第32話
「アーク、昨日の今日で悪いけど頼みがあるんだ」
翌日、朝食を食べ終わったカールが神妙な顔でアークにそう切り出した。アークは食器を片付けて座り直し、カールを正面から見据える。その他のメンバーも、各々カールの言葉に耳を傾ける。
「なんだ、遠慮なく言ってくれ。出来る限りは力になろう」
「うん。粛正者絡みでは無いんだけど、隣町で辻斬りが出たらしい。捜査が難航してるから、信頼出来る人材を送ってくれないかって手紙が送られてきてね」
「その町の警察機構の手に負えない、ということか。お前のようなやつに頼むあたり、本当に追い詰められていると見える」
アークは真剣にそう言ったが、カールは不服そうに頬を膨らませた。
「失敬だな、これでも人の信頼は結構勝ち取ってるんだよ?でなきゃ町1つ管理出来るわけないだろ」
「どうだか。まあいい、それは本題では無いからな。で、その信頼出来る人材というのが私達というわけか」
「その通り。粛正者の件もあるから無理にとは言わないけど、犯人を放置していればいずれ被害がこちらにまで及ぶかもしれない。看過は出来ないよ」
「ふむ」
アークは考え込むようなポーズをしたが、了承するか否かは既に決まっている。やがて首を縦に振った。
「良いだろう。だが全員で行くわけにもいかんな、我々からは私と……」
「アークが行くなら私も行くわよ」
言い切る前にリドルが割り込む。アークは彼女の方を見て小さく頷いた。
「そう言うと思っていた。この2人で行ってくる。サイグとゼロがいれば、最悪の事態は免れることが出来るはずだ。私とゼロは人形で連絡を取り合えるから、何かあればすぐに言ってくれ」
吸血鬼1人と英雄1人。過剰戦力とも言えそうだが、アークが動くとなればリドルも動く。これが最小戦力なのだ。それにサイグもゼロも一度はアークに後れを取りはしたが相当な実力者である。不足であるはずもない。
「任せろ。人々の平和を脅かすようなヤツに俺が居る限り好きにはさせないさ」
「頼もしい。もしもう一度シンキが来るようなら、昨夜講じた対策を実行してくれ」
「今日はやけに素直だな、不気味だぞ」
「やかましい。折角真面目に話そうとしているのに茶化すな駄英雄」
「はいはい。例の薬だろ、わかってるよ」
薬というのは、シンキの襲撃を受けてアークとカールが共同開発したものである。アークがシンキの能力を自己暗示によって軽減したという話から、自己暗示と意識の緊張の効果を現す薬品を作成したのだ。暗示の魔術と錬金術の融合の産物であり、乱用はダメ、ゼッタイ。という代物だ。効果時間も長く、対抗策としてこれ以上のものは現状望めないだろう。
「ならば良い。他の粛正者が来るようなら臨機応変に対応してくれ。というかそちらの可能性の方が高い。我々の手の内もいくらかバレてしまっているだろうし、より我々に有効な能力を持った者を派遣してくるはずだ」
アークの忠告にサイグは深く頷いた。手の内がバレた、とは言ってもサイグはほとんど前回の戦闘に参加出来ずに終わった。あるいは彼の存在が粛正者への切り札になり得るかもしれない。その自覚は彼自身にもあるのだろう。
「さて、老人のおせっかいはこのくらいにしておくか。カール、その隣町までの距離はどれくらいなんだ?」
「そんなに遠くないよ、馬車で3時間も走れば着くはずさ」
「それくらいの距離なら何かあってもすぐ戻れそうね」
「ああ、依頼を放り出すつもりはないが、万が一の時にすぐ対応出来るのはありがたいな」
「じゃあボクは紹介状書いたりしておくから、2人も必要なものを纏めておいてね」
「ああ、なるべく早く戻るよ」
***
それから1時間程経って、アークとリドルは他の仲間達に見送られながら町を出た。ジルトが名付け親であるリドルにくっついて離れようとしなかったのが印象的だった。
「あの竜の子も、少しずつ成長しているようだな」
それはほとんど独り言のようだったが、リドルはその隣で頷いた。
「ちょっとずつ体も大きくなってるみたいだしね、そろそろ火を噴いたりするんじゃないの?」
「大きくなってもいつまでもサイグの肩に乗ろうとして、その内サイグが潰れることなどもあるかもしれんな」
「そうなったらちゃんと助けてあげなさいよ?」
「奴なら自力で這い出てくるだろう」
2人の間には珍しく和やかな雰囲気が流れている。リドルが一日に一度殺しに失敗すればその後はアークを殺そうとしないという約束のせいもあるが、それだけではないだろう。殺しをしないだけで、リドルはしょっちゅう刃物をちらつかせるのだから。
「アークと二人きりってのも、なんだか随分久しぶりな気がするわね。今まで一緒にいた年月に比べれば、ここ最近のことなんて気にも留めないような時間しか経ってないのに」
「まあ、色々あったからな、サイグが私達の家にやってきて、ゼロが3000年の苦しみから私に叛逆し、カールから手紙が来て粛正者と戦った」
「大変なこともいっぱいあったけど、私楽しいわ、好きな人と色んな経験をしてるんですもの、恋する乙女としては万々歳だわ」
「乙女という歳か?精々魔女あたりが適切な表現だろう」
「人が折角穏やかに話してあげてるのに殺されたいの?女は恋心を忘れなければいつまでも乙女なのよ」
「そうかそうか。しかしまあ、私もこの一ヶ月にも満たない時間が充実しているとは思うよ。生きている心地がするというか、な」
「死ぬような思いも結構してるんじゃないの」
「だからこそだ。どうにも吸血鬼というのは死が遠くなって日和りがちだという持論を実践してしまっていたことに気付いたよ」
「そう。ふわ……ご免なさい、私まだ眠いわ、着くまで寝てても良い?」
「お前が大人しくしてくれている方が私としてはありがたい」
「もう、素直じゃないんだから。じゃ、おやすみ」
そう言ってリドルはアークの肩に頭を預けて寝息を立てだした。長い黒髪がアークの体にかかる。肌にあたるとくすぐったかったが、それがどこか愛おしかった。
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