第14話

 肉体の倦怠感の取れたアークが自室に閉じこもってから数日が経った。起きて早々あの色々滅茶苦茶な空間に逃げられたのでは、流石のリドルも手の出しようが無い。


「暇だわ、本当に暇だわ。ねえサイグ、何か面白い話とかないの?」


「急にそのように言われても困りますよリドル嬢、俺だってずっとここにいるんですから。毎日特に変わりなく。定命の俺は寿命を無為に消費してます」


 時間感覚の違いに、サイグは多少の焦燥感を覚えていた。神に復讐するとは言うが、それがいつになるかわかったものではない。


「その内不死の呪いでも掛けてあげるわ。人間とはいえ英雄のアナタなら精神も保つでしょう、多分。そういえばアナタの身の上話は聞いたことが無かったわね、折角だし聞かせて頂戴な、一応、英雄譚なわけでしょう?」


「一応、は余計ですよ。ここに来るまでは確かに英雄譚でしたから」


 まあやることもないし良いか。とサイグは思い、すっかり懐かれてしまった竜の頭を撫でながら話を始めた。


「俺には親がありませんでした。春先に捨てられて、孤児院に拾われたんです。ま、それだけで幸運ですよ。都会でなければそうやって捨てられ、死んでいく赤ん坊も多いですから」


「地上は相変わらずなのねぇ、ま、人は数が多すぎるから、意図的に神が間引きしてるのかもしれないけど。結構干渉してくるのよね、アイツら」


「だとしたら神は自分の生み出した人をどう思ってるんですかね、なんの罪も犯していない人が死んでいってるってのに」


「神は個人個人のことなんてどうでもいいのよ。人という種がいつまでもどこまでも繁栄して生き延びることしか考えてないの。本当、何がしたいのかしらね」


 リドルの発言を聞いてサイグは苦い顔をしたが、すぐに話を戻す。


「で、確か15、6になった頃かな。夢の中に神が現れて、俺にお告げをしたんです。お前は英雄だ、旅立ち、人の役に立て、と」


「あら親切。私の時は何の前置きも無く恋人を殺させたクセに。少しは変わったのかしら?」


「さあ、それは直接会って聞いてみないと。で、そこから先は忙しかったですよ。旅をしていればどこからでも湧いてくるように困り事に遭遇して、竜の討伐を手伝ったり、人捜しも猫捜しも、なんでもやりました。勿論犯罪以外はですけど。それでこの世界の果ての淵に住む恐ろしい魔王の話を聞いて、今に至ります」


「ふうん、恋人とかいなかったの?」


「旅立つ前に孤児院にいた女の子のことが気になってはいましたが、それ以降はさっぱり。アイツも何事もなければもう結婚してるんじゃないですかねえ」


「未練は無いの?」


「こうして思い返してみると、あんまり。人は俺を英雄と知れば頼ってくるばっかりで、手助けして、金とか貰って……英雄っていう便利屋稼業を休む間もなくやってきた感じです」


「それなら、こうして一カ所に留まるのって初めてだったりするんじゃない?」


 リドルの質問にサイグはハッとした。思えばそうだ。問題を解決すれば、何かに追われるようにその場から去っていた。腰を落ち着けるのは、初めてかもしれなかった。


「そう考えると、ここでのんびりしてるのも悪くないかもですね」


「それは良かった。で、本当に神を倒すのに迷いは無いのね?」


「まあ。アークのヤツは神を倒して、そこから世界を滅ぼそうってわけじゃないんでしょう?それに、さっきの話を聞いて思ったんです、神を倒せば、死ぬことを運命づけられる人はいなくなる。生きるも死ぬも、キチンとその人の意志になるんだ」


「まあ、私はアナタがどう思っていようとあまり関係ないのだけど。そうね、アークにとってただ自分の目的のために、一々手を出してくる神が邪魔ってだけよ。アークが真なる不老不死を求めるのって、それがまだ誰もやってないことだからなの。子供みたいな単純さ。好奇心からやってみてるだけよ」


「そういう所に惚れたんですか?」


「言うわね。まあそうよ、そういうところが好きで好きでたまらなくて、ころしたくて仕方が無い。もうちょっと普通に恋がしたかったけど、私が普通の女だったらアークには会えなかったのよねぇ……」


 互いのことを話して少しだけ打ち解けた二人は、その後もゆったりとした時間を過ごしていた。

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