episode レインボーブリッジ襲撃戦
人間も物もつまんねーな
レインボーブリッジに向かうには、新夏駅とお台場方面を結ぶ海上モノレール“うみすずめ”で台場駅に向かう必要がある。ホームでようやく追いついた有馬に北斗は視線を向けた。目の前に滑り込んで来たモノレールの扉は開かれたままだ。
「……連れ戻しに来たの?」
「まだ何も言ってません」
止める気配のない有馬の様子を眺めてから北斗はモノレールに飛び乗った。アナウンスが鳴り、扉が閉まり切る寸前。コツッとヒールの音を立て、ギリギリで有馬が乗車した。口をポカンと開けたまま放心した北斗に、有馬は「突っ立ってないで座りましょう」と促した。
「……東京サバイバーみたいだなぁ」
第一話で同じようなシチュエーションがあった。ゾンビから逃げるため、主人公・小暮がヒロイン・天井と共に電車に乗り込むシーン。この先どうなるのか、電車を降りた先が安全なのか。そんな不安を掻き消すように、2人は車内で色んな話をした。座席のガラガラ具合も瓜二つだ。
「……先輩はユキヤほど格好よくありませんし、私はヒロインの内海夏織ほど可愛くありませんけどね」
「一言多いな……っていうか、有馬さんも知ってるんだ」
ぱあっと表情を綻ばせた北斗に、有馬はふいっと顔を背けながら「菖蒲川先生の大ファンなので」と呟いた。
意外だなと考えながら、北斗は道中有馬とドラマの話を沢山した。話題に上がったのはやはり一昨日放送された最新話の事だった。昨日、仮眠を取った後に兄と録画していた最新話を見ただけあってその記憶は新しく、気を紛らわせるには丁度良かった。
それと同時に、畑山の勧めがなければ最新話に手を付けなかっただろうなと考え、沸き上がった不安が渦のように心の中で立ち込めた。きっと小暮も今の自分と同じような気持ちだったのだろう。重ね合わせながら、北斗は彼を真似るように下手くそな笑みを零した。
到着した台場駅は人でごった返していた。異端者による襲撃は鉄道にも影響が出ているようで、駅構内の案内掲示板には運転見合わせの文字がズラリと並んでいる。人ごみを掻き分け、駅を飛び出した北斗を「ちょっと、先輩」と有馬が遅れながら追いかけて来た。その途中で人の波に流されかけ、身動きが取れないでいる有馬を一瞥し、北斗は彼女の手を引っ張り走り出した。
「嫌だったら後で叩いていいから!」
有馬の手を引きながら、通行人を避けて走り続けた。レインボーブリッジ周辺の道路では渋滞が発生していて、警察官が一台一台に説明を行い、Uターンを促していた。集まった野次馬や報道陣を掻き分け、北斗は異端者対策課の黄色いテープを潜り、現場へ踏み込んだ。
「あっ、ちょっと君。関係者以外は立ち入り禁止……」
「関係者です! 九々龍学園の生徒ですから!」
止めに入った警察官の制止を振り切ろうとした北斗の肩を一人の男性が掴んだ。短く切り揃えた清潔感のある黒髪にぱっちりとした黄緑色の二重。スーツ姿の男の腕には“異端者対策課”の腕章が付けられている。
「身分証明持ってる? 持ってないなら此処から先は通せないよ」
男の口調は物腰柔らかで、すっかり冷静さを失った北斗を落ち着かせるため、背中を数回に分けて優しく叩いてくれた。「ほら落ち着いて、深呼吸」の言葉に促され、1回2回と呼吸を繰り返せばようやく頭が正常に働くようになって来た。
身分証明という言葉を受け、懐をまさぐってみるもどうやら生徒手帳を寮に忘れて来てしまったらしい。渋い顔をした北斗に有馬がデバイスを取り出しながら「先輩」と声を掛けた。彼女の動作を倣い“プロフィール”のアイコンをタップしてみると、学生証が表示された。九々龍学園高等学校【
「【
防衛軍と異端者対策課・警察機関は協力関係にある。今回の弾圧でもその作戦内容や現在の状況を共有していても一切不思議ではない。
