第12話 セルリアンの不在

「実際にみた、とは?」

「最初は、人間の姿をしていました。ただ、室町時代から生き続けている、とか言い出して」

「そりゃ、大ボラ吹きかはたまた人間じゃないのか」

バックヤードの通路は薄く、何かに見張られているような気配すら感じる。

「フレンズを、昔話に出てくる動物のことだと言ってまして」

「ほう」

「鶴の恩返しの、鶴を。おつうを食べたから不老不死になったのだと」

ハヤマは鶴の恩返しの物語を思い浮かべた。

「じゃああれか?フレンズを食えば不老不死になれんのか?聞いたことないぜ、そんな話」

「ええ。ほとんどの人間にとってはその通りです。不老不死なんて有り得ない。ですが」

「おいおい、なんだか確信でもあるみたいだな」

一行はドアを開けた。ここはジャパリパークのバックヤードにある警備室のようだ。バックヤードは開園当時はスタッフたちの移動や準備に使われていたのだろう。

「はい。私たち人間にも、実はサンドスターを代謝してけものプラズムに変える仮想器官があるのではないか、そんな仮説です。この2年、元ジャパリパーク関連の研究機関と合同で、検証を進めてきました。まあ私はフィールドワークが主たる研究ですけどね」

2年。山姥に襲われてからずっと、国を巻き込んだ研究を進めてきた。もちろん、普通なら民俗学者がそんな研究に携われる筈はない。研究に参加できた理由は、ミコト自身にあった。

「東北で会った不老不死の彼女は、きっとサンドスターの代謝能力の高い人間だったのでしょう。不老不死になるというのは、人間ではなくなるということです。そして何になるかというと、」

ミコトはそこで言葉をいったん切った。

「セルリアン人間、とでもいう存在でしょうか。人間であることを辞め、フレンズを食らって寿命を延ばそうとする彼女は、セルリアンより、ずっと邪悪な存在でした。いいえ、セルリアンには善悪はないでしょうから、そこは大きく違いますね」

ハヤマは前のめりに身を乗り出す。

「そんな化け物、本当にいるなら放ってはおけないじゃないか」

「安心してください、彼女はもういません」

「不老不死なのに?」

「不老でも、不死でもなかったんです。私の目の前で消えてしまった」

ミコトは自分が殺したのだ、ということは隠した。それは機密にも触れる。

「消えた、のか。死んだのではなく」

「はい。あとで調べたら、サンドスターの残骸が検出されました」

「サンドスター…」

「それよりここまで、セルリアンは一度も見ていませんね」

ミコトは傍らの完全装備の大きな影に尋ねる。内閣府のヤマザキだ。

「そうですね、人間が撤退して以来セルリアンが

増える一方で、島が埋め尽くされる予測もあったんですがね」

「フレンズ、ですかい?」

ハヤマの話し方は、いちいち下衆な感じがする。業界とやらに長く居ると、そうなってしまうのだろうか。

「断定はできませんが。なにしろ本格的には10年ぶりの島への侵入です。わからないことだらけ、ですよ」

ヤマザキはにっこりと大きく笑った。

「これで、どうかな」

警備室のモニターはいくつか死んでいたが、隊員の一人が操作すると、7割ほどが復帰した。

「うん、オレ天才」

「軽口を叩くな、コジマ」

「へーい曹長どの」

コジマと呼ばれた男は、電子科の専門家なのか。訓練は受けているようだが、他の隊員とは物腰が違った。

「警備システムっていっても、所詮は動物園のもんだからね、そう高度なものじゃない。けど、園内のいくらかは見えますよ」

ミコトはモニターを見渡した。が、人影のようなものは写っていない。

「まあ、フレンズの多くは夜行性ですからね」

ヤマザキが慰めるように言うが、ミコトは別にがっかりしているわけではない。むしろ、これから出会うフレンズに想いを馳せ、ワクワクが止まらないのだ。

「ここをベースに、フレンズへの接触は避けてセルリアン退治の事例を探します」

「それは…難しいんじゃねえか?だってよ、フレンズは聴覚が優れていたり振動を感じたり、磁場を感じるやつだっているそうじゃないか。そんな重装備で気づかれないわけがない」

「はい。そこで、これを」

ヤマザキが大きな荷物を取り出す。

「なんですか、これ?」

荷物を広げてみて、ミコトは呆れた。

「コスプレでもさせる気ですか」

それは、動物を模した衣装だった。

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