第31話 兆候
「具合はどうかな、ヤマザキさん」
セトグチは病室を訪れた。病室といってもPCが何台も運び込まれ、ヤマザキの部下も詰めているのですっかりオフィスの様相だ。
「怪我人なんですから、少しは休ませてくれるかと思ったんですけどね」
「歩けないだけだからな、優秀な君を休ませられるほど、政府は暇ではないよ」
「LB1データ群の解析は進んでます。まずいですよ、セトグチさん。火山に大噴火の兆候があります」
ジャパリパークで火山といえば、サンドスター火山だ。
「サンドスター火山か。どれくらいの規模になる?時期は?」
「太陽系最大の火山はどこだかご存知でしょうか」
「え?最大?火星のオリンポス山だと思っていたが」
「それがですね、実はサンドスター火山こそが、太陽系最大の火山なんですよ。ジャパリ諸島は、海面に顔を出したその頂上部分なわけです」
海底からの高さは約7000m。高さはそう高い方ではない。だが、裾野は広く、31万平方キロメートルに達する。
「サンドスター噴火は普通の噴火とは違いますから、予測は難しい。ですが、十年前の噴火の時に観測された微振動や電磁波の発生が認められます。それも、規模ははるかに大きい」
「いつ来るかはわからないが、近いかもしれない。規模はずっと大きそうだ。そういうことだな?」
「はい」
「どんな影響が考えられると思う?」
「これは予測というより予想ですが」
確定的な話は何もない。が、最悪を考える、それがセトグチの部下になって叩き込まれたことだった。
「構わない」
「噴出するのがサンドスターなら、世界中がフレンズで溢れ、いずれ人類と何処かの時点で衝突を起こし、場合によっては破滅的な戦争になるかも知れません。あるいは人類が多かれ少なかれ、フレンズ化していくのかも」
「ミコトさんのように、か。ではアンチセルニウムだった場合は」
「お判りでしょう。地球はセルリアンの大地となり、人類は絶滅するでしょう」
「まあ、そうだろうな」
「それだけではありません。実は私の友人にNASAの宇宙飛行士がいるのですが、こんなメールが来たんです」
ヤマザキはPCの画面をセトグチに向ける。
「彼女は今、火星にいます。火星のオリンポス山が、実は火星のサンドスター火山であり、噴火の兆候がある、と。2年前に事故で行方不明になったとされていたタクマ博士の生存も確認され、彼女のフレンズ化も認められるそうです」
「火星?火星になんの関係が?」
「タクマ博士の話によると、サンドスター火山は、連動しているんだそうですよ、セトグチさん。火山噴火の噴出物は、時に第2宇宙速度を超える。こんな規模の大きな火山なら尚更です。サンドスターが他の惑星の噴火を促し、サンドスターは星々を往き交う」
人類滅亡から急に宇宙規模の話になったが、さすがにセトグチは思考を停止することはなかった。
「どちらにせよ、このまま放っておけば壊滅的な事態は避けられないな。火星のサンドスターが確認されたのはいつだ?」
「それなんですが、やはり10年前、活動停止していたはずのキュリオシティから画像が送られてきたのを覚えてますか」
「んー、ああ、そんな話もあったな。ゴミみたいなものが写っていて、しばらく話題になったものだ」
「タクマ博士は、そのゴミがサンドスターだと気付いたんです。それで宇宙飛行士を目指したというのが、直情的というか、短絡的というか」
「そうする理由があったんだな。自分がフレンズ化できるという確信があったわけだ」
フレンズ化できる条件を、タクマ博士は知っている。ミコトの場合はセルリアンを破壊したと思われる状況から推測したが、タクマ博士はどうだったのか。
「ネールがタクマ博士に聞いた話では、サンドスター受容体という、物理的ではない仮想器官を持つ人間がフレンズ化できるんだそうです。そして、その受容体は、遺伝的に受け継がれるものだと」
「遺伝。つまり、タクマ博士の先祖に、フレンズがいたということか」
「猿蟹合戦の猿だったそうですよ。昔話に出てくる動物モチーフのキャラクターは、実はフレンズの可能性がある」
「ああ、それでミコトさんの研究が関係するわけか。御伽噺や伝奇という」
「話を戻しましょう。オリンポス山に噴火の兆候がある。そしてジャパリパークのサンドスター火山も」
ヤマザキたちは政府の職員だ。まずは現実の危機に対処しなければならない。
「10年前、キュリオシティが画像を送ってきたのは、何月だ?ジャパリパークのサンドスター噴火は?」
「ええと、ジャパリパークが4月で、キュリオシティは8月ですね」
セトグチは、急に立ち上がった。
「急いで対策会議を招集する。まだ間に合う筈だ」
「どういうことですか、セトグチさん」
「地球と火星のサンドスターが連動しているならば、火星のサンドスター噴出のきっかけになったのは地球の噴火だ。そして10年前はフィルター設置により噴火が抑えられたから、火星のオリンポス山も活動を止めた。だったら今回も地球のサンドスター火山を止めることで、オリンポス山も止められる可能性だってあるかもしれないな?」
「それは…確かに。でも、ずいぶん楽観的なんですね。セトグチさんは悲観主義者かと思ってました」
「そりゃあ、常に最悪を考えるのが仕事だからな。だが、人類に出来ることが僅かにでもあるなら、そこに賭けるしかないじゃないか」
セトグチはスーツの前ボタンをとめると、颯爽と病室を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます