第13話 火星の記憶

「どうしてこんなことを?」

ネールが尋ねる。Dr.タクマは視線を上げた。

「かつて」

タクマは屈託のない笑顔を見せる。

「かつて火星には、水も酸素もあった」

「ええ。その証拠を探すのも、我々の重要なミッションです」

レフティは船外服を脱ぎながら同調した。ハードタイプの船外服は自立するから、脱ぐというよりは抜け出すような格好だ。1G重力下では大変な作業だが、地球の1/3なら一人でもなんとかいける。

「そして、サンドスターも。火星探査機のキュリオシティが撮影した中に、わたしがサンドスターを見つけたのはもう10年以上前だ」

「サンドスターですか」

「ああ。当時はレンズフレアとか、結露の影響と説明されていたがね。サンドスターの実物を見ていたわたしにはわかった。あれはサンドスターだ、と」

実際にここにサンドスターがある。サンドスターがどう影響したのか、ドクターはこうして生きている。

「窓の外を見たまえ。そろそろ時間だ」

ネールは小さな窓を覗き込む。日暮れが近いはずの外が、キラキラと輝いているのが見えた。

「これは…サンドスター?」

「そうだ。サンドスターは地球だけじゃない。ここ火星にもあったんだ」

サンドスターは、星の記憶。それは詩的な表現だと思っていた。しかし火星にもあるのなら。もしそれが普遍的なものならば。あらゆる星々にサンドスターがあって、星の歴史を記憶しているのかもしれない。

「で、それだけでこんなことをしたとは、さすがに思えないんですけど」

サンドスターがもしなかったら。あったとしても、効果がわかっていたわけではないはずだ。それとも、確信でもあったのだろうか。

「私には、サンドスター受容器があるんだ」

なんだそれは。聞いた覚えもない。

「私は、ジャパリパークに行ってわかった。自分の力がみなぎるのを。湧き上がるかつてない獣性を」

「フレンズ…?」

「私の家には、古くから伝わる伝説があってね。猿蟹合戦のようなむかし話さ。ただ、主人公が猿で、悪い蟹と臼をやっつけるお話だ。その猿が御先祖、というわけさ」

Dr.タクマの目には、悪びれたところが全くない。

「サンドスター受容器は、物理的な器官ではない。が、フレンズには備わっていると私が考える、概念だ。むかし話の猿というのがフレンズだったと考えれば、その子孫である私にだって、そんな器官があってもいいじゃないか」

フレンズが子をなすなど、聞いたこともない。タクマの言うことは、妄想の域を出ない。

「いろいろ実験してみたよ。地球から持ち込んだ、と生物の遺物を火星のサンドスターに触れさせてみた。だが、フレンズは生まれなかった。どうやら火星の記憶である火星のサンドスターは、地球のフレンズ誕生には結びつかない。だが、私を生かし続けることはできた。わずかな食糧と水で、ここまで生き長らえてこれたよ」

事実が目の前にある以上、それは受け入れないわけにはいかない。

「念のため、ベース内は全てチェックします」

「ご自由に」

実は大量の水と空気、食糧をストックしていた、という可能性も捨てきれない。チェックだけはしておくべきだろう。

「実に宇宙飛行士らしい考え方だ。実に正しい」

タクマは満足げだ。

窓に目をやると、外の光は収斂しつつあった。

「間欠泉みたいなものさ。周期的に噴出する。残念ながら、火星生物のフレンズは見たことはないがね」

タクマは笑った。

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