貪ろうと咎める者はいない。うとうととしながら、アークはリドルの髪を手で弄ぶ。人形を操るアークが女の髪を触る手つきは繊細だ。束を手ですくい取り、その中から一本ずつ落としていくという芸当を難なくこなす。しばらくそんな遊びに興じていると、リドルが目を開き、微笑する。


「ふふ、赤ん坊みたいねアーク」


 珍しく穏やかな態度でそう言った。髪を触るアークの手を振り払おうともしない。こういった時のリドルは、魔性の女とか、魔女だとかと形容したくなるような妖艶さと色香があった。思わず見とれそうになって、アークはぎゅっと目を瞑って呆ける自分を否定する。


「そんなに必死にならなくてもいいじゃない。自分に素直なのがアナタの長所だと私は思うけど」


「なら自分に素直に言おう。背中に隠している凶器を捨ててくれ」


 アークの言葉にリドルはきょとんとした顔をして、次いで溜め息を吐いた。背中に隠していたナイフを空中で霧散させ、起き上がる。


「危機感知能力は一流よね。3000年も生きてたら鈍くなりそうなものだけど」


「お前といて鈍る者がいたら驚きだよ」


 今の一件で完全に目が覚めたアークも立ち上がり、少し乱れた髪を手櫛で軽く整えた。カーテンの隙間から入ってくる光に目を細めていたが。


「さてと、とりあえず町に出るか。町長に色々と店も教えてもらったことだしな」


「不謹慎かもしれないけど、全部回るために事件が長引いてくれないかななんて思っちゃうわよね、あそこまで熱心に紹介してくれると」


「カールの町からはそう遠くないのだし、この一件が終わればまた来てみれば良いだろう。それくらいの余裕はある」


 それを聞いたリドルの表情がパッと明るくなる。この町に来てから彼女のそういった少女めいた態度を見ることが多いが、どちらかといえばそちらの方が素に近いのだろう。愛する者と共に見知らぬ町の中を巡る、という状況は1000年生きようと関係無く幸せなものである。


「アークって割と寄り道好きだったりする?」


「ん?どうした藪から棒に。嫌いではないぞ。寄り道した先で巡り会うものも色々とあるからな」


 リドルの問いは「真の不老不死という大目標がある割にそこに至るまで全てを効率的に終わらせないのはどういうわけか」という意図が言外に込められていたのだが、それをアークが察することはなかった。だが正直な返答がその問いに対しての答えでもあるのだろう。リドルは1人納得し、頷いた。アークはその意味もわからず、疑問符を浮かべるばかりだった。

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