獣人伝奇
油絵オヤジ
第1話 7,528万キロメートル
探査プローブを切り離した船は、火星への周回シークエンスに入ろうとしていた。
5カ月にわたる旅も、ゴールが近い。とはいえ地球に戻るまでが旅だ。気を抜くことはない。
プローブは、切り離し直後から貴重なデータを送ってきている。順調だといえた。
「キャプテン、プローブの大気圏突入まで4時間、その後着陸船切り離し。予定通りです。まあ今回は着陸船は無人ですけどね」
「もうぶっつけ本番でも問題ないんだがな。次回の小接近まで780日、今回の成否で改善したのが本番だ」
着陸船を含め、今回のミッションに使われる機材は全て、本番と同じものだ。人間を火星に送り込むこともできる。
実際、着陸船に積まれた機材の一部は、本番のベースとしても使われる予定だ。設営にはAIロボットのBOSS1があたる。
「Dr.タクマは?」
「さっきまでプローブのデータ解析をしてましたが、今は寝てますよ」
「相変わらず寝付きのいい。感動の瞬間は見なくていいのかね」
船長はおどけた表情で背後の居住区を振り返った。
準備、シミュレーション、プローブからのデータ解析。時間はあっという間に過ぎた。
プローブに続いて、着陸船が切り離され、火星の薄い大気圏に突入する。
「レディフォーランディング。5、4、3、2、1、ランディング」
歓声が上がる。7名の乗員は肩を叩き合う。
いや。
「ドクターは?いい加減、起こしてこい」
「へい。ドクター、キャプテンがお呼びですよー、起きてくださーい」
しばらく間をおいて、サントスが文字通り飛んで戻ってきた。
「キャプテン!ドクターがいません!」
「え?」
「トイレじゃねえのか?」
「とりあえず探せ!」
その後航宙機中を探し回ったが、Dr.タクマはいなかった。
「まさか、着陸船に?」
「着陸船の船内カメラは?」
「全部潰されてます」
「シットっ。ジャップは何を考えてやがる」
「キャップ、着陸船のエアロックが作動してます」
今回採用された新型の宇宙服は、ハードタイプだ。気圧順応の必要がなく、着てすぐに船外活動ができる。
「ドクターを呼び出せ!」
「ドクター!応答しろ、ドクタータクマ!命令だ、すぐに船外活動を中止しろ!」
『ザッ、ザザッ』
空電が響く。
「ドクター!」
『うつ…しい』
「どうした、ドクター!」
『ああ、なんて美しい』
ドクターははっきり、そう言った。
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