嘘偽りのない本音

 比与森の振り上げた小槌を寸でのところで躱し、下から切り上げるように槍を振るった久郷へ反応が遅れた。どうやっても避け切れない。それを確信し、咄嗟に防御の構えを取った比与森の左腕を芥答院が引っ張った。

「比与森、もっと周りを見ろ」

 比与森から返答はない。彼女は芥答院……というよりは彼が掴んでいる左腕を凝視していた。驚いているような、怯えているような顔で。

 反応のない彼女に再度呼びかけをすれば、ようやく我に返った比与森が顔を上げた。

「あ、嗚呼……悪かったよ。サンキューな」

 やんわりと手を振り解き、ニッと歯を見せて笑った彼女に違和感を覚えながらも、芥答院は龍之介からの追撃に対応した。

「久郷、手を抜くな」

「簡単に言うなよ。そりゃ、お前の方は簡単だろうけどさぁ」

 比与森は小槌を握り直し、ふぅっと呼吸を落ち着かせてから走り出した。振り下ろした小槌は久郷がすかさず構えた槍の柄に弾かれた。龍之介ほどではないにしろ、力比べで男の久郷には敵わない。

 即座に体勢を整えるために後退し、次の戦略を練るため周囲に視線を向け始めた比与森に久郷の追撃が襲い掛かった。

 右へ左へと突き刺さる槍をダンスでもするような軽い身のこなしで避け、比与森は彼の腹部が無防備になった一瞬を突き、重い蹴りを食らわせた。

「いって……」

 久郷が顔を歪め、片手を腹に添えた隙に比与森は膝で彼の槍を蹴り上げ、それを地に叩き落とした。拾い上げようとした彼の眼前には、比与森の小槌が迫っていた。

「紳士的なのはいい事だが、それで負けちゃ世話ねぇな!」

 ゴツンと痛々しい音が鳴った。小槌が頭に激突し、ふらりと倒れ込んだ久郷を見下ろし、比与森は小さく息を吐いた。

「たっく、また彼女に叱られるぞ。……もう聞こえてねぇか」

「【セイトカイ】ROOK・久郷永太、戦闘不能」

 スピーカーから響き渡った遊馬の声を聞きながら、床にのびたまま動かない久郷を見下ろし、比与森は「芥答院どうだ」と声を掛けた、その瞬間だった。

 左腕に痛みが走った。チラリと視線を向けてみれば、斧の刃先がそこにめり込んでいる。

「弱点を隠すなら、もっと上手くやれ」

「弱点……? 何の、話だ」

 ぐらりと歪む視界の中、龍之介の背後に血溜まりが見えた。その中心で芥答院は必死に呼吸を整えながら震える手で刀を握り、必死に立ち上がろうとしていた。身動きをする度に腹部から滴る血の量は尋常ではなく、戦闘不能になるのは時間の問題だろう。

「久郷との戦闘中、ずっと左腕を庇い続けていた。芥答院に掴まれた時の動揺と言い、お前……」

 龍之介が何かを呟いた瞬間だった。

 比与森は彼が持つ戦斧を掴み取り、それを自らの首筋にあてがった。荒い呼吸を繰り返し、グッと深くまで強く刃を押し付けた比与森に芥答院が痛む体に鞭を打ち、その場に立ち上がった。

