episode 防衛軍東京支部襲撃戦

お前の中で勝手に風化させるな

 ―同時刻 防衛軍東京支部内

「……よぉ、思ってたより元気そうじゃねぇか」

 コツコツと靴音を鳴らしながら歩み寄って来た人物に少女は目を凝らす。暗闇に覆われているせいでその姿を確認する事は出来なかったものの、少女はその声で相手が誰なのか判断した。「ひーちゃん」と可愛らしい愛称で相手を呼ながら傷だらけの体を起こし、ゆっくりと鉄格子まで這った少女に声の主は「……歩けねぇのか」と問い掛けた。

「足の裏……逃げられないようにって」

 声の主が取り出したスマートフォンがライトを照らす。少女の両足の裏には酷い火傷の痕があり、腕や顔にも暴行による大量の傷跡が痣となって残っていた。

「ハッ、防衛軍の奴等……昔のマフィアみてぇなやり口使いやがる」

 近くから聞こえる喧騒に声の主は「見つかったら面倒だ、逃げるぞ」と声を掛け、スマートフォンを一度床に置いた。

「でも、どうして此処に……」

「研究員命令。連中、こっちの要求を呑む気配がないからな。強硬手段に出ろとのお達しだ」

 停電未だに復旧の見込み立たず、非常用電力に切り替わりません、侵入者は異端者1人だと防衛軍の構成員達の声が廊下から途切れ途切れに聞こえて来ていた。声の主の手が鉄格子に掛かるや否や、バチバチと激しい閃光が溢れ出し、ボンと大きな爆発音が鳴った。少女が恐る恐る目を見開いてみれば、鉄格子は落雷が落ちた後の木のように焦げ、それはやがて跡形もなく崩れ去った。人1人分が通れる程の隙間から少女の腕を引っ張り、軽々と抱えた声の主は勢いよくその場所から飛び出した。

「侵入者、捕虜の異端者を連れ逃走! 至急対応に当たれ!」



「なかなか筋はいい」

 北斗の銃は見事に銀塔の左肩を貫いた。傷口を押さえていた手の平にべったりとこぶりついた血を見て、彼は不機嫌そうに目を細めた。じぃっと食い入るように凝視している。眼鏡を取った時の湊斗と同じくらい目付きが悪い。

 銀塔は目が悪かったのだろうかと考えて、北斗は改革前かなり距離があるから大丈夫だろうと高を括っていたら「2年3組黒瀧、ちゃんと制服着て来いって何度言ったら分かる」と指導をされた記憶を掘り出し、頭上にクエスチョンマークを浮かべた。北斗の珍妙な面持ちに気が付いたのか、銀塔はやがて取り繕うように大鎌を握り直した。

「こいつのどこが厄介だ。……塵芥じんかいの間違いだろ」

 ブン、と空気を切るような重い音が頭上で鳴った。すかさずしゃがみ込み、銀塔を狙い銃弾を放つもそれは煙を払うように弾かれてしまった。銀塔からの怒涛の追撃を避け、攻撃のチャンスを窺う北斗は助走を付けて大きく飛躍し、銀塔に向けて銃弾を撃った。それが当たるよりも先に銀塔の刃が北斗を捉える。

「う……ぐっ」

 鳩尾に刃先がめり込み、すっかり血が止まっていた傷口が開いた。耐え切れず呻き声を零し、背後に倒れ込むようにバランスを崩した北斗へ追い打ちを掛け、銀塔は鎌を抜き取ると、彼の胸部を切り付けた。

 深い谷底へ真っ逆さまに落ちるように、北斗の体が床に叩きつけられた。心臓がバクバクと音を立てている。そのうるさい位の音色に合わせて傷口から血が溢れ出し、息が乱れた。空気が薄い。吸っても吸っても苦しいまま。いつか訪れる死を予感し、急に怖くなった。

「チェックだ。……あと一手でチェックメイトだぞ」

 北斗の首元に大鎌が向けられる。必死に呼吸を整えながら天井を仰いでいた北斗の頬にポツッと何かが当たった。

「……雨?」

 燃え広がっていた炎をあっという間に鎮火させてしまう程の豪雨が校内に降り注いだ。ゆっくりと身を起こした北斗に銀塔は「動くな」と警告しながらその首に刃を向けた。だが北斗の目は銀塔ではない何処かを見つめていて、彼が動き出すのは辺り一面が真っ白に光ったのとほぼ同時だった。

