第20話

 アークが言った通り、二時間程度で目的地の町が見える場所で馬車は止まった。時間はもう夜で、外に出たサイグは時差ボケのような感覚を覚え、目頭を押さえた。


「外じゃどれくらい時間が経ったんだ……?」


「丸二日、だな、恐らく」


 答えたのはゼロだった。彼は馬車を操っていたため、一人外の時間の感覚の中にいたのだ。


「その通りだ。あの中の一時間は外の一日に相当する。ゼロ、無理をさせたな、休んでいてもいいぞ」


「3000年待つのと比べれば二日など誤差だ。人形相手に変な気を遣うな。なんなら壊してくれてもいい」


「私はお前を使い捨ての人形とは思っていない。壊すなど出来ようはずも無いさ」


「ふん……」


 ゼロは自身が修復されたことに未だ納得していない。不満げな瞳でアークを見つめながら、己の体に巻き付く魔力の糸を鬱陶しそうに払う。当然、その程度で糸が切れるはずもなかった。



***



 馬車が止まった場所から一行は更に一時間程歩き、町の中に入った。時刻は夜の9時頃だろう。家々には明かりが灯され、町は賑やかだ。飲み屋街の方からだろう、男達の陽気な声も聞こえてくる。誰もが豊かで不自由のない町だ、という印象を受けるに相違無かった。


「こんな町に吸血鬼が住んでいるの?アナタといい、随分世間一般の想像からはかけ離れているわね」


「本当に奇特なヤツだよ、アイツは人間が好きなんだ。私と一緒にいた時も、困っている人間を助けようとしてどれだけこちら側が困ったことか」


 アークはそう言うが、どこか嬉しそうである。良い友人だったのだろうと推測出来るが、それが気に入らないのはリドルだ。


「随分仲が良かったのね。会ったらただじゃ済まないでしょうね……」


「やめろ。本当にただの友人だ。出来れば仲良くしてくれ。それに、お前の戦い方とヤツの魔法は相性が悪い。戦わないのが吉だよ」


 アークの言い分は理解したが、リドルは複雑である。理性だけで恋心さついをどうにか出来る程、彼女の英雄としての性質は簡単ではない。それを誤魔化すように手慰みに刃物を弄んでいた。


「ヤツの家は町の一番外れだ。私に頼むということはかなり追い詰められているのだろう。急ぐぞ」


 そう言って、アークはそそくさと歩き出した。


***


 アークが立ち止まったのは1つの家の前だった。見た目は他の家と変わらない。アーク以外は訝しげだが、アークは迷い無くその戸を叩いた。十数秒の間の後、可愛らしい服を着た10を少し過ぎた年頃の少女が出てくる。夜の中、月の光を受けて艶めく黒髪と、碧色の瞳が、将来の美しさを想像させる少女だった。アークは膝を折って彼女に視線を合わせると、優しく微笑みながら話しかけた。


「こんばんは、夜遅くに申し訳ない。私はここに住んでいるはずのカールという人を訪ねてきたのだが、この家はその人の家で間違い無いかな。と、すまない、私はアークと言う者だ」


 少女はアークの名を聞くとハッと目を見開き、アークも通れるように扉を大きく開けた。


「どうぞ。ご主人様からお話は聞いています。まだ起きていますから、お話も出来るでしょう」


「ありがとう、お邪魔するよ」


 少女の行為は、「吸血鬼は住んでいる人間からの許可が無ければ他人の家に入れない」という吸血鬼の性質を知っているが故のものだった。教育が行き届いているな、と少し感心しながら、アークは家の中に入った。


「お連れ様方も、どうぞ」


 戸惑いながら、リドルとサイグ、ゼロも家の中に入る。それを確認した後少女が閉めた扉の音が、やけに大きく聞こえた気がした。

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