第32話 鷹と大蛇

本気で隠遁した人物を、世界中から探すのは国家機関であっても困難だ。

フィルターの再起動条件は、カコ博士しか知らない。LB1のデータは半年のタイムラグはあるが、噴火の兆候を示していると考えられる。あとどれくらいの猶予があるかは分からなかった。

「別に、ハヤマさんは付いてこなくてもいいんですよ、政府と契約してるわけじゃないんだし」

ミコトは背後でゼイゼイ言っているハヤマを振り返った。

「今は報道、できない、のは、わかってる。けどな、今、生の取材をしとかなきゃな、事態が収拾ついたあとでは真実は見えてこないだろ」

「ジャーナリスト魂ですねぇ」

ここは愛媛の伊予山中。山歩きは、ミコトにとって慣れたものだ。だが都会生活のハヤマにとってはそうではない。

「鷹と大蛇って昔話、知ってます?」

「さあ…知らないな」

「昔々、伊予の山の中に、一人のお侍さんが住んでおりました。ある日、お侍は大蛇が鷹を飲み込もうとするのを見つけます」

侍は鷹を不憫に思い、助けてやってくれと言うと、大蛇は侍の気合いに鷹を取り落とし、鷹は逃げることができたが侍は大蛇の毒を浴びてしまう。なんとか帰り着いた侍だが、毒は回り、寝込んでしまう。するとある日、美しい女が小屋に現れ、赤い実を食べさせてかいがいしく侍の世話をしてくれた。それでも症状は次第に悪化していた頃、童女が現れる。侍を治すには、谷の上にある鷹の巣から卵を取って、侍に食わせなければならないという。女は谷に着くと、大蛇に姿を変えて、するすると登っていき、卵を飲み込んだ。そこに童女が現れ、鷹の姿をとると、大蛇に襲いかかる。卵を飲み込んだ大蛇は毒を吐けず、谷底に堕ちて死んだ。侍は健康を取り戻し、鷹の恩返しに感謝するとともに、人間が大蛇と鷹のどちらかを助けるかを決めることのおこがましさを悟り、大蛇を手厚く葬った。

「私も、自分の先祖を辿ってみたんですよ。そうしたら、この昔話が出てきました」

「ミコトさんは、この鷹の子孫、か」

「恐らく。そしてカコ博士の同僚の方々にヒアリングした時、何人かから出てきた話でもあります」

「カコ博士はこの昔話を知っていたってことか。それだけを頼りにこんなところまで」

「手掛かりがあるなら、行ってみなくちゃ!」

目的地はもう少しだ、とミコトはハヤマを励まし、歩を早めた。


ログハウスは、比較的新しい。煙突からは煙が上がって、人の生活を物語っている。

「ビンゴ、かもな」

「ええ。行ってみましょう」

「え?正面から行くのか?」

とハヤマが言うまもなく、ミコトはドアをノックした。

ガタン、と中で音がして、ドアはあっさり開かれた。

「カコ博士、ですね。お久しぶりです。以前ジャパリパークで一度お目にかかったことがあります、ミコトです」

「へえ。まあ覚えてないが。入りなさい」

失踪しているとは思えないほど警戒心もなく、カコ博士は二人を招き入れた。

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