第5話 化け物

「それからわしは、ふるさとを離れ、日本中を彷徨った。さすれば、わしと同じ化け物に出会えるのじゃなかろうか、と」

老婆の目は真剣だった。とても酒に酔って法螺話をしているようには思えない。

本当のわけがない、これも真実を脚色した寓話なのだと思いながらも、ミコトは惹き込まれていった。

「西に鬼が住むといえば行き、八岐大蛇が出たと聞けば走った。ほとんどは何かの見間違いじゃったり、子供騙しの坊主の説教じゃが、中にはホンモノもおった」

「本物、ですか」

「ああ。猿びとを殺して食った。兎びとの皮を剥いだ。犬びとを食って桜の下に埋めた。熊びとを倒して肝を食った。仲間を探しておるつもりじゃった。が、それは違うた。わしはただ、食いたかっただけじゃ」

話す老婆の目からは涙とともに光が消え、なんの表情も読み取れなかった。

「ああ、食った。食って食って、食ってやったよ。じゃが、化け物どもは、時が経つにつれ、どんどん少なくなりおした。江戸の世より後では、一度も見ておらん」

心なしか、老婆が小さくなったように見えた。

「化け物がおらんくなりて、人を食ったこともある。けんど空腹はちいとも満たされぬ。その頃から、わしは次第に歳をとるようになった。化け物のおらん世じゃの、わしはもう消えるじゃろう。そう思うた」

消え入りそうな老婆の声が、突然暗い圧を放った。

「じゃが!わしは見たぞ。お前たちがフレンズ、と呼ぶ化け物どもじゃ。そう、あれぞわしが食ろうてきた化け物じゃ!わしは、わしはまだ、消えぬ!食ろうてやるぞ、そうじゃ、食ろうてやるのじゃ!」

ミコトの肩を掴む枯れ枝のような指は食い込み、とても老婆の力とは思えない。思わず振り払うと、ミコトは囲炉裏の火かき棒を手繰り寄せ、振り下ろした。

硬い感触、だが火かき棒は弾かれはしなかった。

老婆の頭頂にある、宝石のようなもの。火かき棒が捉えたそれは、高い音を立てて砕ける。

光がミコトの目を刺し、次に目を開いた時には、老婆の姿はなかった。

薄暗い古民家で、ミコトは呆然と立ち尽くしていた。

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