 一歩一歩、確実に彼女の元に歩み寄り、芥答院は比与森が自らの手で押し付ける戦斧を引き剥がそうとした。

「何、してるんだ。お前……」

 言い掛けた言葉を呑み込み、芥答院は黙りこくった。

「忘れたい……忘れ、たいのに」

 芥答院の手がするりと落ちた。その手はもう、自らの首を切る比与森を止めるため、動こうとはしなかった。

「【オチコボレ】ROOK・比与森杏奈、戦闘不能」

 やがて意識を失い倒れ込んだ比与森を見下ろし、芥答院は刀を置いた。視界の隅には彼女の血がこぶりついた戦斧が映っている。

「止める事も、抵抗もしないんだな」

 芥答院は首を縦に振り「卑怯な奴だ」と龍之介をなじった。

「……“あの事件”の事を口に出せば、比与森を確実に戦闘不能に出来ると踏んでいたんだろう」

「ただ傍観していた奴に言われたくはない」

 それはそうだなと芥答院は小さく笑みを零した。自嘲げな笑みを零しながら、彼は両膝に強く爪を突き立てた。

「“あの時”も今も、傍観する事しか出来なかった俺に抵抗する資格はない」

 後ろから振りかぶられた戦斧が空を切った音にも物怖じせず、芥答院はある一点をずっと見続けていた。

 比与森の左袖から僅かに見えた電流が走ったような熱傷。そして手首に残った大量の自傷痕が彼の口を小さく「すまない」と動かした。

 その声が発されてから痛みが襲い掛かるまで、数秒も経たなかった。

「【オチコボレ】BISHOP・芥答院燐、戦闘不能」


セイトカイ】の久郷、そして【オチコボレ】の比与森・芥答院と立て続けに鳴り響いたアナウンスに有馬・飛影の表情が曇った。

 遊具エリアから噴水エリアまで距離はそう遠くない。龍之介がこちらに合流して来るのも時間の問題だ。

「ほらほら、少しでも気を抜けば体に穴が開くぞ」

 そのためにはまず、目の前の敵を倒す必要がある。

 息を吐く間もなくガトリング砲を有馬・飛影に向けて乱射する丸原と、冷静に標準を定めながら急所を狙い撃とうとする猪狩のコンビネーションは2人にとって分が悪い。間合いに入らなければいけない飛影の金属バッドと落ち着いて対象を狙い撃つ必要がある有馬。防御に徹するのが精一杯の状況で、2人の息は絶え絶えになり始めていた。

「こちら北斗。今から二周目の逆走に入る」

 二周目の逆走。その言葉はつまり、最初の草原エリアから迷路・遊具・噴水・池のコースを次は逆……先程通ったばかりの池に戻るというコースだ。

「黒瀧先輩、駄目です! 逆で進んでください!」

「えっ、逆? 分かった」

 素っ頓狂な声を上げながら返事をした北斗の声を聞き、有馬はチラリと猪狩に視線を向けた。

「龍之介、黒瀧北斗は恐らく池エリアに向かう。追撃して」

 見事相手が罠に引っ掛かったのを確認し、有馬はホッと息を吐いた。

 インカムの音声は相手には当然聞こえない。作戦内容を知らない【セイトカイ】メンバーからすれば、先程の経路と逆……つまりもう一度池エリアを通るものだと判断するだろう。北斗を迷路エリアに向かわせる間、龍之介が噴水エリアを通り抜け、池エリアに向かえば北斗と会敵する心配はない。

「待って、こるりちゃん。池の方には……」

 銃弾を金属バットで防いでいた飛影の言葉に、有馬はハッと息を呑んだ。噴水エリアを抜けた先の池エリアには貞原・戸塚と黒宮・湊斗が居る。

「……大丈夫、うちはKINGが2人居るもの」

 そう信じる他なかった。不安で押し潰されそうになる心を鼓舞するにはそれ以外に方法がなかった。

 有馬の強張った表情を一瞥し、飛影は有馬の小刻みに震える手を掴み取った。

「こるりちゃん、協力して2人で倒そう。それから一緒にKINGの事、助けに行こう」

 てっきり“あの人の事を心配している訳じゃない”だの“助けに行く必要性を感じない”なんて返事が来ると思いきや、有馬は「そうね」と小さく頷いた。

「行くよ!」

 合図と共に飛び出した飛影は金属バッド片手に猪狩へ飛び掛かった。間合いに入った飛影の頭に猪狩が銃口を突き付けた。頭に押し付けられた銃に物怖じする事なく、飛影は金属バットを振り上げた。

 顔スレスレを掠めたバットを避けながら、猪狩の放った銃弾が飛影の肩を貫いた。呻き声を発しながらも怯む事なく突き進み、飛影の振り下ろした金属バットは猪狩の目を直撃した。

