第1章 暗闇を照らす正義

episode 第一回【有限戦争】

俺が倒れるまで

「兄貴、俺はまずあいつらの事を知る事から始めるべきだと思うんだよ」

 壁ぶち壊し作戦の大まかな内容を聞いた湊斗は、成程と相槌を打ちながら眼鏡を押し上げ、両手をすり合わせながら頭を下げる片割れに苦笑を零した。

「と、いう訳でお願いします! 芥答院くんと有馬さんを誘ってください」

「何故俺任せなんだ……」

「だって、俺が誘っても絶対来てくれないし。あの二人、兄貴とは仲良いじゃん」

 芥答院・有馬・湊斗の3人は読書家という共通点から頻繁に会話をしている姿を目にした。いつだったか本の貸し借りもしていたような気がする。そこまでの間柄とはいかなくても、せめて日常会話を交わせるレベルに到達するのが北斗の当面の目標だ。

「うまく行くか……?」

「上手くいかなくてもやるしかない。【有限戦争】だって近付いてるし」

 異端者と戦う理由も、【有限戦争】に意欲的に取り組む動機も北斗にはない。それは湊斗や他の【オチコボレ】メンバー達も同じだろう。

 だが、北斗の中ではずっと理事長に言われた言葉がぐるぐると渦のように残っていた。

 湊斗が50なら北斗は25。2人の力を合わせても100に満たない、脅威に成り得ない。100が200になればいいだけだと有馬は言ってくれたが、正直先は見えない。

 ……悔しかった。自分が悪く言われるのは構わない。どれだけ石を投げられ、泥を被り笑われたって平気だ。でも、湊斗の事まで蔑ろにされるのは耐えられなかった。

 そんな風に言われるのはきっと、自分が足を引っ張ってしまっているからだ。もっと湊斗のように完璧に、頑張らなければいけない。

 北斗はグッと拳を握り直しながら、湊斗に「それじゃあ2人の事、誘っておいてくれよ」と言い残し、早速戸塚や飛影に「おはよーす」と声を掛けに行った。

「北斗…………?」

 何をそんなに焦っているんだ。言い掛けた言葉を呑み込み、湊斗は有馬・芥答院に声を掛けた。


「……で? こいつが居るとは聞いてないが」

 渋面を浮かべる芥答院と有馬に、湊斗はだから言っただろと言いたげな視線を北斗へ送り、眉を顰めた。

「いやぁ、俺も兄貴みたいに芥答院くんと有馬さんと親交でも深めたくて……」

「頼んでない」

 ピシャリと放たれた一言はまさに会心の一撃。北斗の心を砕くのにそれは十分過ぎた。

 チラリとその隣に座る有馬に目を向けるものの、ぎこちなく視線を逸らされてしまった。あの一件から余計に避けられている気がする。

「黒瀧北斗、静かに読書をするつもりがないなら退室してくれないか。目障りだ」

 辛辣な芥答院の言葉に慌てて「読む読む」と言いながら、本棚から適当に引っ張り出して来た小説をペラペラと捲るも、びっしりと書かれた文字の多さに数秒と経たずに本を閉じてしまった。

「北斗、人には向き不向きがある。苦手な事を無理に頑張らなくとも……」

「うーん……あっ、じゃあ雑談しようよ」

 北斗の提案に芥答院はくしゃっと眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに「はぁ?」と問い掛けた。かなり嫌そうだ。対する有馬はと言うと、驚いたように目を見開くだけで、彼ほど嫌そうな反応は見せていない。

