第24話
翌日、いつもと変わらず、当然のように朝はやってきた。久々に日光によって起こされたアークは実に不快そうにカーテンを閉めた。寝間着から普段着に着替え、しばらくベッドの端に座って部屋の片隅をぼうっと見つめていると、扉をノックする音が聞こえ、それで以て完全に意識を覚醒させた。
「誰だ」
自分の部屋の戸を叩かれるということがあまりにも久方ぶりのことだったせいで、思わず力のこもった口調になっていた。
「ボクだよ、いやだな、そんな怖い声出さなくても良いじゃないか。朝ご飯の準備が出来たから呼びにきただけさ」
声の主はカールだったようだ。アークは咳払いをして彼女の声に応える。
「わかった、すぐ行く」
「うん、待っているよ」
カールが扉の前から去って行く音がした。それを確認してから、アークは部屋の外に出る。寝室は全員二階の空き部屋を割り当てられたが、既に誰の気配も二階にはなかった。もう全員起きて食卓についているのだろう。アークは少し足早に階段を降りていく。リビングでは既にアーク以外の全員が席に着いていた。アークの姿を認めたリドルがパッと表情を明るくさせる。
「おはようアーク。あと一分起きるのが遅かったら寝込みを襲いにいってたわ、命拾いしたわね」
ニコニコと笑いながら話すリドルの手にはナイフが握られている。無論それは料理を切り分けるためのものではないだろう。
「お前の言う寝込みを襲う、という語句に一切色気を感じられないのはどうにかならないのか」
「あら、私はいつだってお色気ムンムンでしょ?」
今時あまり聞かない表現をしながら、リドルは髪をかき上げ、コケティッシュな笑みを形作る。
「ああ、お前といるとドキドキしっぱなしだよ、いつ殺されるか心配でたまらなくてな」
「二人とも、夫婦漫才はそれくらいにして朝飯食わないか、俺はもう腹が減ってしかたない」
「ん、そうだな。リドルと話しているとどうにも会話が弾んでしまってよくない」
サイグから指摘されてアークは大人しく自分の席に座った。するとセーラが料理を運んでくる。表情こそすましているが、子供が一生懸命に親の手伝いをしているかのようで微笑ましかった。
「セーラちゃんは働き者ね。ごめんなさいね、急に大勢で押しかけちゃって、お仕事増えちゃったでしょう」
「いえ、いつもアーク様一人のお世話だけで物足りないくらいでしたから、皆様がいるくらいがやり甲斐があるくらいですよ」
にこりと笑うセーラは、ニンフェットという言葉を当てはめるのに相応しい少女性を表している。成長が楽しみでありながら、しかしこのまま彼女の時が止まってしまわないものかと思わずにはいられない、この年代特有の美しさというものを具現しているかのようだった。
「良く気の回る子ね」
「自慢の従者だよ。本当に頭が良くてね、助けられたことも一度や二度じゃない」
「ご主人様は抜けたところがありますから。私がいないときっとお家は埃だらけになりますし、約束事もすっぽかしてしまうに違いありません」
「返す言葉も無いよ」
ふふん、と自慢げに胸を張る黒髪の少女と、へらへらと情けない笑いをする少女。どちらかと言えば前者の方が主のようである。
「イチャつくのは良いが、例の異端粛正者とやらは何時くるんだ?吸血鬼相手に、まさか夜に攻めてくるわけでもあるまい。ましてや今日は満月だ」
そう聞いたのはゼロである。なんだかんだと話を本筋に戻そうとするのはアークと違う点の1つと言えるだろう。その問いに、カールは神妙な顔をして答えた。
「いや、奴は今日の夜に来るらしいよ。一般人を巻き込まないよう万全を期すにはその方が良いらしい。舐められたものだけど、それだけ実力のある粛正者が来るってことだろう」
「そうか。まあ何にしろこちらが有利な状況で戦ってくれるのはありがたいな」
「うん。そんなわけだから、どこかに行くにしても日が暮れる前には戻ってきてね、セーラ、君もだよ」
「わかっています。買い物などの外出の必要な用事は昨日までに済ませておきましたから、今日は私も一日中家にいますよ」
いつもと変わらず、当たり前のようにやってきた朝だが、いつもと変わらなくやってきて欲しかった夜への緊張が、少しずつ高まってきていた。
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