「比与森!」

 鎌を振り払い、僅かな隙間を潜り抜け、無理矢理にでも体を突き動かしながら比与森の元に駆け寄った北斗へ銀塔は目を向けた。激しい雷鳴が響いた瞬間、比与森の体が大きく飛び上がり、彼女は両耳を塞ぎ、肩を震わせた。比与森のゼェゼェと乱れた呼吸に黒宮とふわりも異変を感じてか、彼女の元に歩み寄った。

 喉からヒューヒューと風のような喘鳴が聞こえている。過呼吸だ。それを瞬時に理解してすぐ、黒宮は「比与森、聞こえてるか。まずちゃんと息をしろ」と声を掛けたが、彼女の容態は変わらない。

 大鎌を下ろし、比与森の元へ歩み寄って来た銀塔は「嗚呼、そうか」と呟いた。

「比与森杏奈…………暴力事件の被害者か」

 去年の文化祭後、軽音部内で起きた暴力事件。その詳細は2・3学年のほぼ全員が周知している事実だ。当時関係者の北斗と畑山は毎日のように事件の内容について突かれた。教師から箝口令を敷かれていた上、誰かに言って回る程気分のいい内容ではなかったため、その具体的な理由や原因を知る者は北斗・畑山の関係者のみに限られていたが。

 もう一度激しい落雷が地を揺るがした刹那、ブツンとインカムから音が鳴った。徐々に目の前の風景が変わっていく。

【有限戦争】のステージは仮想空間だ、元の情景に戻ればきっと……と希望を抱いていた北斗は外の風景に目を見開いた。周囲は見慣れた九々龍学園の校舎内に戻った。だが外の風景は変わらない。激しく雨が打ち付け、ゴロゴロと不機嫌そうに雷が喉を鳴らしていた。【有限戦争】開始前までは快晴だった筈なのに、と考えていれば頭上で一斉に蛍光灯が点灯した。

「非常事態だ、一時【有限戦争】を中止にし、手短に要件だけを伝える」

 スピーカーから聞こえる理事長の声に耳を傾けていれば、湊斗・有馬達が北斗の元に合流した。比与森の異変に気が付くや否や、有馬はすぐさま彼女を安心させるように背中を擦り、呼吸を促していた。

「防衛軍東京支部で異端者による襲撃が発生。負傷者は居ないものの、捕虜の異端者が脱走した」

 捕虜の異端者……防衛軍の宇賀神と炎の異端者から以前語られていたものだ。非戦闘能力であるが故解放を求めていた異端者側。そして捕虜の異端者を人質として扱うのと同時に、暴力行為を加え異端者が能力を自分に利用できない事を実証する……言わば人体実験のような行いを働いた防衛軍。それを思い出し、北斗の顔が苦々しく歪んだ。

「防衛軍から報告が届いている。警戒するべきは東京支部に侵入したもう一人の異端者の方だ。

 現在新夏区内全域が停電、東京支部内は非常用電気設備も破損され、復旧の目途が立っていない。……急変したこの天気も、その異端者によるものと推定される」

「電気……雷…………。待って下さい、理事長。それってつまり」

 動揺の声を上げた北斗に理事長は「お前が一番よく分かっている筈だ」と答えた。

「雷の異端者……。去年の10月、比与森杏奈への暴力事件で退学処分となった生徒。……響 千種ちぐさと推測される」

 響千種。その名前は殆どの生徒からすれば懐かしい名前で解決されるものだろう。

 だが、北斗にとっては違う。その名前を聞くだけで全身の毛が逆立つ。許容しきれない怒りに体が支配され、自分が自分ではなくなる感覚。事件から半年以上が経過した今でも北斗の中では過去として清算出来ていない。他でもない友人の比与森が今も苦しめられているからだ。