 すぐさま目を覆い蹲った猪狩に手を伸ばし掛け、飛影はグッと何かを堪えるように拳を握った。

「ごめんなさい、すぐ終わるから……」

 振り下ろされた金属バットを横から伸びた手が制した。丸原だ。強引にそれを払い、彼女は猪狩に対して「先輩、大丈夫か」と手を差し伸べた。

「KING1人と【セイトカイ】全員の鬼ごっこなんて酔狂な振る舞い、私達は【オチコボレ】をなめていたようだ」

 丸原の目を見る。その目は本気だ。探求心と戦闘意欲に目をギラつかせこちらを見る彼女の表情は、狂気そのものだった。

「人間というものは実に面白い。特に【オチコボレ】、君達は研究対象ランキング2位に食い込む勢いだよ。私の中の1位は異端者なんだがね」

 異端者の次に興味深いと言われるのは、いささか複雑だ。ガトリング砲を構えた彼女の攻撃を避けながら、有馬と飛影は必死に距離を詰めようとする。

「君達1人1人の形は歪だ。上手くはまる形があったとしても、それは先端だけ。パズルのピースのように奥まで嵌らないんじゃ、枠に収まる形にはなれない。そして最も歪なのは……KINGとQUEENだ」

「……黒瀧先輩達と私が足を引っ張っている、と言いたいの?」

 挑戦的な問いかけをした有馬が投げたナイフを片手で受け止めながら、丸原は「違うさ」と首を振った。

「君達全員が足を引っ張り合っている。その中でも一際異質なのが3人だという話さ」

 丸原が言おうとしている事は何となく理解出来ていた。決して口に出したりはしなかったものの、有馬や飛影も心の奥底で常々感じていたからかもしれない。

 単純に素行不良だとか、協調性がないとかそんな理由で寄せ集められたチームではない。全員が全員、他人に話せない何かしらの“事情”を抱えていて、それが連携の妨げとなっている。

 それはそう簡単に解決できる問題ではなかった。皆で腹を割って話す場を作ったところで、誰一人として話したがりはしないだろう。現に飛影・有馬もそれは同じだった。

「私が特に不思議でならないのは君だよ、有馬さん。

 成績優秀、運動神経だって悪くない。多少ひねくれてはいるものの、たった二週間あまりで同級生の飛影さんや貞原くんだけでなく、上級生とも打ち解けたくらいだ。協調性だって申し分ない。

 非の打ちどころのない君がどうして【ユウトウセイ】ではなく【オチコボレ】なのか。もっと言えば、どうして北斗先輩だけを極端に拒むのか。

 ……嗚呼、我らがQUEENもそうか」

「そ……れは」

 有馬の手が止まった。ナイフの刃先は丸原を捉えたままだが、彼女はそれを投げようとはしない。飛影が「るりちゃん」と呼び掛けるも、彼女からの反応は得られない。

 有馬が北斗だけでなく、【セイトカイ】QUEENのアズサ・ブランシャールを避ける理由。その答えを丸原も、当然有馬も口にはしなかった。

「君が一番のお荷物だったか」

 一発の銃声が鳴り響いた。有馬のこめかみを的確に撃ち抜いた猪狩の目はキツく細められていた。飛影の金属バットが激突した影響でほとんど見えていないのだろう。そんな状態で的確に急所を狙い撃った猪狩に、丸原は「お見事」と声を上げながら、彼女の元に駆け寄った。

「るりちゃん!」

 ドクドクと傷口から溢れ出る鮮血と身動き一つしない有馬の重くなっていく体に、飛影は息を呑んだ。

「【オチコボレ】QUEEN・有馬こるり、戦闘不能」

 アナウンスを聞き、丸原は猪狩の介抱を行いながらインカムに声を投げ掛けた。

「理事長、猪狩先輩は両目を負傷、戦闘の続行は不可能だ。戦闘不能の扱いにする事を推奨する」

「こちら灰島。……了解した。最終確認として、猪狩本人の意思を問おう」

 両目を押さえながら、猪狩は数回に分けて首を縦に振った。小さく「申し訳ありません、金敷先輩」と呟いていたが、インカムから返って来た彼の「自分の体が第一よ。よくやってくれたわ。ゆっくり休んで頂戴」と言う言葉にホッと肩の荷を下ろしていた。

