裁かれるのはお前だ
2020.06.26
迎えた【有限戦争】当日の朝。【
他の色、特に対戦相手の【
「疑問点があったら後でその都度聞いてくれ。北斗・有馬は全てに目を通す程時間は残ってないだろうが、俺が代わりに覚えている。メインの行動だけ覚えてくれ」
分かったと返事をし、北斗は一通り目を通した後、時間ギリギリまで自分や仲間の動きについて可能な限り記憶した。大体こんなものかとデバイスの画面から目を離し「兄貴のイラストのお陰で分かりやすかった」と笑い掛けた、その時だった。
「それでは第一戦目を始める。【
理事長の指示を受け、【
「それでは、これより先手を決める。コインが表なら【
ピンと上空に弾かれたコインを掴み取り、理事長は「先手、【
「それでは【
【
「それじゃあ、作戦通りに行くぞ」
了解と返事をし、北斗・黒宮・比与森、湊斗・戸塚・飛影、芥答院・貞原・有馬の3グループに分かれ、各自デバイスのマップを確認しながらポイントへ向かう。
その間にも、辺りの風景は年季を感じさせる木造校舎へ変わった。走る度にギイギイと踏板が鳴り、いつ床が落ちるか気が気ではなかった。まるでホラー映画に出て来そうなくらい辺りは薄暗く、窓の外には暗雲が立ち込めている。今にも一雨降りそうな天気だ。
作戦の内容は前回の敵チームの攪乱とは異なり、非常にシンプルだ。
“【
前回の失敗を振り返り、北斗・有馬不在の中全員で調整と改良を重ねた作戦だ。デバイス内の“ギャラリー”アプリ内に随時過去の【有限戦争】や異端者弾圧時の動画データが登録されて行くようで、前回の【
「【
「つまり、大将首で指揮官でもある銀塔を狙った方が早い」
そういう事だとインカムから湊斗の相槌が返って来た。成程ねと答えながら、ゆっくりと体を解す北斗に同じく準備運動を行いながら比与森が「行けそうか、北斗」と問い掛けた。
「当然! ウォーミングアップバッチリ」
「オーケー、黒宮は?」
ここ連日8時間睡眠だと言いながら、黒宮はぐーっと両腕を上に伸ばした。彼の目の下の隈はほぼ分からないくらいにまで薄くなっている。「俺の送った音源効果?」とおどけながら聞いてみれば「調子に乗るな」と脳天に手刀が飛んで来た。
カウントダウン終了のブザー音と共に、理事長の「【有限戦争】開始」の合図が聞こえて来た。
銀塔が居るのは校舎東側。丁度北斗達の居る辺りだ。湊斗が飛影・戸塚とアイコンタクトを交わし、一目散に駆け出そうとしたその時だった。
けたたましい程に辺り一帯にジリジリと火災報知器が鳴り響いた。一体何だろうと戸塚・飛影が周囲を見回す中、湊斗は彼等の頭上でパチパチと音を鳴らす天井に目を向けてすぐ「2人共下がれ!」と指示を出した。2人が退いた刹那、ドンと大きな振動と共に天井の一部分が崩れ落ち、彼等の進路を塞いだ。
「え……燃えてる……?」
飛影の言う通り、崩れ落ちて来た天井から火が上がり、それはあっという間に燃え広がった。「煙を吸わない様にしろ」と2人に指示を出しながら、湊斗は焦りを滲ませた。煙が目に沁みる。炎は熱く、その火種を広げている。仮想空間とは思えない程リアルだった。
動揺を見せる湊斗達の背後から歩み寄って来たのは【
「銀塔先輩、鋼島です。【
任せたと返事が来るや否や、鋼島の足元でギィッと踏板が大きい音を立てた。弾丸のように湊斗の首を狙い迫った彼女の小刀を金属バットで防ぎ、押し返しながら飛影は「相手してる暇ないの!」と声を荒げた。だが鋼島は表情一つ変えず、尚も大将首の湊斗を目掛け、刀を振るった。
右上から、次は左下と不規則に動く彼女の攻撃を次々と金属バットで防ぎ、払い続けるので精一杯で守りに徹していた飛影の左足がガクッと下がった。火災の影響か、ただでさえ腐食が進んでいた床にはところどころ穴が開いていて、飛影の足はすっかりそこに嵌ってしまっていた。即座に足を抜き取り、金属バットを構え直した彼女の目と鼻の先に小刀が迫っていた。
「圧倒的な実力不足。それを自覚し、改善出来ない人間は愚か。罪以外のなにものでもない」
それが次第に近付き、突き刺さる寸前。二発の銃声と鮮血がその場に飛び散った。戸塚が放った銃弾は鋼島の右手を狙い、湊斗の銃弾は彼女の握る小刀に直撃した。カランと音を立てて落下した小刀とボタボタと形成される血溜まり。湊斗・戸塚に向けられた銃口に鋼島は小さく舌打ちを零しはしたものの、表情は変えぬまま。追い詰められているのは鋼島の筈なのに、彼女にはどこか余裕の色が滲んでいた。
