第5話
サイグの拘束を解き、先に元の家へと送り返すと、当然だが部屋にはアークとリドルだけが残された。リドルは上機嫌にアークの元に駆け寄ると、自然過ぎて疑問を抱けない程の動作で、アークの腹部にナイフを突き立てようとした。
寸前、アークの指が刃を受け止め、一瞬の内に粉々に砕く。美しき吸血鬼は一つ溜め息を吐くとリドルを抱き寄せ、その首筋に牙を突き立てた。甘美な血液が吸血鬼の白いのどを通り、渇きを癒やしていく。やがてリドルの顔色が死人の如く青白くなったところでようやくアークは彼女を解放した。
「お前は本当に油断も隙も無いな、私を殺そうとするのは一日に一度だけという話ではなかったか?」
「あら、今日アナタを殺そうとしたのは私じゃなくてあの英雄よ、言いがかりはやめてくださる?」
「そちらこそ詭弁をやめろと言うのだ」
実のところ昨日もアークが寝ている間にも殺害を企てていたりするので、そんな大昔にした約束は完全に反故にされている。アークが律儀過ぎるだけである。いや、いくら対処出来るとはいえ自分の命に関わることなのだから当然だが。
「……まあいい、帰るぞ、どうでもいいことに時間を費やしてしまった」
「ええ。でもつまらない結末だったわ、暗示と洗脳の魔術を掛けながら籠絡するなんて。英雄だってわかったからアナタを殺してくれると思ったのに、まさかあの竜を殺すための英雄だったなんてね。それと貧乏性なのね、アナタには時間なんて永遠にあるのに。『元人間の吸血鬼』様はまだ人間だった頃の癖が抜けきらないのかしら?」
「やかましい、その場その場で最善だと思う手を選んでいるだけだ、時間があるからと怠けた先には何も無いのだからな」
「はいはい、ご高説ありがたく存じます、じゃ、戻るわよ」
リドルは来た時と同じように転移魔術を発動させて、馴染んだ家に帰還した。
家には既に送り返しておいたサイグが待っていた。神への憎しみを得た彼は、顔つきすら変わったように思える。人間の移ろいやすさに、アークは冷笑を浮かべた。
「いい顔だ堕英雄、私はアーク。ここで人形を作りながら、とある研究をしている。これからよろしく頼むぞ?」
「神への報復に協力してくれるのは嬉しいが、お前自体は気に入らないな吸血鬼……俺はサイグだ、よろしくするつもりは無い」
「あ、私はリドルよ、アナタが言ったとおり、麗しい女性でーす。キャハッ」
あざといリドルの物言いに、アークは鳥肌を立てながら批判する。
「やめろ気色悪い。コイツは刃物狂いの危険人物だ、惚れられて殺されないよう気をつけろ、そこらの野獣より余程獰猛だぞ、この女は」
「何よ、まだいけるわよ、見た目は10代後半から20代前半のままなんだからね?」
「……俺はここで何をすればいいんだ?」
サイグは二人を無視し、顔をしかめながら質問した。アークが気を取り直してそれに答える。
「そうだな、手先の器用さに自信があるなら私の人形作りの手伝いを、無いなら雑用だ」
「人形作りなど女々しいことを誰がするか」
「お前といいリドルといいどうしてそう私を罵倒する時はその語彙が使われやすいのか。まあいい、なら早速雑用だ、そこの端に置いてある卵を適度に見守りながら家の掃除をしてくれ」
アークの言葉で初めて気付き、サイグは部屋の隅に置かれた巨大な卵を見た。常識から外れた大きさのそれは、サイグの知識には無いものだ。
「なんだ、アレは」
「竜の卵だ」
さらりと言うアークに、サイグは目を見開いた。そんなものはおとぎ話の中だけの代物だと思い込んでいたからだ。人は自分が知らないものに相対すると一様に動揺し言葉を失う。英雄であったサイグもそれは例外ではない。
「最近拾った。お前が滅ぼすべきだった竜の卵だ。良かったな、そいつを殺せばお前の役目は終わったと見なされ、神に殺されるかもしれんぞ?」
「誰がそんなことをするか。俺は神を滅ぼして自分の運命を正しいものに変えるためにお前のところにいる。何より俺が裏切ればお前は俺を容易に殺せるだろう」
「中々頭が回るな、励めよ、私はお前の相手で疲れた、寝かせてもらう。ふぅ、人形制作が一日遅れてしまうな、この借りもいずれ返してもらうぞ」
「けちくさいな吸血鬼!」
サイグの糾弾を背中で受け流しながら、アークとリデルは寝室に向かうのだった。
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