第2話 鶴の恩返し

東北の冬は、日が短い。

雪深い寒村に、ミコトは四駆を乗り入れた。

カーナビの地図には、道と川くらいにの情報しかない。事前に調べた手描きの地図を地形と照らし合わせながら、山道を登ってゆく。

今回の調査対象であるおとぎ話、鶴の恩返しに出てきそうな風景だ。

鶴の恩返し自体は、1949年に木下順二が書いた夕鶴に描かれた物語だ。だが、元になった昔話は形を変えながら各地に存在する。

なかでも、東北のこの鷹雨村は、物語のDNA的解析の結果、最も古い伝承がある地とされた。

物語は伝わるごとに付け加えられ、変遷するものだ。各地の伝承を比較することで、その伝播の方向がわかるのだ。

今ミコトが向かっているのは、村の語り部が住むという茅葺きの家だ。

いかにも、という光景に、シャッターを切る。

「よういらっしゃった」

戸口で待っていた老婆は、意外にも標準語に近い言葉で迎えた。

「お世話になります、東都大マエジマ研究室のミコトです」

私が到着するのを、ずっと外で待っていたのだろうか。それにしては凍えている様子はない。

「奥にどうぞ」

手招きのまま、家に上がった。

「古民家をリフォームしたんよー」

中はこざっぱりと、アンティークをあしらったカフェのような造り。ミコトは少し落胆する。せっかくの雰囲気が台無しだ。

「お茶でもどうぞー。それとも、こっちの方がいいかえ?」

老婆は一升瓶をかざした。

「いただきます」

つい即答してしまった。

「ふふふ、いい返事ねえ」

まずは一献。老婆は盃を傾けながら、静かに話し始めた。

「むがーしあったけずまなぁ。邑の小川のほとりはぁやぶばっかりじゃ。まぁだ山かみさんいっぱいおったあだりの話だったど

そして新山ってどころあってな、金蔵つう正直で働き者いだったけずま…」

現代語に直せば、ほとんど現代人の知る鶴の恩返しに近い話だ。

違うのは、主人公が老夫婦ではなく、金蔵という若者であること、金蔵が見てしまったのが、鶴ではなく、鶴の羽を持つ女で、織っていたのが羽織りではなく曼荼羅であること、飛んで行ったのではなく、普通の鶴になって、飛べないまま死んだこと。

山形の語り部に聞いた話にも近く、目新しいものではない。

鶴の羽を持つ女、という部分を除けば。

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