第8話 200年の夢
火星への移住、それは偏狭な好き者の金持ちや、人々の鬱屈を外部に向けさせたい国家の事業として、実現性を無視して計画されたものだった。
本当に実現させる気ならば、予算は桁が3つは足りない。レーザー推進のような新技術の開発も必須だ。
だが、事情は変わりつつあった。
「人類生息可能域の減少。それは微々たるものではありますが、着実に進行しているといえます。このままセルリアンの増加成長を止められなければ、いずれ加速度的に人類は追い詰められるでしょう」
セトグチは総理執務室のソファに浅く座り、目線を向けた。
「地球外移住も、議論に乗せるべきだ、と?」
総理の目にも疲れが見て取れる。
「まだ余力のある今のうちに、とは。検討するだけなら大きな予算は必要ありませんが、他国に遅れをとれば」
「とれば?」
「船に乗り遅れます」
今のところ、セルリアンが大きな移動力を獲得した形跡はない。このままなら、人類の生息域が半分になるのに200年はかかるという試算もある。しかし、ジャパリパークの事例が真実ならば、いずれ飛行能力をもつかもしれない。そうなれば試算など一気に崩れる。
国体の維持を至上命題とする政府ならば、数百年単位での視野を持つべきだ。夢物語である火星移住も、超長期的には十分可能だ。もちろん、それまで人類が絶滅しなければ、だが。
「ジャパリパークのほうに、希望を見出したいところだがな。セルリアンの撃退に成功したというのは本当か」
諸島からの撤退後、ドローンによる偵察は行われたが、全て失敗に終わっている、ということになっている。
「半年ごとにLB1型の定期交換をしていますが、その際に行われるデータの吸い上げでわかったことです。もっとも、その場に居合わせたはずのLB1型の個体は破壊されたようで、詳しいことはわかっていませんが」
大型セルリアンに破壊されたのだろうか。
「まったく、なんでLB1型はクラウド化されてないのかね。そうだったら、一台壊れたところでデータが失われることはなかったのにな」
「なんでも、自我を目覚めさせるには自他の区別が必要で、個性を持たせる必要があるとか開発者チームは言っていましたが。どちらにせよ、電波的に遮断された島ですから、クラウドは役に立ちません。旧型のスタンドアロンであるLB1型だからこそ、ジャパリパークの保守管理に使えるのです」
「それはわかっている。ただの愚痴だよ、続けたまえ」
総理は背もたれにもたれかかり、目を閉じた。疲れの色は濃いようだ。
「衛星や偵察機の高高度撮影によれば、発生した巨大化セルリアンが、次の撮影では消えているということです。他のLB1型たちのデータ解析が進めば、もう少し詳しくわかると思います」
「島内に1万台、半年ごとに500台ずつの交換だったな。10年かかるな」
「セルリアン撃破の確認地点を中心に、前倒しで現在確認を急いでいるところです。セルリアンの撃破方法がわかれば、現状の打破ができますから。ただ、政治がオールインする危険を冒すわけには」
「もちろんわかっているよ」
総理は手で制した。
「しかし、地球脱出となれば、政治的経済的な影響は避けられんな。ヘタを打てば、株価も支持率も大暴落だ」
「ケネディに範を取りましょう。熱しにくい日本人ですが、火がついてしまえば冷めにくい。前進。逃げるのではなく進歩、熱気。若い頃のあなたの得意技ですよ、総理」
「今の私にできるかな」
「貴方にしか出来ないことです」
「実現する頃には自分達は誰も生きてはいないだろう、な。だが、それが政治の役割だ」
瀬戸口は少し驚いた。
この人は、意外にも本物なのかもしれない。
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