「ほらほら芥答院くん、この際だから言いたい事とかないの?」

「……なら黒瀧湊斗。お前の弟を図書室から追い出してくれ」

 さっきから酷い言い様と呟いた北斗を横目に、湊斗は思い出し笑いを浮かべながら語った。

「そう邪険に扱ってくれるな。二人もきっと、北斗を好きになるさ」

「……気色悪い事を言うな」

 好きと言っても友好的な意味だと付け加え、湊斗は笑った。

「北斗は特に、お前達みたいな奴は放っておけない性分なんだ」

 湊斗の見透かしたような発言に目をぱちくりと瞬かせた後、芥答院は「下らん」と読みかけの本を閉じ、その場に立ち上がった。

「キャンキャンうるさい犬が居る環境じゃ、落ち着いて本も読めん。寮に戻る」

 止める間もなく図書室を出て行ってしまった芥答院を見遣り、有馬もゆっくりと席を立った。

「あの、有馬さん。この前は……」

 北斗の言葉を聞く前に頭を下げ、出て行ってしまった有馬を見送り、北斗はぐでっと図書室のテーブルに寝そべった。

「北斗、焦るのはよくない。もう少し時間を掛けて……」

 まだまだと気を取り直し、何処かへ走り去った北斗に湊斗は小さく肩を竦めた。


「く、黒宮くーん……」

 返事はない。だがその代わりに向けられた鋭い目が北斗を睨み付けた。まるで敵を威嚇する番犬のような目だ。ビクビクと怯えながら北斗は彼の隣に立ち、スマートフォンを見せた。

「あのさ、これうちのお母さんの病院で……あ、俺のお母さん獣医でね。病院に来た動物の写真をたまに共有してくれるんだけど……」

 目をキラキラと輝かせながらこちらを見るパピヨン、嬉しそうに飛び付いているポメラニアン。すやすやと眠る柴犬。警戒しているのかふてぶてしい顔をした三毛猫。それらの写真を次々と見せながら「可愛くない?」と笑い掛け、チラリと彼の表情を窺う。

 彼から反応はない。ジッと写真を見続けている顔はさらに険しくなっている。手始めに動物の話ならと思ったが、効果はなかったようだ。動物が苦手な人や犬猫の場合アレルギー持ちの人も居るしなと考え、北斗はスマートフォンの電源を落とした。

「き、興味ない……よね。ごめん!」

 慌ててその場から走り去った北斗に、黒宮は出し掛けた手を引っ込み、暫くの間物言いたげな顔をしていた。


 結果、惨敗。

オチコボレ】の活動場所・旧3年6組の教室で大の字になって寝転んでいた北斗に、入室して来た飛影が「わっ! KING何してるんですか」と声を掛けた。視線を向けてみれば、他にも貞原・比与森・戸塚の姿があった。

「なかなか難しいものだなーと実感してたんだよ」

 ゆっくりと起き上がり、項垂れる。【有限戦争】前には何とか……と思っていたが、訓練の合間を縫って行った壁ぶち壊し作戦は無駄に終わり。結果、芥答院達との関係性は更に悪化したように思える。模擬練習での連携も上手く行かず、とうとう明日に迫った【有限戦争】の結果は目に見えていた。

「誰にでも警戒心丸出しの黒宮先輩や人を選ぶ燐くんならともかく。るりちゃんは何でKINGにだけ手厳しいんでしょうね?」

「うん……飛影さん、敬語付ける人と付けない人の差が凄いね」

 北斗の問いに飛影は「えっ、芥答院より燐くんの方が響き可愛くないですか?」と首を捻った。どうやら判断基準は可愛いかどうからしい。芥答院の前で絶対言っちゃいけない台詞だなと考えるのと同時に、彼女がどうして【オチコボレ】に割り振られたのか、薄々分かった気がする。

「作戦会議、始めてもいいか?」

 そう言いながら入室して来た湊斗を見遣り、北斗はへらりと笑った後に俯いた。普段より元気のない彼に視線を向けた後、湊斗は有馬・芥答院・黒宮を加え【有限戦争】について詳細な作戦を説明した。


 2020.06.5

 迎えた【有限戦争】当日。第一回戦の【フウキイイン】と【レットウセイ】が講堂のステージに並ぶ中、周囲は喧騒に満ちていた。【レットウセイ】KING・赤星が時間になっても現れないからだ。

