第19話
馬車の中は見た目よりも余程広かった。サイグが目を丸くしているし、肩に乗ったジルトも困惑するように辺りを見回している。いち早く椅子に座り、足を組んだアークがふん、と鼻を鳴らした。
「あの人形倉庫と同じ仕組みだ。多少空間を歪ませてある。これくらいなら入った者の平衡感覚を崩すようなことにはならん。本来、この魔術の使い途として適しているのはこちらだよ」
「私のことを都合の良い女だのなんだの言うけど、アナタも大概ね」
「そんな悪意を込めた呼称でお前を呼んだ覚えは無いわ。便利だと言うならその通りだがな」
リドルは答えず肩を竦めてアークの隣に座った。
「意味ありげな仕草で誤魔化すな刃物狂いが」
「アナタこそいつも気取り過ぎなのよ人形狂い」
「人形というくくりにしているがこの馬車、それとは言い難いものな……」
呆れと感嘆が含まれた言葉を発したのはアークだ。自分の指で馬車を操りながら、その表情は怪訝である。
「大事なのは定義の問題だ。私は人形ならば操れないものはない。ならば馬車であろうと人形と定義してしまえば操れないはずが無いのだ」
「理屈はまあわからないではないがな、貴様は私なわけだし。だがなあ、私がこんな妙ちくりんなものを作り出したのは信じたくないないな……」
「私はアーク、お前はゼロだ。最早私達は同一存在ではない。信じたくないなら信じなくて良いさ。ま、こうして乗っているのは事実だから、信じないというのならお前は存在しない何かを操っているということになるがな」
「詭弁はやめろ。信じるさ。こうして私が操っているんだから、信じないわけにはいかん」
「同じ声と同じ顔が会話してるの、本気で気持ち悪いわね、やっぱりどっちか殺すべきじゃない?」
「「やめろ、今殺されたら馬車がずっこけてお前も無事では済まんぞ」」
リドルへの感情は二人とも大して変わらないらしかった。異口同音(正に、『同音』である)にそう言われて、彼女も気勢を削がれた。かなり衝撃的な光景である。ともすればホラーとも言えるだろう。
「それで?遠いって言ってたがどれくらいかかるんだ、あんまり長いと俺が困るんだが」
「そのことなら安心しろ、この馬車の中は時間を歪めてある、体感で二時間もすれば到着するさ」
「滅茶苦茶便利だし、ちょっとずるくないか、どっかに誰かを誘い込んでこの魔法を使って、その後閉じ込めれば簡単に無力化出来るじゃないか」
「そう便利なものではないさ。人形倉庫もそうだったが、あまりいじり過ぎると私にも手がつけられなくなるし、この魔法はどこかに出入り口を作らなければならないという条件もある。無限に空間を広げれば実質的に出入り口を無くすことも出来るが、空間の歪みに比例して時間の歪みも大きくなり、最終的に時間はほとんど止まる。いずれは攻略されてしまうんだ。対人用に使用出来る魔法ではない」
「ふーん、そんなモンか。でもま、時間と空間を好きに弄れるってだけでも十分便利だしずるいよな」
「ま、そうだな。先程言ったような欠点こそあるが、不死研究の副産物としては人形に次いで実用性と利便性が高いものだよ」
「色々やってるんだなあ」
「3000年も生きているとやれることは無限にあるからな。魔法は勿論、他のことも大概出来るぞ、健康増進法などにも一家言ある」
「なんかヤだな、健康増進法などにも一家言ある吸血鬼……イメージ崩れるってもんじゃないぞ」
苦言を呈されてもアークは涼しい顔だ。その自信だけは多少分けて欲しいと思うサイグだった。
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