第33話

 馬車が止まり、アークはリドルを揺り起こした。もうほとんど起きていたようで、すぐに目を覚まし、ぐっと思い切り体を伸ばす。その際に強調される体のラインは蠱惑的で、男の目を奪って離さないものだったが、アークはそんなことには興味も示さず馬車を降り、カールから貰った町の地図を開いていた。


「よく寝た。で、どこに行けば良いんだっけ」


 地図を覗き込みながらリドルが聞く。寝起きの目には地図は記号と線の羅列にしか見えず、リドルは目頭を押さえた。


「まずはこの町の町長に会いに行って話を通す。次に自警団の詰所に行って事件のあらましと捜査の現状を聞く、という流れになるかな。一段落したら宿を探そう」


「異議無し。難しいことを考えるのは苦手だし、そういう面倒なのはアークに任せるわ」


「お前が口を挟むと大概話が拗れるからな、その方が助かる」


 率直な意見を口にしたアークだが、リドルはつまらなげな顔をしてアークの肩に軽く肩をぶつけた。


「その通りなんだけどそこまで言われるとちょっとむかつくわね」


「後で甘い物でも奢ってやるから許してくれ」


 単純なご機嫌取りだったが、リドルは大きく破顔した。


「絶対よ、おいしくなかったら許さないから、その時は命で償ってね?」


「不用意な発言1つで命を取られる……政治家にでもなった気分だな」


「何ぶつぶつ言ってるの、早く行くわよ」


 アークが頭を掻いている間に、リドルは町の中に歩みを進めていた。アークも早足で追いかける。新しい町に来てはしゃぐリドルの姿は見た目よりも幼い少女のようで、アークは思わず微笑んでいた。



***



 アーク達は予定通りまずは町長を訪ね、事情を説明した。気の良さそうな男性で、美味しいコーヒーを振る舞ってくれたのが印象的だった。今晩泊まる場所を探しているとアークが漏らすと、町の中のおすすめの宿まで紹介してくれた。


「思わず長居をしてしまったな……」


「町のPRに余念が無かったわね。ご夫婦なら是非この町に腰を落ち着けてみては~、なんて言われちゃったし」


「善良な人なのに違いは無いのだろうな、事件についてもかなり真剣な表情で話していた。あれには嘘が無かったよ」


「そうね。次は自警団のところだっけ、早く済ませちゃいましょ」


 アークは頷き、詰所の方向へと足を向けた。



***



 詰所に来ると、青年が2人を出迎えてくれた。自警団、という言葉からは警察機構としては不安なような印象も感じさせるが民衆からの信頼も篤いらしく、多くの人々が真剣な表情で事件について話し合っていた。


「助かります。本当に人手が足りなくて。カールさんの紹介なら安心だ、これからよろしくお願いします」


 その後青年はコディと名乗り、一通り詰所の中を案内した後、2人と固く握手を交わした。アークとリドルも自己紹介をして、早速事件の話を聞く。


「辻斬りという話だったが、被害はどの程度だ?」


 アークがそう聞くと、今まで明るかったコディの表情が一転して暗くなった。ライトブラウンの瞳の奥に深い悲しみが垣間見える。


「犯人に殺された人はかなりの数になっています。ただの殺人犯なんてものじゃありません。信じられない程強くて、自警団の人も、犯人と直接戦おうとした人は皆死んでいます」


「そうか……そうなると犯人を直接見たことのある人間はいないのか?」


 コディは首を振る。直接戦おうとした人は皆死んだと言うが、被害者の中に生き残りでもいたのだろうかとアークは予測した。


「いえ、実は僕はみたことがあるんです。遠目にですけど。顔は上手く判別出来ませんでしたが、武器が特徴的だったので、それはしっかりと」


「刃物なら詳しいわ、絵とかあるなら、見せてくれないかしら」


「そう言うと思って、以前描いたものを持ってきてます、これなんですが」


 コディは胸ポケットから紙を取り出し、2人に見せた。それには一本の武器が描かれている。

 反りがある、片刃の剣。武器の横には比較用の人が描かれており、大きさからして両手で使う物のようだと推測出来る。だがそれにしてはあまりに細い。見たことも聞いたことも無い武器に、アークは首を傾げたが、リドルは確信を持ってその名を語った。


「刀ね」


「「カタナ?」」


 アークとコディの声が重なった。どちらも微妙に発音がズレているが、それは修正せずにリドルは続きを語る。


「ええ、東洋の島国に伝わる武器で、良く切れるし、見た目に反して丈夫らしいわ。あんな辺境の人間がこんなところまで来ているのね。態々、辻斬りなんてしに」


「刀か、しかしそれだけわかってもな」


「いえいえ、新しいことがわかっただけでも収穫です、ありがとうございます!」


 明るい声でコディは言う。本心からの言葉なのだろう、捜査が進展したことへの悦びが滲んでいた。


「ふむ、それは良いが、まだ色々と質問させてもらうぞ。被害者に共通項のようなものはあるか?」


 コディの顔が再び引き締まる。しっかりとした声で問いに答えていく。


「はい、被害者のほとんどがカップルや子連れなど、家族やそれに準ずる関係を持つ人々が一度に殺されています」


「そうか。そういった人達に外出を控えるよう言ってあるか?」


「呼びかけてはいますが、徹底されていないというのが現状です」


「取りあえずはその指示を広めることが肝心だな、犯行時刻などはどうなっている?」


「いずれも夜です。そのせいもあって犯人の顔を確認出来ていないのですが……」


「分かった。では夜は私達も見回りをしよう。私としてはそちらの方が動きやすいからな」


 最後の言葉にコディは首を傾げたが、それ以上追求することはせず、取りあえずはこの辺りでと話を切り上げたのだった。

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