「【セイトカイ】ROOK・猪狩穂夏、戦闘不能」

 丸原は有馬が倒れていた場所で蹲ったまま動こうとしない飛影に歩み寄った。ブツブツと何かを呟きながら、必死に震える体を抱き締めている。

「……ちゃ。……お、姉ちゃん……」

「相当根深いな。……だからこそ、興味深い」

 けたたましい銃声が飛影の背に降り注いだ。


「【オチコボレ】NIGHT・飛影優子、戦闘不能」

セイトカイ】の猪狩、そして有馬・飛影の立て続けの退場に【オチコボレ】に戦慄が走った。

 残るメンバーは池エリアに居る貞原・戸塚・湊斗・黒宮と迷路エリアに向かっている北斗の5人だけ。【セイトカイ】は残り6人。戦況はすっかり【セイトカイ】に傾き始めている。

「こちら丸原。不破先輩と合流しました。これより黒瀧北斗の追跡に向かいます」

「こちらブランシャール、了解した。終わり次第、私達も援軍に向かう」

 立ち塞がるのは3人。その全員が女子だ。思えば【セイトカイ】は男子が3人、女子が5人とパワーバランスがかなり傾いている。それでも引けを取らず、寧ろ【オチコボレ】を徹底的に追い詰める姿はまるでライオンの狩りそのものだ。

「……アズサ」

そら、大丈夫だ。私と依音で片付ける」

 下がっていろという言葉を受け、半歩退いた女子生徒は【セイトカイ】の天穹。改革前は生徒会の書記を務めていた。

 藍色のふんわりと波のように広がった髪に、宝石をあてがったように美しい黄緑色の瞳。物憂げな表情を浮かべる彼女はまるで絵画から飛び出して来たような美麗な佇まいで、九々龍学園の高嶺の花と名高い生徒だ。極度の男性嫌いでも知られているため、思いを寄せる異性の多くは遠巻きに彼女を眺めていた。(それがまるで壁のように連なっていたため、九々龍学園生の間では“天穹の壁”と呼ばれ、一種の名物と化していた)

 アズサの言葉に従い、目を伏せながらも銃口は【オチコボレ】の方向に向けたまま、いつでも対応出来るように構えられていた。

「アズサちゃん、サポートするからよろしくね」

 ハキハキと返答したのは【セイトカイ】の寒河江さがえ依音。改革前は生徒会の書記を担当していた。金髪のギブソンタックに大きなピンク色の瞳。人当たりもよく、その見た目からも上品かつお淑やかな雰囲気を醸し出しているが、ある生徒の口コミによれば、駅内で逃走しようとした痴漢の犯人を背負い投げ、逮捕に貢献した……とか何とか。実際目にした訳ではないため、殆どの生徒が半信半疑だったが、寒河江本人だけは顔を真っ青に染め上げ、その場に凍りついていたという。

「嗚呼、頼んだ。と言っても、2人の手を煩わせずともすぐに終わりそうだが」

 中央でレイピアを構えるのが【セイトカイ】QUEENのアズサ・ブランシャール。日本人の父とフランス人の母を持ち、3年前まで母国・フランスで過ごしていたという。“目的がある”と此処・九々龍学園に留学して以来、金髪碧眼と一際目立つ容姿に加え、男子顔負けの紳士的な振舞いから数多の女子の心を奪った麗人だ。

「……この数をブランシャール先輩1人で片付けるとでも?」

「そんな効率の悪い事はしない。

 KING・黒瀧湊斗、お前を戦闘不能チェックメイトにするのが私の任務だ」

 彼女の返答をフッと鼻で笑いながら、湊斗は銃を構えた。北斗と同じ二丁の銃口を向けた湊斗は「俺を追い詰めたとしても、もう1人をやらなければ【セイトカイ】の勝利にならないぞ」と警告した。

