第11話

 数万もの人形が集った巨人に、たった3人と1体で立ち向かう。無謀極まりない光景に見えるが、ここにいるのは地上全てを探してもそうはいない強者達だ。

 人の膝程までしかない少女型の人形が、その姿に不釣り合いな大型の肉切り包丁で巨人の腕を削り取っていく。

 愛に生き愛で殺す不滅の英雄が、生み出した大量の剣を巨人の足に飛ばし、体勢を崩させる。

 竜を狩るはずだった堕ちた英雄が、竜を屠るはずだった一撃で、巨人の胴体に風穴を開ける。

 3000年を生き、これからも未来永劫生きようとする吸血鬼が、強靱な爪で巨人の頭を裂く。

 それぞれが好き勝手に動くばかりだが、それ故に互いを邪魔しない彼らは、巨人、ひいては試作零号にとってやりにくいことこの上なかった。1人を対処しても、他が止まることは無い。多少体のパーツを壊されようと、壊された破片を使って修復出来るが、修復に集中する間にまた体を壊される。


「良いぞ、壊せ、壊すがいい!私も貴様を壊してみせる……!」


 巨人を操る試作零号が絞り出すようにそう呟き、アークに拳を叩きつける。反応仕切れなかったアークはやむなく受け止める。全身の骨を砕かれる感覚が、一瞬脳を焼いた。その一瞬が致命的。ぐしゃり、と。美しかった吸血鬼の残骸が、床を散らばる。


「ちょっ、アーク!?嘘でしょ……!?」


 不死の象徴であるアークが破壊されたことに、動揺が広がる。長く共にいたリドルでさえ、彼が肉片になるところなど見たことが無いのだ。

 すぐに肉体は修復されたが、アークの表情には驚愕の色が見て取れた。だが、すぐにその顔はいつも見せる以上に獰猛な笑みに彩られた。


「3000年の執念は、私の肉体を破壊するに値するか、良いだろう、自分の人形を壊したくはなかったが、少し本気を出すとしようか!」


 そう叫んだアークの足元から、巨大な魔方陣が広がっていく。その大きさは、無限の空間であるこの場所を埋め尽くすかと錯覚させる程だった。


「オウオウ、間抜ケナゴ主人ダコト。自分ノ作ッタモノ相手ニ、ソコマデスルカヨ」


 アークの所業の詳細を知っているのは、試作壱号だけのようだった。空間を支配していく魔力に、その場の誰もが息を呑み、動けない。


「魔力分割保存を中止、本体に逆流。魔力槽、1番から666番まで、その1割を使用する。月よ、満ち足りて我が頭上に輝け」


 魔方陣が砕け散り、金色の光の破片が空間を舞う。それはやがて、アークの頭上へと集合し、1つの天体______月を形作る。


「なん、だアレ……!?」


 サイグが声を上げる。夜、人が眠りにつく時間に輝くはずの月が、確かにこの場に顕現していた。


「吸血鬼は、光と闇の神が強く夜を照らす満月の夜に祝福を受け、その身に並ぶ者は無い……私は今、神の所業すら再現した」


 アークの瞳が妖しい赤色に輝き、銀髪は通常以上の美しさを誇るように流れる。これからは、吸血鬼の時間だ。

 銀の尾を引いてアークが走る。それは流星の如く、この場にいる誰も視認することすら出来ない。巨人は、気付いた時にはその四肢と頭をもがれていた。


「お、おおおおっ!私は、こんなところで!貴様を殺すこともなく砕かれは……!」


 修復も間に合わない。役立たずの巨人から抜け出した試作零号は、天高く輝く白銀の吸血鬼を見上げる。


「最早私達は別物だ。私が消滅しようと、お前を代わりに使うことはないだろう。勿体ぶって、こんな場所に閉じ込めてしまったことを詫びよう。生まれ変わった時、良き出会いがあることを祈る『人間のアーク』よ」


 アークの爪が、いとも容易く、かつての自分を貫いた。

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