第7話
「それにしても可愛いわね~、竜って何食べるの?吸血鬼?」
竜の赤子の顎を撫でながら、にこやかにリドルが笑う。愛らしい小動物を疎ましいと考える者はそうそういないし、いくつになろうとも可愛いものは可愛いのである。
「吸血鬼を食らう生物がいてたまるか。いたらそれこそ英雄の討伐対象だ」
「あら残念。よーしよし、大きくなってアークを殺すのよ、応援するわ」
「……毎度思うが、リドル嬢は何故この男女を殺害しようとしているのだ?」
「あら、愛しているからよ?」
「はい?」
全く意図の掴めない返答に、サイグは口をあんぐり開けたまま首を傾げた。彼女がアークを愛している、というのにも驚きだし、それが殺意の理由としてさも当然のように語られているという事実に、若き堕英雄は現実の認識を辞めたくなった。
「竜は何も食わずとも勝手に成長し、種の摂理として強大になる。つまり竜は竜だから強いというわけだ。その一種歪とも言える種の在り方が実に興味深く私の研究の良い材料に……と、なんだ、話題が変わったのか?」
竜の生態について力説していたところを完全に無視され、アークは少しむくれているようだった。「これだから剣と魔術だけが取り柄の英雄は……」などと愚痴を零しながら、改めて会話に参加する。
「さてサイグ、お前の疑問を解決するために1つ質問してやろう。そもそもこの女は何者だと思う?」
突飛な質問に、サイグは「は?」と多少の怒りを込めて言ったが、アークが眉一つ動かさないのを見て改めて考えだす。
「麗しく美しい若い女性よねえサイグ君?」
「お前は黙っていろリドル、話が拗れる……地味に形容詞を盛っているな」
「あら、女性の細かい変化に気づけるのは偉いわ、80点をあげましょう。残り20点は指摘されたくなかったことを指摘されたことへの減点よ」
二人の漫才は無視して、サイグは自分の予想を返答した。
「……不死の呪いを掛けられた人間、か?」
これまでのアークやリドルの発言から導き出した結論はそれだった。リドルは彼に向かって1度1000年もの間生きているようなことを仄めかす発言をしていたし、彼女には牙など無いから吸血鬼であるとも考えにくい。一応魔術で隠すことも出来るが、まず誰も来ないこの地でそんなことをする必要も無い。妥当な結論であると言えるだろう。
「ふむ、当たらずとも遠からず、だな。不死の呪いは実在するしな。ただアレは掛けた術者が死ぬまで死なないようにするという呪いだ。そして私もそれ以外の誰かもこの女にそんな低俗な呪いなど掛けていない」
「ならなんだと言うんだ、正直、それ以外考えられない」
「降参か、ならば答えの発表だ。英雄だよ、この女はな」
「なっ……!?」
サイグの目がこの日数度目の驚愕によって見開かれる。まさか目前の女が自分と同じ存在だとは夢にも思わなかった。
「ふふーん、崇めなさーい、大先輩よ。ほら、アナタも見たでしょ、コレ」
そう言うとリドルは空中に無数の短剣を作り出し、一斉にアークに殺到させた。直前で例の喋る人形がそれらを叩き落とした。ちなみに修繕済みである。その一連の動作で、サイグは自分を襲った英雄型人形のことを思い出した。あの人形は、リドルがモデルだったのだ。
「自分デ対処シロヨゴ主人、余裕ダロ?」
「修繕後の動作確認だ。さて、話を戻そう。この女は英雄だった。だが自分が誰を倒せば良いのかは知らされず、普通の人間のように生き、普通の人間のように恋をした。幼い頃から仲の良かった、同じ村に住む男だ。幸せの絶頂、と言うのだろうな。結婚に反対する者はなく、村一番の美女であるリドルと男の結婚は盛大に祝われた。だが式の終わった夜、リドルは自分が無意識の内にナイフを手に持ち、傍らで眠る愛する男を殺していることに気が付いた。その男はいずれ世界そのものを壊す不具合を身に宿していたのだ。それを見たリドルは狂い、自分の喉にもその刃を……というのが、神の描いたシナリオだったのだろうな。しかしこの女は思いもよらない壊れ方をした。愛する者を殺したことで、愛と殺意がイコールで繋がれてしまったのだ。それを知った神はこの性質を利用することにした。リドルは史上唯一、長期間の活動を想定された英雄として運用されることになったのだ。肉体をそれはそれは強靱に、或いは神を超える程に強化し、永遠の時を生きるようになった彼女は絶大な成果を上げ続けた。そして私の元に来た。神を殺し、真の永遠を手に入れようとする存在が、神にとって好都合なはずがないからな。そうしてリドルは私を愛し、私はその不可思議な体を研究し尽くすためにここに置いている。つまらん話だろう?」
サイグは話のスケールの大きさに目を丸くしたままだ。リドルは薄く微笑み、アークの昔話を聞いていた。
「乙女の秘密を暴露するなんて最低ね、殺すわ」
「だーれが乙女だ、1000年モノの腐った女め」
軽口を叩き合いながら、ナイフと人形の応酬が始まり、サイグは現実から逃避するために竜の頭を撫でるのだった。
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