 その言葉に今度はアズサが笑う番だった。

「守りに手一杯で気が付かなかったのか、それとも元より勝つつもりがなかったのか。どちらだ」

 何の事だと言い掛けて、湊斗は思考を止めた。

 比与森・芥答院と対峙した龍之介・久郷。

 有馬・飛影と対峙した猪狩・丸原。

 そして今現在、湊斗・戸塚・黒宮・貞原の前に立ち塞がる天・アズサ・寒河江。

 それから北斗と……。

「まさか……!」

「“王の首は王が斬る”……KINGからの伝言だ」

 慌ててインカムに声を投げ掛けようとするも、それは噛み付くように迫ったアズサのレイピアによって妨害された。


「北斗! 今すぐ、そこから……」

「え、何? 雑音多くて聞こえない。

 もしもーし、兄貴?」

 銃声や金属音によって掻き消され、湊斗の声がよく聞き取れないインカムに首を捻りながら、北斗がその場から走り出そうとした時。その足はピタリと止まった。

「……待ち伏せ? 凄いなぁ、金敷先輩。

 ずっと姿見なかったけど、何処に居たんですか?」

「昔話でもしましょうか」

 北斗の問い掛けに金敷は答えなかった。

 代わりに返って来たのは何の脈略もない提案。動揺を見せる北斗を他所に、金敷は話を続けた。

「昔、ある姉弟が居たわ。

 姉は頭も良ければ要領もよく、おまけに性格も良かった。当然たくさんの友人に恵まれていたし、両親からも愛されていた。

 ただ、弟はその逆。成績は悪くもなかったけど、姉に比べれば全然駄目。どうにか両親の気を引きたくて同級生をいじめたり、学校でわざと問題を起こしたりする不器用な子だった」

 何の話をされているのか分からなかった。ただ1つ思ったのは、その話が現実味に溢れていた事。

「姉のようになりなさい。どうして姉は出来るのに、弟は出来ないのか。姉と違って弟は。

 ……何をやっても比べられる。褒められるのはいつだって姉だけ。……優秀なお兄さんを持つ北斗ちゃんなら、気持ちが分かるでしょう?」

「……今のは、金敷先輩の話ですか」

 金敷は答えなかった。否定も肯定もしない。ただ、その目を見れば分かった。

「生憎、俺には分かりません。そんな風に兄貴と比べられた事はないですし、“北斗は北斗、湊斗は湊斗”だと両親も姉貴達も尊重して育ててくれて」

「そう、じゃあその姉弟と逆ね。

 家庭以外の場所……例えば学校ではどうかしら」

 ビクリと北斗の肩が跳ねた。それを好機だと言わんばかりに、金敷は言葉を続ける。

「湊斗ちゃんは高得点なのに北斗ちゃんは。

 お兄さん達は凄いのに、北斗ちゃんには何の取り柄も」

 二発の銃声が響いた。はらりと散った髪の毛を見遣り、金敷は呼吸を荒げながら銃口を向ける北斗を見下ろした。

「赤星くんが言ってた意味、ようやく分かったよ。

 ……あんたのやり口は卑怯だ」

「卑怯? 私から言わせれば、付け入る隙を作る北斗ちゃんの方がまだまだだと思うわ」

 ブン、と空気の切れる音がした。一瞬の内に金敷が抜いたサーベルが北斗の顔面スレスレにまで切り込んでいた。少しでも避けるのが遅ければ、確実に首を切り落とされていただろう。

「貴方も健気ね。

 ……本当は湊斗ちゃんの事なんて、好きでも何でもない癖に」

 口を開かなければいけないと思った。

 昔、姉に怒られた記憶があった。アイスを勝手に食べたのは北斗かと聞かれ黙りこくっていた時、沈黙は肯定と同じだと叱咤された。

“違うなら違う、そうならそうと口で言いなさい。喋れない訳じゃないんだから。勿論、嘘はつかずに本音でね”

 その言葉は今でも強く脳裏に残っている。それ以来、嫌な事は嫌だと好きなものは好きだと胸を張って言って来たつもりだ。

 だから、喋らなければいけない。

 ……嘘偽りのない本音で。

「北斗……?」

 インカムから聞こえて来た湊斗の声に、北斗はグッと言葉を呑み込んで金敷に銃弾を放った。それは惜しくも外れてしまったが、北斗はふぅっと息を吐き出した後「んな訳ないだろ」と声を張り上げた。

「生まれてから今までずっと、俺の隣にはいつだって兄貴が居た! 他のどの家族よりも、俺達の事はお互いが一番よく分かってる! 

 あんたが首突っ込むな、黙ってろ!」

 上級生相手だぞと湊斗の忠告が聞こえたが、北斗はお構いなしに金敷へ攻撃を再開した。

「……道化ね」

 ポツリと呟き、金敷はサーベルを握った。その表情にはいつもの穏やかな表情は一ミリも残っていなかった。

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