第4話

 3000年を生きた吸血鬼と、精々20年の人生を歩んできた英雄の戦いが、始まった。吸血鬼、アークは数多の騎士型人形を己が影から召喚し、英雄、サイグはその全てを一刀の下に斬り捨てる。そして1000年を生きる魔女、リドルが審判のように二人を見据えている。


「全く、これだから脳筋は嫌なんだ、自分が相対しているものの価値も知らずに壊すのだからな。この人形一体で、さてお前の人生何回分の金が稼げるか!」


「愚痴を言うとは余裕だな吸血鬼!負け惜しみにしてももう少しスマートなものがあるだろう!」


「やかましいわ若造が!」


 叫んで、アークは影から更に人形を手繰り寄せる。同じく騎士型だが、足に車輪が着用されており、平面な場所で圧倒的な速度を誇るタイプだ。生半な戦士なら、その剣を視認することなく首を落とされる。だがそれらも英雄の前では雑兵に過ぎない。一撃を避けられる間に、三度の剣撃で頭、胴体、足に分けられる。たちまち部屋の中を人形の残骸が埋め尽くした。


「ふん、世界を滅ぼす魔王がこの程度か!」


 英雄は剣の切っ先をアークに突きつけ挑発する。それに対して吸血鬼は無言で更なる人形を呼び出すことで応えた。

 これまでの騎士型より一回り大きく、白銀に塗られた全身とところどころに施された金の装飾が目を引く。さながら伝説に語られる英雄のような出で立ちだ。


「これはかつて私が会った英雄をモデルにした人形だ。その英雄は、お前より遙かに強かったぞ?」


 アークの言葉にサイグは息を呑み、リドルは意味深に笑った。人形……英雄型ともいうべきそれが駆ける。通常の騎士型も、高機動型も比較にならない、世界すら置き去りにしうる速度だった。これまで圧倒的な力を見せたサイグが、遂に完全に守勢に回る。剣と剣がぶつかる甲高い音が、広い室内に大音量で響き渡った。英雄型人形は無数の剣を具現化させ、無限の攻撃をサイグに与え、その度恐ろしい程の音を鳴らす。幾度となく起こる剣戟の音は、偶然が引き起こしたこの場限りの至上の音色であったと言えよう。それは永遠に続くかのように思われた。しかし何事にも終わりは訪れる。


「こ、のぉッ!神に選ばれた英雄を、舐めるなッ!!」


 サイグは咆哮する。英雄の意志は、時に如何なる不利な状況ですら覆す。意志無き人形に、英雄の運命に抗う術は無い。サイグの愛剣が光り輝き、振り下ろされた一撃は、この丈夫な素材で出来た床や壁ごと、英雄型人形を切り裂いた。更に、アークの右腕すら消滅させる。それを即座に再生させると、アークはどう猛な、そして凄烈なまでに美しい笑みを浮かべた。


「素晴らしいぞ英雄!その力、そなたの神も賛美しよう!……だが、これで終わりだ。神獣縛りのグレイプニル


 アークの簡素な言葉に従うように、今まで人形を操っていた幾千幾万の糸がサイグの身を縛り始める。何か解呪の魔法を発動させようとしたサイグだが、一切の効果が無い。


「無駄だ、かつて神に挑んだ巨獣、そのあまりの強さから神をして神獣と言わしめた者を縛り付けた紐、その再現。英雄といえども、抜け出すことは不可能だ」


「くっ……このような辱めに耐えられぬ、殺せ!無辜の民の血を吸い干からびさせるように!俺もな!だが我が血はお前の身を呪い続けるだろうさ!」


「誰がお前を殺すと言った、この駄英雄」


「何……!?」


 サイグを縛り付けたまま、アークは彼の前に座った。若き英雄は目の前の吸血鬼の言葉が理解出来ず、呆然としている。


「今の戦いで分かったが、やはりお前は私を殺しにきたのではないな」


「っ!?そんなはずがあるか!現にこの世界の果ての淵にいるのは貴様とあの麗しい女性だけだろう!」


 アークは笑った。若き英雄の無知と、彼がリドルをよりにもよって『麗しい女性』などと表現したことにだ。


「アーク、後で殺すわ、ええ、私は麗しい女性よ、アナタに年増とは言わせませんからね」


 リドルを無視して、アークは言葉を続ける。


「まあまず私の話を聞け、お前が最後に放った一撃、あれは竜に対して特別に高威力を発揮するものだ。それでなくても、私を一度消滅させるには足る威力ではあったが、その程度では私は生き返る。つまりお前は、ここに竜を殺しにきたのだ」


「竜、だと?しかしここに竜は……」


「いたのだよ、私が殺したがな。つまりお前はタイミングを逃したわけだ、真の英雄になり得るタイミングをな。さて、無意味に生き残った英雄は、神にとってなんだと思う?」


「なっ、英雄は英雄だ、それならば俺はここから逃げだし、民のために力を尽くすだけのこと」


 サイグの答えに、アークは呵々大笑した。なんと頭の目出度い奴だ、と。


「お前達の神が邪魔だと捉えるもの、通りが良いように、世界のシミ、とでも表現しようか。それを排除するために、神はお前のような英雄を作る。しかしな、その英雄自体、神にとっては世界のシミなのだよ」


「どういう、意味だ」


「ここまで言ってまだわからないか?いや、わかりたくないのか。神はお前達英雄と、お前達英雄が倒すべき世界のシミに、相討ちになってほしいのだよ。毒をもって毒を制す、そしてどちらの毒にも消えて欲しいのだ。英雄は墓の下にしかいない。お前達は神に利用されているだけだ。いずれお前自身が倒されるべき魔王となり、英雄に打倒される」


「そんなはず、我が神を愚弄するか!吸血鬼!」


「ただの真実でしかない。それを否定する貴様は滑稽で幼稚だぞ?」


 ククッ、とアークが喉を鳴らして笑うと、サイグは黙り込んだ。憧れたいくつもの英雄譚を思い出す。確かに、どの英雄も長く生きていない。終生の敵と戦い果てるか、国に帰って王になろうとも、子を残すか残さないかのところで突然死している。そうして彼は自分の運命を悟り、信じていたものに裏切られたことによる絶望に言葉が継げなくなった。


「どうだ、貴様を裏切った神が憎くはないか?騙していた世界が、憧れた英雄譚が、疎ましくなってきはしないか?その剣を、神に向けたくはならないか?」


「……い」


「ん?」


「にくい、神が、世界が憎い!」


 純粋だった英雄は、純粋故に堕落の黒に染まるのも早かった。その目は既に復讐の火が灯り、この場に神がいたのなら斬りかからんばかりである。


「良いだろう、ならば私と共に来い。神を殺すことが目的ではないが、目的の過程にそれはある。歓迎しよう、堕英雄」


 ここに、世界を憎む英雄と、神を殺すことすら目的のための過程の一部と言い切る恐ろしき吸血鬼との、最悪の同盟が交わされた。

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