「鋼島。お前銀塔の指示となればすぐに視野狭くなるの、気を付けろよ」
大剣を片手に「よっと」の掛け声で崩れ落ちた天井の瓦礫を軽々と飛び越えた人物に、湊斗は難色を示した。
長めな襟足が特徴的なオレンジ色の髪に、こちらの動きを探る緑色の瞳。額まで押し上げられているスチームパンク風のゴーグルは彼のお気に入りなのか、常日頃身に付けている。【
「善処します」
「絶対心にも思ってねぇだろ……。銀塔を神格化して崇拝すんのは自由だが、お前の行動は機械的すぎる。もっと自分の意思ってもんを……」
そうつらつらと説教を始めた天宮城の喉元に小刀が突き付けられた。いつの間に床に落ちたそれを拾い上げたのか、その一連の行動が全く目で追えなかった。
「天宮城先輩であっても、神を冒涜する行為は許容できません」
熱心なキリシタンも考え物だと天宮城は気だるそうな顔で呟き、はぁっと大きく溜め息を吐き出した。やがて自らの後方でそのやり取りを見守るように立っている男子生徒に目を向けると天宮城は「神風、黙って見てないで加勢しろ」と促した。
「すいません。何か面倒臭い事になりそうだったんで、つい」
悪びれる様子もなく、へらりと笑いながら鎖鎌を手に歩み寄って来たのは【
「安心してくださいよ。【有限戦争】はしっかりこなしますから」
神風の言葉に天宮城は「その言葉信じるぞ」と言いながら大剣を構えた。それを真似るように鋼島・神風が臨戦態勢を整えたのを一瞥し、戸塚は飛影・湊斗に目配せをした。不測の事態を予想し、何パターンにも分けて組み立てた策。こんなに早く実践する時が来るとは思いもしなかった。
「よし……行くぞ飛影、戸塚」
3人の足はほぼ同時に地を蹴り上げた。
「クッソ、やっぱ簡単には通してくれねぇか……」
先陣を切るように走っていた貞原が急ブレーキを掛けるように立ち止まった事で、後続の有馬が止まり切れず、彼の背中に「わっ」と鼻先がぶつかった。物言いたげな視線を送りながら鼻を擦る有馬にごめんごめんと謝罪を述べながら、貞原は隣に立つ芥答院に「先輩どーします」と指示を仰いだ。
「なるべく対象以外との接触は避けたかったところだが、これだけの数を抱えて逃げるのは無謀だな。……作戦通り行くぞ」
刀を鞘から抜いた芥答院、メリケンサックを嵌め直し戦闘態勢を整えた貞原には目も暮れず、【
無造作に整えられた灰色のウェーブがかった髪に、パッチリとした藍色の瞳が彼の特徴として挙げられる。改革前から「何故お前が風紀委員なんだ」と周囲に言われる位の女好きとして知られ、学校内の至るところでナンパやら連絡先交換のために女子生徒を追い掛け回している姿を幾度となく目撃した。銀塔には「煩悩が口と合体した奴」と称され、呆れられている。
「完全にノーマークだった……。えっ、1年の有馬こるりちゃんだっけ? 彼氏とか居る? あ、良ければLINK交換……」
「居ませんし、しません」
有馬がすかさず投げたナイフを危機一髪で避け、縁代は「血気盛んなのも可愛い」とだらしない笑顔を零していた。有馬の顔が一瞬で歪んだのは言うまでもない。普段北斗に向けているものの5割増しで嫌そうな顔をしている。
ふと【
「リリヤちゃん、そんなに拗ねないでよ。俺はリリヤちゃん一筋だから」
「軽薄な男は軽蔑に値します。気安く話しかけないでくれますか」
まるで針のむしろ。慈悲の感じられない辛辣な言葉の数々に、縁代は挫けるどころか「相変わらず素っ気ないところも可愛いねー」と口説きに行っていた。縁代の心は鉄で出来ているに違いない。
別名“氷の女王”ことリリヤは誰に対しても心を開かず敬語で接し、男女関係なく冷徹な言葉の数々で撃沈させて来た。同性は愛想が悪いと距離を取り、嫌う。異性は近寄りがたいと遠巻きに眺める。こうして作り上げられた孤高の氷の女王だが、改革前からその取り締まりは厳しく、銀塔に一目置かれる仕事ぶりだった。
「……それより、あれを何とかしてください」
リリヤのすらりと伸びた細い指がある一点を指し示す。その方向に縁代が目を向けてみれば、壁に額を密着させ、今にも一体化してしまいそうな程鬱々としたオーラを放つ男子生徒がそこに蹲っていた。
「はぁ……初戦の【
「御座岡先輩、今時そんな不良居ませんよ。あと今にも壁と心中しそうな勢いですから、取り敢えず一旦立ち上がりましょう」
縁代に腕を掴まれ、ヘロヘロと頼りない足取りで立ち上がった男子生徒を見上げる。……デカい。2メートル越えの銀塔には及ばないものの、彼もかなりの高身長に数えられるだろう。