「お巡りさん、待って下さい。……お願いします、友達が危ないんです!」
「分かった、じゃあお友達の服装とか見た目を教えてくれる? 防衛軍に連絡して安全確保を」
そうじゃなくてと北斗は声を荒げた。
「ここで行かなかったら、俺は一生後悔する! 自分の手が届く限り、助けたいんです。何も出来なくて後悔するのはもう、嫌だから。
……お願いします!」
頭を下げた北斗に、有馬は勿論の事男も驚いたように目を見開いていた。やがてクスリと笑った後、男性は「似てるなぁ」と愛おしそうに呟いた。誰にだろうかと北斗が目を瞬かせている間にも、男はインカムに向けて声を掛けた。
「こちら山崎。九々龍学園生の増員2名の通行を許可します。
【
黄色いテープを持ち上げ、中に入るよう促した男に北斗は「いいんですか」と目を瞬かせながら問い掛けた。
「いいよ、ほら他のお巡りさんに見つかる前に早く通って」
「ありがとうございます。えっと……」
屈みながらテープの下を潜った北斗と有馬に、男は思い出したように警察手帳を取り出し、それを彼等に見せ付けた。
“警視庁異端者対策課 山崎千紘”……と書かれている。
「山崎さん、ありがとうございました」
いえいえと手を振って、山崎は遠ざかって行く二人の背を見つめた。懐かしむように目を細め、やがて耐え切れないと言った様子で彼はポツリと独り言を漏らした。
「華名子と師匠にそっくりだ」
スピードを上げながら行列が連なった車の脇を通り抜けるように走り続け、北斗は防衛軍がぐるりと囲い込むその中心が見えてようやく足を止めた。
「なぁ、もう終わりー?
つまんねー奴ばっか。もっと骨のある奴居ねぇのかよ」
ベージュ色の髪を短く切り揃えた少年が不満げに呟いた。深紅色の三白眼は退屈そうに細められていて、服装は季節外れの黒いタンクトップにカーゴパンツとミリタリー風の格好をしている。
彼の足元には沢山の防衛軍の構成員が転がっていた。体の関節があらぬ方向に捻じ曲がって居たり、顔面が押し潰され原型を失っていたり、見るに堪えない惨状が目の前に広がっている。彼の両手には血がべったりとこぶりついていて、鮮血が指先から今も滴り落ちていた。辺りはすっかり血の海で、鼻が曲がりそうな程の濃い香りが充満している。
飽きたと少年は何かを蹴った。
それは人だった。まだ息はある。苦しげに呼吸を繰り返す見慣れた顔に、北斗はパッと有馬の手を離し、一目散に駆け寄ろうとした。
「……慶!」
「待て、黒瀧弟。
……お前、何で此処に来た。学園待機、理事長の言う事もまともに聞けねぇのか!」
すかさず北斗の腕を掴み取った銀塔は、頭ごなしに彼を叱り付けた。いつもならすみませんと速攻謝罪を述べるところだが、北斗は負けじと銀塔に食らい付いた。
「離してください! 慶は……あいつは、俺の友達で……!」
乾いた音が鳴り響いた。容赦なく北斗の頬を引っ叩いた銀塔は彼の首を腕で締め上げ、彼を拘束した。その様子に金敷は「リヒちゃん、やり過ぎよ」とたしなめた。
「やり過ぎなもんかよ。こういう馬鹿は痛い目みねぇと学習しねぇんだ。
……黒瀧弟、平手なだけ感謝しろ。本気なら拳で殴ってる」
ジンジンと叩かれた頬が痛んだ。頬が抉れたのではないかと錯覚する程痛くて、北斗は自然と溢れそうになった涙を堪えるため下唇を噛み締めた。
……情けない。銀塔の拘束を振り解き、畑山の安否を確認するために駆け寄る事も出来ない自分は無力で、惨めだ。
「慶? 嗚呼、もしかして……これ?」
少年の血塗れの手がむんずと畑山の手首を持ち上げた。その瞬間、畑山が絶叫と形容するに近しい大声を発し、鈍い音が盛大に鳴り響いた。骨が折れる音……いや、跡形もなく“破壊”されるような音だった。
やがてぶらりと垂れ下がった手首を見上げ、畑山は必死に「や、やめてくれ……」とか細い声で命乞いを続けていた。