「……理事長、【レットウセイ】の不戦敗という形でよろしいのでは。赤星はきっと来ませんよ」

 銀塔が理事長に相談を持ち掛けた中、周囲の喧騒が収まった。講堂の扉を開け、堂々と階段を下って来た赤星の姿に全生徒の視線が集中した。

「赤星虞淵、大遅刻だが……やる気はあるものと判断しよう」

「やる気? ないですよそんなの」

 そう言いながら軽い身のこなしで壇上に上がり、赤星は面倒臭そうに何処かを眺めていた。

「それではこれより、先手を決める。コインが表なら【レットウセイ】、裏なら【フウキイイン】だ」

 ピンと上空に弾かれたコインを掴み取り、理事長は「先手、【レットウセイ】」と告げた。

「両チーム、インカムの電源を付けろ」

 全員が片耳に嵌めているインカムは、メンバーや情報担当とのやり取りを行うだけでなく、仮想空間を認知するための媒体にもなるようだった。

「それでは【フウキイイン】、全員の準備が整い次第、散開。その後先手の【レットウセイ】に行動権が移る」

 やがて60秒のカウントダウンが始まった。【フウキイイン】のメンバーが階段を駆け上がり、校内に散開していく中、周囲の風景が一瞬で変化した。

「すっげ……これが仮想空間」

 切り替わった風景はどこかの建築現場だった。異端者との戦闘を推定し、町中をメインに情景が幾つも用意されているようで、その感覚はリアルだ。

 何気なく足を動かしてみれば、コンコンと金属特有の高音が床から鳴った。

【有限戦争】の光景は全て、校内のあちこちに設置されているカメラによって映し出され、各教室や廊下のモニターにて確認出来る。待機中の色は講堂や待機場所から出ない事が義務付けられている。

 巨大なスクリーンに映し出されていたカウントダウンがやがて0になった時、ビーッと音が鳴り「【有限戦争】開始」と理事長が指示を出した。すぐさま講堂から飛び出して行く面々の中、赤星はゆったりとした足取りで階段を上り、チラリと北斗に目を向けた後、何事もなかったように出て行ってしまった。不安を覚えながらも、北斗はスクリーンに映し出された光景に目を向けた。


 おかしい。その疑問に気が付いたのは、【有限戦争】が開始してすぐの事だった。

レットウセイ】のメンバーは皆、大将首となる銀塔を狙いに行かない。校内のあちこちのスピーカーから戦闘不能になったメンバーの名前を読み上げているのは理事長の声だった。

 銀塔は「全員、警戒を怠るな」と指示を出し、鉄骨があちこちに置かれた工事現場の風景を歩き出した。銀塔の左手首には腕時計が付けられている。盤面が液晶になったスマートウォッチは【有限戦争】前にそれぞれの色に配られたもので、敵や味方の位置関係だけでなく、建物の構造・全員の戦況が確認出来る機能が付いているようだ。銀塔がそれを操作し、彼の元に辿り着くまで時間は掛からなかった。

 赤星は今にも崩れそうな建築途中の床に寝そべり、大口を開けて欠伸なんかを漏らしていた。その傍らに二つ、刃先の広い中国刀が重なって置かれているが、赤星はそれに手を伸ばそうとしない。

「俺は言った筈だぞ、やる気がないなら辞退しろ……とな」

 銀塔が手に握った大鎌が赤星の首に掛かった。それが勢いよく振り下ろされた瞬間、北斗は思わず目を瞑った。

 1秒、2秒と待ってみても赤星の戦闘不能を知らせる理事長の声は聞こえない。ゆっくりと目を開いてすぐ、北斗は言葉を失った。

「兄貴……赤星くんは今、何をした?」

 北斗の質問に湊斗は躊躇う様子を見せながらも、開口した。

「足。……足だけで跳び起きた」

 一瞬の事だった。恐らく殆どの生徒が北斗と同じようにその動きを目で捉えられなかっただろう。

 それくらい早く、赤星は振り下ろされた銀塔の大鎌を避け、さも最初からその場に立っていたような顔をしていた。

 目を細めた後、銀塔の持つ鎌は赤星の腹部を抉るように振られたが、彼は即座に身を屈め、それを避ける。

 ならばと銀塔が赤星の首を狙うように力強く振った刃先に、赤星は勢いよく飛び退いたかと思えば助走を付け、彼の足は銀塔の首元にクリーンヒットした。

 力強い蹴りをお見舞いした赤星の足首を掴み取り、銀塔は首を回しながら彼の体を地に叩き付けた。ゴン、と硬いコンクリートに赤星の頭が激突する音がして、北斗は思わず顔を歪めた。激痛に悶えながら頭を擦り、赤星の反抗的な目が銀塔を見上げた。

「中国拳法……いや、太極拳か? なかなか筋がいい」

「……そりゃどーも。ただ、どれも違いますよ。完全に自己流なんで」

 自己流だと語る赤星の身のこなしはまるでカンフー映画のようだった。

 空いた左足で藻掻くように銀塔の腹部を蹴り付け、彼の意識がそちらに向いた瞬間を見計らい、右足を彼の手から抜き取る。更なる追撃を与えられる前にと、バク転で退いた赤星の手はずっと隅に置いていた2本の中国刀を掴んだ。

