第4話
中学時代、最初沢口とは親友だった。
皆で一緒に遊ぶのは勿論、男女の別はあったが部活にも毎日出て切磋琢磨していた。
男女共に同じ体育館で練習していたから、頑張っている姿なんかもよく目にしていた。
得意とするポジションも同じで、競技についての相談や助言をし合ったり、気の置けない仲だった。
一つまた一つと彼女の魅力を目にするにつけ、それがいつしか恋愛感情に発展するのは自然だったように思う。
部活の後、共通の帰路は短かったがその道をよく二人で歩いた。
休日に二人で出掛けた時もある。……まあバスケ観戦だったけれど。
恋人の手繋ぎやキスはなかったし、どちらから告白するというわけでもなかった。
だけど俺と沢口は確かに恋人同士だった。
しかしまあ、そんなこそばゆくて緩やかな関係だった俺たちが三年に上がって間もなく、沢口に他校の男がいるって噂が聞こえて来た。
それはあっという間に部内に広まって、俺と実は良い感じだったと知る男バスの友人らは二股だなんだと、良くある文言で沢口を悪し様に評した。
相変わらず沢口とは一緒に帰ったし、彼女自身何も言って来ないので訊くべき事はないだろうと、俺はその単なる噂をスルーしていた。
沢口が二股なんてするわけないって信じていたから。
それからもどこどこで男と二人でいるのを見たとか、沢口の噂は俺の耳に入った。
俺は全く気にする素振りを見せなかった。
いや、正確には見せないようにしていた。
潔白だろう彼女を不快にさせるのは嫌だったし、俺も心のどこかで恐れていた。
初めのうちは全然そんなものはなかったのに、人間何度も何度も同じような話を聞かされると、知らず知らずのうちに疑いの芽が顔を出す。
詰まるところ、俺も凡人だったってわけだ。
噂に毒されていた。
それでも俺は努めて無関心を貫いたし、彼女の方も時折り何かを言いたげに視線を寄越したものの結局噂の真相を語る事はなかった。
気になっていたくせに敢えて何も行動しなかった俺。
それは裏を返せば、積極的に噂に踊らされはしなかったが、振り回されていたのと同義だった。
あの頃どうして素直に訊かなかったのか。
元々明確な告白もなかった俺たちは、双方の塾なんかもあって徐々に帰る回数も減っていき、連絡を取る回数すらも減っていった。
クラスも違ったから部活を引退すれば余計に接点も無くなって、距離ができた。
大喧嘩したわけでもない。
ただ、久しぶりに一緒に帰った時、沢口が言った。
――円田君はさ、きっと色々気にならない程度……なんだよね。
――え?
やや困惑気味に瞬く俺を見て微苦笑を浮かべ、それきり彼女は黙ってしまった。
俺は話しかけ辛い雰囲気を察したものの持て余してしまって、沢口からずっと目を逸らしていた。
俺たちは、隣を歩いているのに酷く隔てられていた。
あの時きちんと表情を見ていれば何かが掴めたのかもしれない。
あの時ちゃんと理解していれば零れ落ちる何かを防げたのかもしれない。
彼女の言葉の意味を今は冷静に振り返れる。
俺は、あの時は本当に意味がわからなくて放置してしまった。
好きならもう一歩踏み込めば良かった。
薄々でも避けられている事に気付いたのはそれから少し経ってから。
そりゃまあ嫌われるような事をした覚えはないし、軽くはないショックだった。
噂がどうあれ彼女の気持ちはもう俺にないんだと不貞腐れ、だから俺ももう構わない事にした。
そうして俺は沢口とは目も合わせない仲になった……というわけだ。
疎遠になるだけじゃない、しこりの残る最悪の自然消滅。
俺は今でもそう思っている。
同じ高校を選んだのは偶然だ。
だって俺は沢口の受験先を知らなかった。
俺が合わせたとウザく思われていたら、それは何か悲しい。
そんな事をつらつらと考えているうちに先輩が戻って来て、秘密は秘密と約束して別れた。
「教師と生徒、か」
先輩が卒業してしまえば別に問題ないのに、と俺は帰宅して湯船に浸かりながら考えた。
噂と違って気さくで美人な高梨先輩。
あんな女子に想われて都筑先生はさぞかし幸せ者じゃないか。
なのに別れるなんてどうかしてるだろ。
先輩も先生を好きなら少しは自粛した方がいい。
窮地に追い込むだけなんて逆効果だろうし。
「けどまあ、俺には関係のない話だな」
俺はぶくぶくと湯船に半分顔を沈めて泡を吐いた。
関係なんてない、話だ。
それから一週間、俺の願いに反して先輩の行動は酷くなっていた。
な……!?
授業中窓外を見ていると一日三つは飛んでいる。
そのうち俺以外にも気付いて「紙飛行機が」なんて呟く奴もいた。
おいおい先輩それ大丈夫なのか?
気になって拾う奴出て来るかもしれないだろ?
授業中見かける度にひやひやする俺は、休み時間ごとに中庭に下りなければならなくなっていた。
放っておけばいいのに、屋上で見た先輩の意地っ張りを思い出すと「仕方がない俺が何とかしないと」という気持ちになってしまう。
昼直前の授業でも紙飛行機が飛んでいたのを見つけた俺は、昼休みに入るやすぐ中庭に下りた。
回収してホッと一息。
最近しょっちゅうどっか行くと友人からは不審がられるし、踏んだり蹴ったりだ。
やれやれと嘆息しつつ廊下に上がった俺は、ちょうどそこで沢口とバッタリ鉢合わせた。
「……」
「……」
思わずへらりと半笑った微妙な顔をしてしまった。
しかも証拠隠滅の意思が働いて思わずぐしゃりと紙飛行機を握り潰してしまう。
沢口は、俺の顔を見て俺の手元を見て、不思議そうな面持ちになった。
「……」
「……」
お互いに向かい合ったまま立ち止まってしまっているので、動き出すタイミングを掴めない。かと言って挨拶をするのもアレだ。今更何を話せばいいのかも全く浮かばない。
沢口相手にこんなにも緊張を強いられたためしはなかった。
き、気まずい……。
「円田君、背、伸びたよね」
「え?」
「前は私より頭半分高かっただけなのに、今は一個と半分くらい高いんじゃない?」
「あ、あー…ああ、まあ、そうだな。成長期だし。そっちこそ髪切ったよな。見かけた時最初後ろ姿誰だかわからなかった」
「そっか」
「うんまー」
「うん」
「おー」
「……」
「……」
か、会話が続かない。
いやむしろ一語だって会話ができているのが奇跡かもしれない。
もう話す機会なんて無いと思っていたから。
「久しぶりに話したよね。じゃあ、学食に友達待たせてるから」
「あ、ああうん。じゃあな」
沢口は微かに困ったように微笑んで俺の横をすり抜ける。
何でそんな居心地悪そうな
嫌なら社交辞令みたいな会話もしないで無視すればよかったじゃないか。
嫌……か。
自分で思って、胸がズキリと疼いた。
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