第18話

 少しの落下感、そして浮遊感。それが終わった後に大地に足がつく安心感。転移魔法は、そのようにして無事に完了した。アーク達の視界の先には、広大な草原ばかりが広がっている。ここは世界の果ての淵、そのほぼ真上である。地平線の彼方まで人工物らしきモノは無く、あらゆる存在が未だ手をつけられていない土地だ。


「便利なもんですね、リドル嬢の魔法は。俺がここまで来るのとここから降りるのとで、どれだけ苦労したことか……」


「ええ、本当に便利よ、食料を調達したいときには最高にね」


 あからさまなその一言に、サイグは察しつつも質問する。


「まさかどこかから盗ってきてたんですか、食べ物やら飲み物やら」


「私達は特に食事も必要無いが、お前が来てからは増えたな。お前が腹一杯食う飯と喉を潤す水やらで、さて何人の命が救えたかな?」


 アークの言葉を聞いてサイグはゾッとして黙り込んだ。彼は実際、その日の食べ物に困る者を何人も見てきたのだ。人類の文明レベルは遅々としてすすまない。それは、科学が発達し、神への信仰が薄れることを神自身が恐れているためだ。不老不死、全知全能の神が消滅するのは、人々からの信仰が失われる時だけだ。そんな神の保身のために、何の罪も無い人々が死んでいく。

 アークがサイグにそのことを説明すると、彼の瞳に仄暗い炎が灯る。神への復讐心は既に彼の精神と切り離せないものになっていた。


「さて、そんな話はどうでも良かろう、いずれ滅ぼすヤツらだが、それはまだ先だ。今日の目標は私の友人の家に着くことだからな。遠いぞ、かなり」


「その友人とやらはどんなヤツなんだ?そいつの記憶は私には無い」


 口を挟んだのは、起動されたゼロだった。アークは彼に、人形の操作権の4割9分を与えている。戦力として、また緊急時にはアークの代わりに周囲をまとめ上げるため、今日はこうして自由に動くことを許されている。


「吸血鬼だが……私と同じく、あるいはそれ以上に変わり者だ。なんと言っても、人間の町を管理しようと言い出すようなヤツだからな。そして変態だ、あまり深入りすると奇っ怪なオブジェに錬成される」


「錬成と言うと、錬金術師か」


 錬金術師というのは、一定の材料を触媒に様々な物体を作り出す魔術師のことだ。その難解さから、魔術というより科学側に寄っている、というのが通説だ。研究には長い時間がかかり、それを研究し続ける吸血鬼は多い。


「ああ、まぁヤツの変態性は会ってみた方が理解しやすいだろう、百聞は一見にしかず、だ」


「随分仲がよさそうなのね、どうして私にそんな女のことを教えてくれなかったの?返答に寄っては殺すわよ」


 リドルの言葉にアークは頭を掻いて溜め息を吐く。


「お前は何を言おうと殺そうとしてくるだろうが。ま、お前と会う前に100年程世話をした関係だな、まだ吸血鬼として生まれたばかりで、右も左もわからない、という風だったからな」


「吸血鬼は親が子を育てたりしないのか?」


「しない。サイグ、お前この世界で生きているのにそんなことも知らんのか」


「ぐっ、うるさい、貴様に会うまで吸血鬼に会ったことがなかったんだ」


「会ったところで、こうも丁寧に吸血鬼の生態を教える吸血鬼なんぞおらんがな。さて、吸血鬼が子を育てないという話だったか。吸血鬼は確かに通常の生殖方法……人や動物がやるようなものだな……でも子を成せる。だが吸血鬼は不死だ。夫婦が末永く一生を添い遂げるということはしないし、子供に対してもそうだ。放っておいても死なないのだから、甲斐甲斐しく世話を焼きはしない。物心がつく頃には子供の元を去るのだよ。だから吸血鬼は子を育てないと言って良い」


 かいつまんだ説明だったが、アークのそれは理解しやすく、サイグはすんなりと理解出来た。素直な感想が口をついて出る。


「なるほどな。しかしアーク貴様、説明をする時は教師みたいだな」


 その感想にアークは黙して語らなかったが、ゼロがほくそ笑みながら返答した。


「それはそうだ。人間の時、若い頃は正しく教師をやっていたからな、この男は。子供相手の簡単なものだったが。これで中々人気があったのだぞ?」


「アークがロリコンでショタコンの変態だって話?」


「生徒とは健全な関係だったわこの脳味噌ピンクが!」


「あら、脳味噌は誰だってピンク色でしょ?今ここでアナタの頭を捌いて見せてあげましょうか」


「ええいやかましい!話は終わりだ。移動用の人形を容易するから、それに乗って行くぞ!」


 話を強引に打ち切り、アークは自身の影から馬車状の人形を取りだそうとしていた。

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