「ようやくやる気になったか、赤星」

「まさか。……言ったじゃないですか、やる気もあの面子と連携するつもりもない。だからあの馬鹿達に指示を出した。

 銀塔を狙うな、手を抜け。

 ……俺が倒れるまで」

 右手に持った中国刀を銀塔に向けたかと思いきや、彼はその刃先を自分の腹部に向けた。

 ハッと息を呑み、その場に立ち上がった北斗の事など露知らず、彼は何の躊躇いもなく刃を腹部に突き刺した。ボタボタと汗のように鮮血が滴り落ちてもまだ、赤星の戦闘不能のアナウンスは流れない。

「人って……つくづく面倒だな。こんだけ血が流れても、まだ死なない」

 抉るように深く、深く刃を突き刺せばぐちゃっと嫌な音が鳴った。先程よりも大量の血が滴り、赤星はやがて満足そうに笑いながら膝を付いた。

「……【レットウセイ】KING・赤星虞淵、戦闘不能チェックメイト

 勝者【フウキイイン】と理事長の声が響いた後、目の前の風景が変わった。先程までの工事現場から学園内に戻ったのを見て、銀塔は膝を付いたままの赤星を見下ろした。

「宝の持ち腐れだな。

 お前の実力は俺……いや、金敷にだって匹敵する。

 やる気さえあれば、【ユウトウセイ】のKINGはお前になっていただろう」

「勘弁してくださいよ。……俺、白は嫌いなんです」

 赤星の口が小さく動いた。何を言ったかは誰にも分からない。ただ「嫌な事を思い出すから」と動いた気がした。

 腹を抉った痛覚に耐えているのか、その場から立ち上がろうとしない赤星に北斗はその場に立ち上がり、湊斗の制止も振り切って講堂から飛び出した。

 講堂に戻って来る【フウキイイン】や【レットウセイ】の視線を受けながら、北斗はやがて赤星の姿を見つけてすぐ「赤星くん」と声を上げ、駆け寄った。

「……あ? んだよ、ご立派にお説教か?」

「そんなのどうでもいい! 保健室、行くよ!」

 北斗の返答に赤星は顔を歪めながら「お前馬鹿だろ」と呟いた。

「【有限戦争】で受けた傷は現実に影響しない。ただ痛いってだけで……」

 確かに彼の腹部からあれだけ大量に滴っていた血は跡形もない。それを見ても尚、赤星の手を掴み、保健室に連行しようとする北斗に彼は「ちょっと寝れば収まるっての」とそれを拒んだ。

 そんな自分達の元へ歩み寄って来た人物を見てすぐ、赤星は「げっ」と嫌そうな声を上げた。

「ほっちゃん、俺も手伝うぜ」

「おい……やめろ花条。お前、力加減を……」

 そう言って赤星の腕を引っ張り上げた花条に、彼の口から激痛を訴える声が漏れた。必死に抵抗する赤星に「虞淵、大人しくしなさい」とお母さん口調で注意する花条と共に、北斗は赤星の背を押しながら保健室へと歩き出した。