「【オチコボレ】・【フウキイイン】は校内待機。異端者の追跡には……」

「理事長、俺に行かせてください」

 北斗の言葉に灰島は間髪入れずに駄目だと即答した。だがどんな理由があっても、退く訳には行かなかった。畑山の時とは違う理由で。

「無理を言っているのは百も承知です。ですが、あいつだけは駄目です。響だけは駄目なんですよ! 俺はあいつの事を殴らないと気が済まない!」

「……もう1回殴っただろう。それでお前も3ヶ月の停学処分にした。忘れたのか?」

 覚えていますと北斗は震える声で呟いた。後ろから比与森の嗚咽と乱れた呼吸音が聞こえていた。当時を思い出し、関節が外れるのではと錯覚する程に強く拳を握った北斗を一瞥し、隣の銀塔が声を上げた。

「理事長、俺も黒瀧も途中で【有限戦争】を切り上げられただけあって、体力はまだ有り余っています。……どうでしょう、うちと【オチコボレ】に行かせてみては」

 銀塔の提案に北斗はパッと顔を上げた。彼の目はとても嘘を言っているようには見えない。

「……正気か、銀塔リヒト」

「大人しく行かせた方が利口ですよ。2回目の罰則違反になるよりは」

 はぁっと溜め息を吐き、理事長は「【フウキイイン】と行動するのが条件だ。準備が整い次第向かえ」と指示を出した。

「銀塔先輩、ありがとうございます」

 深々と頭を下げた北斗に、銀塔は背後を指差しながら「そこ2人は置いて行け」と指示した。振り返った先には比与森とそれを介抱する有馬の姿がある。分かっていますと頷き、北斗は比与森の前でしゃがみ込む。

「比与森、大きく息を吸わなくていい。吸った息を10秒かけてゆっくり吐こう」

 湊斗に促され、長く息を吐き続ける比与森の容体は先程よりも安定して来ているが、雷の音を聞けば折角落ち着いて来た呼吸もあっという間に駄目になってしまった。

 北斗はポケットからデバイスを取り出し、いつもパーカーの紐と一緒に首元からぶら下がっているイヤホンを手に取った。

「比与森、これ俺が弾いた曲なんだ。あいつ程じゃないけど……かなり上手くなったろ?」

 黒宮に送った音源データを流し、比与森の耳にイヤホンを嵌めてやる。音量を僅かに上げれば、雷の音が次第に聞こえなくなって来たのか、呼吸が段々と落ち着き始めた。

「俺が響と話して来る。……あの時みたいに慶が居ないから、暴走しないか不安だけど。兄貴や黒宮、銀塔先輩なら殴ってでも止めてくれるだろうから」

「……めん。北斗…………ほんと、ごめん。あたしも、行かなきゃいけないのに……」

 北斗の言葉を遮るように発せられた比与森の嗚咽混じりの声に、北斗はやんわりと首を振った。

「謝んなよ。……悪いのは響だ」

 ゆっくりと立ち上がった北斗に有馬がパッと目線を上げた。「有馬さん、よろしくね」と声を掛け歩き去っていく北斗に有馬は物言いたげな顔をしていたものの、やがて諦めるように小さく頷いた。



「東京支部のある祭園から八国にある異端者研究所に戻るには、必ず九々龍学園前を通る必要がある。各ポイントに別れ、警戒を強めろ」

 理事長の指示に了解と頷き、【フウキイイン】のメンバーが指示されたポイントへと散らばって行く。頭上のドローンに目を向けた後、周囲で警戒態勢を強める防衛軍の面子を眺めながら歩き出そうとした時だった。その手を誰かに引き止められた。

「わっ……と。飛影さん、どうしたの?」

 北斗の後ろには有馬・比与森以外の【オチコボレ】メンバーが神妙な面持ちで北斗を凝視していた。彼等の言う事を代弁するように飛影がゆっくりと開口する。

「KING……去年ひよちゃんと先輩に、一体何があったんですか?」

 2年の戸塚・芥答院・黒宮・湊斗は兎も角、1年生の飛影・貞原はまず話にすら付いていけていなかっただろう。こうなったからには仕方ないと、北斗はフードを深く被りながら重い口を割った。