ジタバタと必死に銀塔に抵抗するも、彼の拘束は弱まるどころか増すばかり。息苦しさを覚えながら、北斗は抗った。
「やめろ!」
少年の手が畑山の顔面に近付いた瞬間、自分でも驚くくらいの大声を上げて北斗は走り出そうとした。自らの首を拘束する銀塔の腕に勢いよく噛み付き、彼の手がパッと離れた隙に畑山の元へ走り出す。
「あんの馬鹿……死ぬ気か! 白村、さっさと止めろ!」
分かりましたと返答し、すぐに追い掛けて来た凪紗に掴まらないよう北斗はスピードを上げ、少年の元へ飛び込んだ。少年の手首を掴み上げ、北斗は必死に呼吸を整えながら声を絞り出した。
「頼む……お願いだ。慶から手を離して欲しい」
「俺さぁ、自分の遊び道具取り上げられるのが何よりも嫌いなんだよ。
……お前、ぶっ壊されてぇのか?」
その眼光は鋭く、決して冗談で言っていない事が分かった。ゴクッと唾を呑み込みながら、北斗は「それでもいい」と左手をポケットに忍ばせた。
その瞬間だった。北斗はポケットから取り出したあるものを勢いよく少年に投げ付けた。
彼が怯んだ隙に畑山の腕を掴み上げ、肩を貸しながら歩き出した北斗に、少年は投げ付けられたものを見下ろし小首を捻った。
「……菓子?」
通称・北斗次元ポケットから取り出された個包装になった飴玉やチョコレート菓子の数々。それらに青筋を立て、北斗に「なめやがって」と襲い掛かろうとした時。少年の手の平に刃が突き刺さった。
「凪紗!」
「いいから、さっさと友達と有馬さん連れて離脱しろ!」
凪紗、そして有馬という言葉に反応したのか、胸元まで伸びた赤紫色の髪をくるくると指先でいじっていた少女の緑色の目が恨めしげに凪紗を睨み付けた。白を基調としたフリルやリボンがあしらわれた所謂ロリータファッションの装いをしている彼女は、ヒールを鳴らしながら少年と凪紗の元に近付いた。
「覚えてる?」
「え…………?」
目をぱちくりと瞬かせた凪紗に、彼女は両手を覆うレース手袋を外しながらすぅっと息を吐いた。
「2016年10月5日。窓から突き落として怪我を負わせて、足を引き摺りながら帰る僕を可哀想だとなじった。
10月12日。泣いて侘びるまで、集団で僕を暴行した。その様子を動画に撮影して、クラスメイト全員で回し見して、笑い者にした。
……まだまだ沢山あったよね? 忘れたとは言わせないから」
ぼぅっと炎の揺らめく音がした。振り返って見てみれば、彼女の両手からメラメラと火が出ていた。
それを見た瞬間、凪紗は目を見開き、全ての行動を止めてしまった。
「違う、俺は……何もしてない。ただ……」
「そう、ただ笑って見てただけ」
凪紗は言葉を詰まらせた。
その顔をよく知っている。凪紗は兄・京羽の前で頻繁に同じような顔をした。何を言うべきか迷っている顔。それは言い訳を探している子供のようだった。
「あんたは嘘吐きで、卑怯者だ」
少女の放った言葉がどれだけ凪紗の心を打ちのめしたか、それは想像に難くない。
完全に手を止め、凪紗は必死に言葉を探しているのか魚のようにパクパクと口を開閉させていた。彼女と凪紗の間に何があったのか、その詳細は定かではない。
「マヤー、お前が嫌いな奴なら壊しちまっていーい?」
「ゴウの好きにすれば。僕には関係ない」
やったぁとまるで新しい玩具を貰った子供のように笑顔を見せた後、彼の手が凪紗に迫るも、周囲から一斉に鳴り響いた銃声にゴウと呼ばれた少年は舌打ちを零した。
「面倒くせー奴がまた増えた」
畑山に肩を貸しながらチラリと顔を上げて見れば、防衛軍の援軍と大量の警官が周囲を一斉包囲していた。
「人間も物もつまんねーな、マヤ。すぐ壊れちまう」
「人間も物もつまんないよ、ゴウ。すぐ灰になる」
チラリと視線を合わせて、2人は口角を吊り上げた後、お互いの手の甲をぶつけ合った。
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