第8話

 「そういえば、どうしてお前は人形なんか作っているんだ?吸血鬼」


 サイグがこの世界の果ての淵唯一の家に慣れてきた頃、こんなことをアークに聞いた。その質問にアークは、


「ん?趣味だが?」


 と平然と答える。


「趣味なのか!?」


 見事なツッコミを入れるサイグを、アークは意地悪く鼻で笑った。


「お前の反応は素直かつ面白くて良い、それだけでも口説いた甲斐があったというものだ」


「だ・か・ら!口説かれてなんざいないわこの若作りジジババア!」


「斬新な罵倒だな!ジジババアなど聞いたことが無い!」


「畜生おちょくりやがって!で、本当に趣味なのかよ」


「ん、そうかその話だったな、いやまあ、ちゃんと実用的な意味はあるぞ、実用的に使おうとして趣味になっただけだ」


「俺はその実用的な方を聞きたいんだが」


 若き英雄の実直さに応えて、サイグは自信の過去を語り始めた。


「ふむ、そうさな。そも私は元々吸血鬼ではなかった、お前と同じ……いや、お前以上に平凡な男だった」


「人が吸血鬼になるのはまあ、よくあることだな、お前達はそうやって人数を増やすと聞く」


 サイグの言葉にアークは頷く。ただそれだけの動作に気品が溢れる。吸血鬼は総じて美しいものだが、ここまでの美貌を持つ者は、元々吸血鬼であったものでも少ないだろう。


「その通りだ、だが、私は自力で吸血鬼になった。その過程で身につけたのが人形を動かす魔術だ」


「自力で、吸血鬼にだと?そんな話、聞いたことが無いぞ」


「だろうな、私自身の研究の成果だし、吸血鬼になった時にそれは全て消去した。私自身どうやったのか曖昧だから、もうこの世に残っていない術だよ、私と同じ領域に至るものがいなければの話だが」


「とんでもない奴だったんだな、お前……」


「伊達に3000年生きていない。吸血鬼は不老不死だが、割と良く殺されるからな、地上で私より長く生きている者はそうはいないだろう」


 吸血鬼が割と良く殺される、というのは主に英雄の存在があるためである。吸血鬼はそれそのものが世界のシミになりやすい。よって英雄に殺されやすいというわけだ。他にも理由が無いではないが、それを語るのは今は蛇足だろう。


「それで続きだが、私は人の身の時にも100年生きた。ほぼ人の寿命の限界と言えるだろうな。人形作りを始めたのは50を超えたあたりからだったか。元々人形師というのは自分の完全なる分身を作り出し、この世に永遠に残り続けようとする者を言う。自分を超えるモノを作るのは簡単だが、同じモノを作るとなるとこれが難しい。私の人形も、一つたりとも完全に同じモノは無いと言えるからな」


「ははあ、自分の完全なる分身を作って、不老不死を実現しようとしたわけだ」


 サイグの言葉に、アークは再び頷く。喋るだけでは暇になったからか、その手の中には人形のパーツが持たれており、それを竜の赤子が遊び道具にしていた。


「そういうことだ。もし生身の私が死んでも、人形に不老不死の研究を続けさせるつもりだった。ま、最終的には無駄になってただの有用な趣味になったがな。ああ、私の分身の人形なら、まだ私の部屋に置いてあるぞ」


「む、そう言われると見てみたいな、お前の人間時代の姿ってことだろう?」


「ああ、奇跡的に私と全く同一の存在になった人形だ、別に隠す物でもなし、見せてやろう」


「なんだか面白そうな話をしてるわね、私にも見せて頂戴な」


 部屋の隅でナイフを研ぎながら話を聞いていたリドルが、研いでいたナイフを投げつけながら言った。アークは難なく受け止め、素手でナイフの刃を砕け散らせた。2人にとってこの程度は挨拶レベルなため、特に文句も言わない。仮に脳髄をまき散らそうと、アークは即座に修復してしまう。


「わかったわかった。ついてこい、正直自分と同じというのは気味が悪くてな、姿の変わった今でも一番奥に置いてあるんだ」


 アークは自室に入ると2人を先導しながら歩いていく。アークの自室は魔術で時空を歪められており、ほぼ無限に広がっている。アーク意外が入れば、永遠に彷徨い続けること必至である。

 時間感覚の喪失した中、一瞬で着いたのか、無限の時間の中を漂ってから着いたのかもわからないが、アークが最奥に来たことを告げた。


「気分が悪くなるなこの場所……」


「同感」


「ま、快適さなど求めてはいないからな。さ、これだこれだ」


 アークは無数に浮かんだり置かれたりしているケースの中から一際豪奢な装飾の施されたものを引き寄せた。


「あまり見たくないからすぐ開けてすぐ閉めるぞ、よく見ておけ」


 返答も聞かず、アークは箱を空けた。その中には……


「ん?」


「あら?」


「……何?」


 何も無かった。ただ、衝撃や汚れに徹底的に配慮された内装を晒しているだけだ。

 そして、周囲にある人形のケースが、音を立てて一斉に開きだした。

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