第10話 鉄鯨

甘かった。海自の警備は穴だらけどころか、鉄壁だった。

衛星や航空機、潜水艦のソナーによって、諸島に上陸する意思の有無まで読み取っていた。必要ならば拿捕までするのか。

「どうぞお掛けください」

艦長なのだろう、威厳のある男が柔らかな物腰で椅子を勧めた。

「いいんですかね、我々みたいなマスコミを乗せたりして。潜水艦は機密の山でしょう」

ハヤマは軽口を叩いてみせた。

「まあ、機密は機密ですが、この船も最新型というわけでもないので。それに、より重要な機密の保持が任務ですからね」

艦長はおどけて見せた。食えない人物のようだ。

「ハヤマさんですね、東部テレビの。存じ上げておりますよ」

もう一人の人物が話す。長身で体格も良く、潜水艦乗りではなさそうだ。そこまで知られているということは、出港前からマークされていたのだろう。そしてこんな話をするのは、艦長の仕事ではない。

「申し遅れた。内閣府のヤマザキです」

「内閣府…」

いわゆる情報部というやつか。

「へえ、最近ではスパイと海自は仲がいいんですね」

「統合運用ってやつですよ。あ、さっきの臨検部隊は海自さんですよ」

「今まで泳がせてたってことは、何かあるんでしょ?」

単に上陸させないためなら、出港前からいくらでも逮捕する機会はあったはずだ。となれば、ここまで来させたのにはらなんらかの意図があると考えるのが自然だろう。

「さすが話が早い。我々があなたに望むのは、情報の管理されたリーク、それと」

「それと?」

「ある人に会っていただきたい。ハヤマさん、あなたをご指名なんです」

「俺を、ですか」

昔はスクープを上げて名を売ったものだが、ここ数年は鳴かず飛ばずの俺を指名するとは。一体誰だろう。

「お連れして」

部屋に入ってきたのは、若い女性だった。可愛らしい顔立ちは、ハヤマのテレビ局でよく見るアイドルにも引けを取らないだろう。が、水着などで焼いたものとは違う日焼けが、彼女を彼女たらしめているようだった。

「東都大マエジマ研究室のミコトです。ハヤマさんですね」

「ミコトさん。俺をご指名とか」

「ええ。ハヤマさんの10年前のスクープ、覚えています」

「10年前か。ジャパリパーク撤退のニュースだな」

「ハヤマさんは、フレンズと親交が深かったんでしょうか」

ハヤマは、あるフレンズを思い浮かべる。

「いや…どうだかね」

フレンズ。動物たちが、サンドスターを浴びることで人間の姿を得、人語を解し、人間の数倍の力をもつ彼女たち。

会いたい。そう思ってここまで来た。

「私と一緒に、ジャパリパークに行きませんか」

ミコトの目は真剣だ。

ハヤマに迷うことなど、一片もなかった。

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