「俺が響と比与森……それから慶に会ったのは高校1年の時だった」


 響千種。中性的っていうか、男でも女でも違和感のない名前だけどそいつは正真正銘男だ。

 軽音部はギターの俺とギターボーカルを担当していた響、ベースの慶とドラムの比与森の4人。比与森は紅一点だった。

 比与森と響は高校1年生の時クラスが同じで、仲良くなるのに時間は掛からなかった。音楽の趣味が合って、お互い楽器もやってたから「じゃあ一緒にバンドやろう」って話になったらしい。けど部活を設立するには最低でも4人必要だったから、響と比与森は勧誘活動を始めた。……まあ結果は分かりきってる通り、最初はなかなか集まらなくて、校内のあちこちでゲリラライブとかしては風紀委員に追っ掛け回され、生徒指導に呼び出されてた。

 ギターとドラムだけが鳴ってるだけで、音に深みなんてないし、ほとんどの人が聞けば下手くそだなって思うかもしれないけど。それでも俺は2人の演奏を聞いてバンドやりたいって思った。それは慶も同じだったらしい。

 俺と慶が入部してからようやく部活は軌道に乗り出した。曲を作ったり、休日もスタジオ借りて練習した。響の兄ちゃんがライブスタジオを経営してたから、そこでちょっとしたライブに出させてもらったり、文化祭前は遅くまで練習したり。数年後振り返って見ても、俺の人生が一番輝いてた時期ってあの時だったって言い切れる。

 事件が起きたのは去年の10月。文化祭のライブが終わった後だった。興奮が冷めないまま部室に戻って、お疲れだなんだってハイタッチを交わしてた時……響の能力が暴走した。

 ……比与森が響と手を叩き合った直後、気を失った。そこでようやくアドレナリンが切れたのか、俺も慶も、響だって何が何だか分からないまま。俺達は取り敢えずあず兄に連絡して、その後比与森のお兄さんが迎えに来て比与森は病院に搬送された。命に別状はなかったけど、暫くの間ドラムは叩けないって言われた。そのすぐ後だったと思う。

 響は部活に来なくなった。次第に学校にも来なくなって、自分が原因じゃないかって責任を感じてる事はすぐに分かった。比与森が部活に復活してもなかなか顔を見せなかった。

 比与森はあの日、響と話してみるって言って部活を早めに切り上げて雨の中帰って行った。……今思えば1人で行かせたのが間違いだった。

 実は響、1年の時から比与森の事が好きだったんだ。比与森って今はベリーショートだけど、1年前までは背中くらいまで髪が長かった。男勝りな性格はその時から変わってないけど、他人思いでいい奴な上、顔立ちも整ってるから響が好きになるのもよく分かった。2人の問題だし、響の気持ちを尊重した方がいいと思って俺と慶は時間になるまで練習した。

 練習帰りにいつものハンバーガー屋でも行くかって話になって、俺と慶は歓楽街の方面に向かった。

 その道中で落ちてたんだ、比与森の傘が。

 ……嫌な予感がして、俺と慶はすぐに近くを探した。比与森を見つけたのは一角の路地裏だった。……髪も服も乱れてて、抵抗した時に殴り付けられたのか暴行の痕が沢山残ってた。一番大きいのは左腕。そこに電流が通ったような熱傷があった。

 俺は歩き去っていく人ごみの中に見知った顔を見つけて、気を失ったままの比与森を慶に任せてそいつを追い掛けた。

 俺は響に「比与森に何したんだ」って聞いた。俺の質問に響は……笑いながら答えた。

「他の奴等と使い回ししただけだ」って。

 ……気付いた時には響の事を殴ってた。その後すぐに慶に止められたから、たった一発しか殴れなかった。

 本当は顔の原型がなくなるまで殴ってやりたかった。比与森が痛い思いをした分、俺達が苛立った分、裏切られた分殴らないと気が済まなかった。

 響はいい奴でも悪い奴でもない。言わば灰色にずっと立ってた。ライブスタジオを経営している響の兄ちゃんが何と言うか、全身タトゥーとピアスだらけのおっかない人で、そういう知り合いが沢山家に出入りしていた。俺達は響がそっちの道に行かないよう、善の方に引っ張り続けていたつもりだった。

