第4話 山姥
「鶴の羽を持つ女、ですか」
「そうじゃ。見た目は美しい女じゃが、翼を広げると鶴そのもののようじゃった」
老婆は、まるで自分の目で見たかのように話した。
「鶴って、日本では昔から美しい鳥の象徴、霊鳥とも捉えられてきましたよね。そういうところから生まれた伝承なんでしょうか」
「いいや」
老婆は目を閉じた。
「わしは見たよ」
「見た?」
盃に口をつけ、老婆は続けた。
「あれは養老年代、羽州は多治比さまの時代じゃった。蝦夷征伐はそりゃ凄惨なもんでな。蝦夷の土地を奪い、時に裏切らせ、殺し殺したもんじゃ。貧しい開拓民を送り込んでは未踏の荒野を耕し、山を開き、獣を殺して蝦夷を追い詰めていった、そんな時代じゃ」
荒唐無稽な話だ。蝦夷征討といえば、770年あたり。1300年も前の話だ。この老婆が見ているはずがない。
「わしは、見た。透き通るような真っ白な鶴の羽を持つ女が、ゆったりと飛んでおるのを。わしは蝦夷の逆襲から逃げる途中で家族からはぐれて、途方に暮れているところじゃった」
酒を注ぐ。
「美しかったし、わしらにとっても鶴は神聖じゃったが、食わねば死ぬ。降り立った女を、わしは殺して食った。人を食ったとは思わなんだ。あれは鳥だ、鶴だと自分に言い聞かせた。なんとか飢えをしのいだわしは、自分が女になり、そして不老不死になったのを知ったんじゃ」
人喰い。この老婆がか。いや、不老不死だなんてそんな。
「わしのもとの名は金蔵。鶴の話は、わしの言い訳よ」
自責の念を、物語を作ることで正当化しようとしたのか。
「不老不死は呪いよ。物語を作って、語り部となりて語り続ければ、いつかその物語が真実になると思った。じゃが、こうして長い、永い年月を経ても、いっこうに忘れること叶わずじゃ」
いつしか、老婆の目が涙に濡れていた。
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