第35話 ひとつの生命

「つまり、生物の絶滅こそ、サンドスター・ロウの噴出につながっていると、そういうことか」

セトグチはヤマザキの報告書を読了し、顔を上げた。

サンドスターは、星の記憶だ。そして記憶の大きな部分を、生命こそが担っているのだろう。

「事実、飼育下や監視下にあるいくつかの種の絶滅が確定的になった時刻と、噴出の時刻は完全に一致していることがわかっています。噴出の場所はランダムのようですが。専門家が予測している、未発見生物も含めた絶滅スピードと噴出箇所の出現頻度も、近似値といえるそうです。確定的とは言えませんが、感触的には間違いないかと。カコ博士をはじめとする専門家の意見も一致しています」

ヤマザキは車椅子に座ったまま答えた。

「そうか」

ヒトの存在が森林を切り開き、砂漠化を進め、紛争が直接的間接的に生物の絶滅に寄与しているのは事実だ。

「ならばこれは、地球が下した罰なのかもしれないな」

セトグチの口が、自嘲に歪む。

「そうでしょうか」

ミコトはセトグチの目を覗き込む。

「罪とか罰とか、そんなのは人間が勝手に自分の都合で作ったものじゃないですか」

「ミコトさん」

「ジャパリパークには、ヒトのフレンズがいるそうですよ」

「ヒトの?」

「ええ。会ってみたいものです。つまりね、セトグチさん。地球にとって、星の記憶にとって、ヒトも他のたくさんの生命となんら変わらない、ただの、そしてひとつの生命なんですよ」

「ひとつの生命、か」

セトグチは、目の前がパッと開くのを感じた。

「なんだか、方舟みたいだな、ジャパリパークは」

「ジャパリパークを方舟にしてしまうのか、楽園にできるのかは、これからの私たち次第ですよ」

「道のりは長そうだ。まずは総理に報告、これは我が国だけの問題じゃない。国連を巻き込んで各国の利害調整。やることは山積みだな。よし、異常災害対策室を全員召集して、政策や外交、国連対策、国家対策。使えるコネは全部使え!絶対にやるぞ!」

対策室の面々は、水を得た魚のように、キビキビと動き出した。


「それが本当なら、我々人類がすべきなのは、絶滅危惧種の保護、ということだな」

「ええ、今までのような、情緒や思い込みを根拠とした保護じゃない。人類が生き残るための保護です」

セトグチは総理を前に、夜を徹してでまとめた行動指針を説明した。研究者チームの提言を、実務レベルで実行可能なものに落とし込んだものだ。

「セトグチ君、君は性善説を信じるかね」

総理は報告書から顔を上げ、セトグチの目を真っ直ぐに見据える。

「公務員としては、ノーです。この行動指針も、性悪説を前提として作ったものです」

「うん、そうだな」

「実際、保護が世界的に始まれば、絶滅危惧種はより一層狩猟や採集の対象となると思われます。また絶滅危惧種を国内に有する貧国は、絶滅危惧種を人質に支援を要求するでしょう。地域紛争が生物の絶滅につながっている現状、それをいかに止めるかは、危急の問題です」

そこまで一気に話して、セトグチは総理を見た。

「ですが、人類を信じたい。私は、そう思います」

「私もだよ。政治家なんてやってると、なかなかそうできなくなってくるがね、それでも信じたいから政治家を続けているのさ」

総理は笑った。有権者やテレビカメラの前で見せる魅力的な笑顔とは違うが、セトグチにはそれが本当に自然に見えた。

「さて、まずは閣議だな」

「はい、本日17時より予定しております」

セトグチは晴れがましく、執務室のドアを開けて総理を見送った。

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