第9話 密入

船は、南洋の荒い波を、またひとつ乗り越えた。

「だらしねぇなぁ、都会もんは」

船長は、そう言ってかかかと笑った。

撮影クルーは、もう吐くものもなく船底にひっくり返っている。

南洋に出現した諸島は、日本列島と比較してもかなりの大きさで、当然海流も大きく変わった。漁場の位置や獲れる魚だけでなく、日本全土の気候も変わりつつある。より熱帯化が進み、寝苦しい毎日が続く。

ジャパリ島の入島に制限がかかってから、なんの情報も得られないまま既に10年が経過している。海上保安庁が監視しているということだが、海域が広すぎて、実際には周囲で漁を営む漁師は少なくない。時折、外国の公船が来ては保安庁の船に追い立てられるのがニュースになる程度で、人々の関心も薄れ、忘れられた存在だ。

ハヤマたち東部テレビのクルーが乗せてもらっている船も、そんな外洋漁船だった。

「本当に、今でもあるんすかね、ジャパリパーク」

「さあな。ドローンや衛星からも撮影できないって話だ。だからこうして人間が来るしかない、ってわけさ」

ジャパリパークは、開園当初は大型の空港を擁し、東京からジェット機で1時間という利便性の高いものだった。日本政府としても、領有権主張のため、平和裡の利用を他国にアピールする必要があった。助成を惜しまなかったのは、当然のことと言える。

「だがよ、近づくだけならともかく、上陸となると難しいぜ、旦那」

「どうしても無理ですか?超望遠レンズとAIスタピライザーの組み合わせで、島の外からでもある程度の映像は撮れるだろうが、やはり目の前で撮る臨場感には敵わねえ。なんとか上陸したいんですがね」

ハヤマとしては、なんとしてもフレンズを撮りたかった。セルリアンが世界中に出現し、増える一方の昨今、最初に発見されたジャパリパークでは今ごろどうなっているのか。増殖したセルリアンに埋め尽くされているのではないか。だとしたら、フレンズたちはどうなったのだろう。

「10年、か」

人間よりもずっと寿命の短いフレンズだ。撤退当時を知るフレンズなど、セルリアンがたとえ発生しなかったとしても、もういないだろう。

「島が見えます」

ハヤマも双眼鏡で確認した。サンドスター火山の輝きが見える。あと30分も進めば、上陸点が見つかるかもしれない。

「波は高いけど、なんで上陸できないのかね。絶壁とかでもないし、渦が巻いているようにも見えないが」

「そろそろ出ますよ」

「出る?」

船の揺れが、急に収まった。

「掴まれ」

船長が手摺りを掴んで身を乗り出す。ハヤマもつられて海面を見下ろした。

海面が、黒々としている。こんなに晴れているのに。

次の瞬間、船が大きく揺さぶられた。

波高しとはいえ晴天だ。こんな、まさか。考える間も無く、ビルの3階の高さに持ち上げられた船は、再び海面に叩きつけられた。

「クジラ!クジラだよ!」

さっきの黒い影がそうだろうか。30mはあるだろう。だとしたら、シロナガスクジラかもしれない。

ザトウクジラやマッコウクジラがいるとは聞いていたが、シロナガスクジラもいるのか。

そう思って仰ぎ見た頭上には、クジラにも見える真っ黒な鉄の塊があった。

「潜水艦…」

潜水艦の後部ハッチからはゴムボートが引き出され、完全装備の特殊部隊がこちらに向かってくるところだった。

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