第36話 国連総会

セトグチは、もう資料を見ることはなかった。それは総理も同じだ。

「さて、と。そろそろ時間かな」

「は」

ニューヨークの中心で、総理はこれから大舞台に立つ。一世一代の、世界を変えるための。

「カコ博士、また姿をくらませちゃいましたね」

「ああ、もう出番はないとか言って」

セトグチはミコトを会議場へ誘う。

「ミコトさん、よろしくお願いします」

総理は大きな両手で握手を求めた。

「はい。総理も」

日本国総理として、セルリアン対策専門家として、二人の演説は世界中に響くだろうか。生活を揺るがしかねない、大規模かつ強制的な保護を、人々は受け入れるだろうか。

ミコトは決意とともに、あるものを会議場に持ち込んでいる。もちろん危険物ではない。

ミコトは、それを演説のクライマックスで食べるつもりだった。


演説は、成功だったといえるだろう。ミコトのフレンズ化は、大きなインパクトをもたらした筈だ。

もちろん一つの演説、一つの政策が世界を変えるほど、簡単なものではない。世界中の同意が得られるまでにも、それが実行されるまでにも、そして効力を持つまでにも、多大な年月を要することに違いない。

これは競争だ。結局セルリアンの殲滅ができない以上、セルリアンの増加、すなわち人類生息域の減少と、セルリアン増加の停止と。どちらが早いか。

決して楽観はできない。が、賭けるには十分なオッズだ。

「間に合うかな」

セトグチは呟く。

「そうだと、いいですね。いや、これでなんとかしましょう」

ミコトは遠くを見つめる。その先には、きっとジャパリパークがあるのだろう。

「そうだな。なんとかしなきゃな。私たちの代で結果が出るものじゃないかもしれない。だがね」

セトグチは笑う。

「それこそ、政治の出番じゃないか」

道のりは遠く険しい。なんとか合意に漕ぎ着けても、実施するとなると膨大な労力を費やす。そうやって平和が訪れても、それがいつまで続くのか。セルリアンを出し抜く手段を見つけるかもしれない。反対派との血生臭い抗争になるかもしれない。サンクチュアリィとしてのジャパリパークを、維持できないかもしれない。

「それでも、ヒトは前に進むしかない生き物だ。自分たちの世代の責任を全うし、次の世代に引き継ぐのさ」

セトグチは言葉を繋げた。

「そう、世代間を引き継いでいくのも、ヒトの特徴だからな」

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