 ドカッと音を立て隣に座った人物を見遣り、金敷は小さく微笑を零した。

「リヒちゃん、お疲れ様。随分とご機嫌斜めじゃない」

「さっきの【有限戦争】中、居眠りでもしてたのか金敷。そうじゃないなら、分かりきった質問はよせ」

 足を組み、その上で不満げに頬杖を付いた銀塔に金敷は「やあね、ちょっと揶揄っただけじゃない」と笑い、スクリーンに映し出された赤星と花条・北斗に目を向けた。

「あの子、少し厄介そうね」

 金敷の目が北斗を映しているのを確認してから、銀塔はそうだろうかと首を傾けた。

「はっ、また俺を揶揄ってんのか? 趣味が悪いぞ、金敷。

 兄貴の実力に補って貰っている落ちこぼれが脅威になるとでも?」

「なるわよ」

 金敷は北斗から目を背け、【オチコボレ】のメンバーが固まっている講堂内の後方を見つめた。そこには芥答院や有馬、貞原や戸塚と会話を交わしている湊斗の姿がある。

「でも、当分は無理ね。

 ……だってあの子達、仲の良い双子じゃないもの」

 金敷の言葉に銀塔は返答しなかった。興味が失せたのかも知れない。ギィッと椅子に重心を傾けた銀塔に目を向けた後、金敷は階段を降りて来た凪紗に軽く手を振った。

 手を振り返した後、【ユウトウセイ】のメンバーを引き連れる凪紗の目が変わった。スクリーンには第二回戦【ユウトウセイ】対【ウキコボレ】の表示が映し出されていた。


「はい、異常なし。大した用事じゃねぇのに来るな」

 お前は本当に人間かと言いたくなった。もしくはお前はそれでも保健医か、と。言ったら最後、拳骨を食らわされるのが分かっていたからこそ、彼への不満を必死に押さえた。「そんな態度だから保健室の利用率低いんだよ、あず兄」と口を尖らせた北斗に彼から返答はない。その代わりにとその脳天に手刀が振り下ろされた。

「いってぇ……姉貴と言い、何で皆俺の頭叩くんだよ!」

「さぁ、丁度いいところに頭あるからじゃねぇの」

 素っ気ない反応をする九々龍学園の保健医・黒瀧梓馬。26歳独身、幾度となく禁煙に失敗したヘビースモーカーで、口が悪ければ愛想もない。

 黒瀧四兄弟の長兄にあたり、双子との歳の差は9歳。一番歳の近い姉・里花であっても7歳離れている。

 ジャケットを着直しながら赤星は「大袈裟なんだよ、お前等は」と愚痴っぽく呟いた。

 保健室内のモニターには第二回戦【ユウトウセイ】対【ウキコボレ】の様子が映し出されている。

 情景は両脇を高層ビルに囲まれた人通りの多い街中。路駐の車や道を塞ぐ倒れた自転車を避けながら、凪紗が「目的地、A班は」と仲間と連絡を取り合っていた。どうやらメンバーの中で更に小部隊を結成し、【ウキコボレ】を糾弾する作戦のようだ。

 その様子を不安げに見上げる医療班の真心まこに気が付くと、北斗はその背中を叩きながら「凪紗なら大丈夫だって」と励ました。

「うん……でも、凪兄ちゃん無茶するから心配で」

 確かに、凪紗は昔から一つの事に集中すると周りが見えなくなる癖があった。それで怪我をしたり、怒られる事もしばしばあったからこそ、仮想空間だと分かっていたとしても不安が絶えなかっただろう。

「あんだけ腹抉った赤星ですらピンピンしてんだから、凪紗も大丈夫だって」

「そのピンピンした奴を保健室まで連行した馬鹿が何言ってんだ」

 赤星があまりに痛がってたから、と反論した北斗に赤星は「どーだか」とそれを煽った。

 赤星の腹には切り傷も何もなく、保健室に着いて梓馬に見てもらう頃には痛みも収まっていた。仮想空間を便利だと思うのと反対に、受けた傷の痛みだけが残るのは残酷だとも思った。

「……この次、【セイトカイ】とだろ」

 赤星の問い掛けに北斗は頷いた。キツく腰布を結びながら、赤星はモニターに映る光景に「胸糞悪」と呟いた。

 つられる形で見てみれば、【ウキコボレ】のQUEEN・青龍寺がテキパキとメンバーに指示を送っていた。

 KING・青沼はと言えば、ぼんやりと空を見上げながら立ち尽くすだけ。仲間達の会話を聞いていた青沼が「雪ちゃん、やっぱり俺が」と口を挟むも、青龍寺は「青沼、貴方は私の指示通り立ってるだけでいいの。分かったら従いなさい」と圧をかけていた。

 これじゃあお飾りのKINGと女王政治だ。集団で1人を路地に追い込んだり、わざと相手を煽ったり相手の足や目を狙うと言ったスポーツマンシップの欠片もない行動をとる【ウキコボレ】の戦い方に、北斗も嫌悪を表した。

「金敷と青龍寺は同じだ。同じくらい卑怯だが、表に出さないだけ金敷の方が意地汚い。

 ……だから、気を付けろよ」

「……? 大丈夫だよ、勝てる自信はないけど、俺なりに頑張ってみる」

 北斗の返答に赤星は「負けて泣くなよ、甘ったれの弟くん」と揶揄った後、小さく「冗談抜きで気を付けろよ」と再度忠告した。

 モニターを見てみれば、ぼんやりと空を眺めていた青沼が迫って来た凪紗に目を向けた。第二回戦が終盤に近付く最中、北斗の心臓は徐々にその心拍数を早めていた。

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