 でも響は変わってしまった。善悪の区別がつかない、自分の私利私欲のままに行動するクソ野郎に成り下がった。

 その事件の後、響は退学処分。俺は3ヶ月の停学処分。問題の起きてしまった軽音部は廃部になった。

 大事にしたくない、恥ずかしいという比与森の意思を尊重し、被害届は提出されなかった。比与森の家族からすれば愛娘を汚した犯罪者に社会的制裁を加えたかっただろうけど、まともな生活が送れなくなってしまった比与森に無理は強いれなかった。比与森はあの日以降、外に出られなくなってしまった。それどころかお父さんやお兄さん、身内であっても男を怖がるようになった。

 俺と慶に出来る事は殆どなかった。女子部員が居たらまた違っただろうけど、ないものねだりをしても仕方なかった。響が抜けたグループトークで比与森とやり取りをするだけ。たったそれだけでも、比与森は次第に俺達と電話が出来る位までは回復して行って、いつまでもこのままじゃ駄目だって奮起した。

 お父さんとお兄さんを克服して、家から出られるようになるまで3ヶ月。早退遅刻を繰り返しながら、比与森が今まで通りの生活を送れるようになるまでもう3ヶ月。

 比与森の両親は女子校への転校や別室登校を勧めたようだけど、比与森は「北斗と慶が待ってるから」の一点張りだった。

 俺達のお陰だと言うけれど、半年で比与森は雷以外のトラウマを自力で抜け出した。

 比与森が復帰した時、俺と慶は笑って迎えようって誓い合ったけど、半年ぶりに見られた比与森の笑顔を見て結局泣いてしまった。可愛いものが好きで、ヘアアレンジが出来て楽しいからと髪を伸ばしていた比与森は音楽の道に進むという夢と共にそれを切った。

 もうドラムはやらない。復帰前、比与森が家族に約束された事だ。

 自分が音楽の道を諦める代わりに、俺と慶の事を応援する事と交流を続ける事だけは許して欲しい。比与森が唯一家族に願った事はそれだけだった。


「そんな、事が」

 そう呟いたきり、飛影はすみませんと断りを入れて目元を拭った。北斗の話を聞き終えた芥答院けとういんがゆっくりと顔を上げ「黒瀧弟」と何かを言い掛けた時だった。

「北斗、慶と杏は元気か」

 背後から聞こえた声に北斗はゆっくりとした速度で振り返った。睨み付けるように相手を見る。

 無造作に整えられた灰色の髪に両耳に空けられた大量のピアス、吊り上がったオレンジ色の目。

 北斗の銃口が彼に向いた。比与森の事を杏と呼ぶ人物は一人しか居ない。

「慶は死んだ。……比与森は元気だったよ、お前が来る前までは」

「嗚呼、興味ねぇから忘れてた」

 グッと零れそうになった苛立ちを押さえて、北斗は「薄情な奴だな」と彼を貶した。そんな北斗の言葉は彼には響かなかったようで、彼はぐるりと【オチコボレ】の顔触れを見回した後、ニィッと口角を吊り上げた。

「お前、まだクソだせー片割れとつるんでんのかよ。嫌いな癖によくやるな」

 銃声が二発鳴った。レインボーブリッジの時のように迷う事なく銃弾を放った北斗に、その場の全員の視線が彼に集中した。

「お前に俺の兄貴をだせぇって言う資格ねぇよ、ヤリ逃げ野郎」

 ピリついた空気がその場を包み込んだ。北斗の放った銃弾は響の手中にあった。それを力強く握った時、彼の手中から稲妻が溢れ、飽きたというように手放した時、それは黒く焦げ切っていた。

「童貞はちいせぇ事でピーピーうるせぇな。もう半年も前の事だろうが」

「もう半年……? “まだ”半年だろ! お前の中で勝手に風化させるな!」

 これが加害者と被害者の違いだ。精神的にも肉体的にも傷を付けられた比与森は今でも嘗てを怯え、涙しているというのに。対する響はと言えば今ものうのうと生きたまま、あの日の事を過去の思い出として自己解決させている。それを腹立たしいと思わずして、何とするのだろう。

「慶は死んだ。杏は俺が壊した。

 ……1人だけ残しておくってのも気持ち悪ぃからな。北斗、お前も俺が壊してやるよ!」

 目の前が真っ白にチカチカ輝いたかと思えば、一際大きい落雷の音がすぐ耳元で鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る