清潔感のある黄土色の髪に伏し目がちな水色の瞳。目線を上げ、自分に自信さえ持てば女子にモテる事間違いなしだというのに、彼の最大の問題はその卑屈な性格だろう。【
「別に僕が居なくたって……【
「天宮城先輩、銀塔先輩か天宮城先輩に来て貰いますか?」
縁代の言葉に御座岡はあっという間に顔を真っ青に染め上げ、首をブンブンと横に振った。彼にとって女性もしくは銀塔・天宮城の名前は脅し文句以外の何物でもない。「分かった、やるよ」と力なく頷いた御座岡を加え、3人が芥答院・貞原・有馬に向き合った。
曲がり角の向こうからパチパチと木が燃える音に混じって足音が二つ聞こえた。すぐさま銃を構え、存在を示すようにわざと音を鳴らしながら走り出す。曲がり角の向こうから相手の姿が見えた瞬間、互いに急ブレーキで立ち止まり、相手の首に突き付けた武器に自然と口角が吊り上がった。
「わざわざ探しに行く必要もなかったか。落ちこぼれの問題児」
「規則違反の俺はともかく、比与森と黒宮はただの被害者です。一緒にしないでやって下さい」
北斗の返しに銀塔は顔を下げ、くつくつと押し殺すように笑い声を零した。
「キャンキャンうるせぇなぁ、お前は。
……斬るぞ」
地を這うように低い冷徹な声が響いた刹那。北斗の首に当てられていた大鎌が勢いよく振り下ろされた。「北斗!」と比与森・黒宮が声を揃え、彼に危険を知らせるも、北斗は即座に低くしゃがみ込み、銀塔から距離を取っていた。
「へぇ、赤星ほどじゃねぇがやるな。……ただ、もう少し周りを見た方がいい」
コツンと額に何かが当たった。ひんやりと冷たいそれは銃口だった。パッと目線を上げた北斗を牽制するように、引き金に指が掛かった。
北斗を見下ろすのは小柄な少女だった。【
……だとしたら、目の前にいるふわりは一体誰だと言うのだろう。
「駄目だよ、【
……その目には何もない。喜色も慈悲も、感情そのものが欠落していた。ただ北斗を一心に映し出すその目には、純粋な殺意だけが籠っている。
「罰則ならもう」
「それはあくまで理事長が下した処分。それ以外にもちゃんとやるべき事があるでしょ」
額から銃口が離れた事にホッと息を吐いたのも束の間。頭上からドン、とライフルが銃声を上げた。恐る恐る背後を見てみれば、壁にぽっかりと銃創が残っている。
……もし顔を上げるのが数秒でも早ければ、と考えれば底知れぬ恐怖が沸き上がって来た。体中のありとあらゆる汗腺から汗が吹き出し、周囲の燃え広がる炎の熱に焼かれ、段々頭が回らなくなって来た。
「銀塔先輩にごめんなさいしよう? 指示に従わなくてごめんなさい、腕噛んでごめんなさい、足手まといになってごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。……ほら、言って?」
北斗の脳天に銃口を突き付け、無理矢理頭を下げさせるようにふわりは圧をかけた。「銀塔先輩には内緒だよ」と悪戯っぽく笑う顔が可愛くて、その小柄な身長から生徒の間では“コロボックル”なんて呼ばれていた。……今の姿じゃ“殺ボックル”と変換した方が相応しい。
北斗はグッと右手に握っていた銃をふわりに向け、僅かに体勢を起こし二発の銃弾を放った。銃弾はふわりの頬と耳を掠め、地に落ちる。その様子に、銀塔は少しだけ驚いたように目を見開いていた。
「なめられたもんだな。……異端者を撃てなかった俺は、女も撃てないって?」
「嗚呼、俺はそうだと思っていた。……だから内心、今のお前の行動に驚いている」
銀塔の目が北斗を捉えた。こちらを品定めする見下したものや怪訝な色ではなく、好奇心に塗れた目。退屈な日常の中、服を着た喋る白うさぎを見つけた子供のようだった。
だからこそ悟ってしまう。どんなに狭い穴の奥へ逃げて走ったって、彼は地の果てまでも追いかけて来る。
迷路のような道も狂ったお茶会も歯牙にもかけず、屈強なトランプ兵も厳格な女王も薙ぎ払い、最後に
「金敷がお前の事を“厄介”だと言ったのは未だに理解出来ないが、少しばかりお前の事を高く評価してもいい」
そりゃどうもと答えた北斗の首に大鎌の刃先が掛かる。銃弾が掠めた頬と耳から伝う血を拭いながら、同じく北斗に銃口を向けたふわりに比与森・黒宮がそれぞれの武器を握り直した。
「この俺に楯突いたんだ。
……存分に可愛がってやるよ」
銀塔の持つ大鎌が勢いよく真横に動かされた。
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