まるで予言だね
2020.05.22
「兄ちゃんの部屋から手紙?」
迎えた第一回【有限戦争】に関して、各KINGへの会議が行われるその日。前回と同じ第2会議室へ向かう道中、北斗は凪紗・湊斗に従兄弟・京羽の部屋で見つけた謎の封筒について相談を持ち掛けた。
パーカーのポケットから封筒を取り出した北斗に、凪紗と湊斗はそれをまじまじと眺め、ほぼ同時に首を捻った。
「【精神世界特別捜査班】……? 聞いた事ないなぁ。中は? 見てないの」
「見てないよ。しっかり
弟の凪紗でもその送り先に心当たりはないという。うーんと頭を悩ませた後、凪紗は「分かった」と大声を上げた。
「壁と壁紙の隙間なんかに隠してたって事は、あれだ! 黒歴史が詰まってるとか」
「えぇ、あの超リアリストの京兄ちゃんが? 厨二的な絵ばっか描いてた凪紗じゃあるまいし」
すぐさま否定した北斗に、ありえないなと湊斗も同調した。「俺の話は良いだろ」と声を荒げた凪紗はややへそを曲げながら「じゃあそれ以外に心当たりあるのかよ」と問い掛けた。当然、北斗は返す言葉もない。口籠ってしまった北斗に助け舟を出すように、湊斗は封筒の宛名を見ながら開口した。
「心当たり……という程ではないが、分かる事はある。
まずは宛名。裏にしっかり実家の住所や郵便番号を書いているのに、表にはそれがない。切手も貼られていない事を見る限り……投函するつもりはなかったんだろう」
湊斗の指摘を受け、北斗は「本当だ」と目を見開いた。表には【精神世界特別捜査班】御中とだけが書かれている。これじゃあポストに投函したところで戻って来てしまう。つまり、謎の団体に対して直接手渡すつもりだった……という事だ。
「いや、分かんねぇじゃん。後から住所書いて切手貼るつもりだったかもしれないし」
「丁寧に糊付けした後にか?」
湊斗の問い掛けに凪紗は「あ、そっか」と呟いた後、閉口した。
もし住所や郵便番号を書き間違えた場合、封書した状態では余計な手間が増える。そんな効率の悪い手段は誰も使わないだろう。
うんうんと考えた後、凪紗は「駄目だ、分かんねー」と肩を落とした。
「まず兄ちゃんの思考回路を俺達で探ろうとする事自体、無謀だろ。プロに任せた方がいいって」
プロ?
「兄ちゃんの幼馴染。
……ま、詳しい話はまた今度な」
北斗達の眼前には第2会議室の扉が近付いて来ていた。無理矢理話を切り上げられた気もするが……長話になるのが目に見えていたため、北斗と湊斗は大人しく凪紗の後を追い、会議室に入った。
「全員、揃ったな」
理事長はぐるりと全KINGの顔触れを確認し、声を上げた。前回と同様に、入り口付近からは起動したカメラによる異音が聞こえていた。
「それではこれより第一回【有限戦争】の説明を行う。
全生徒のデバイスに資料を送信した。目を通してくれ」
そう言われ、通知音を発したデバイスを取り出し、ファイルに目を通す。
開催日はニ週間後の6月5日。そして気になる対戦カードに目を向け、北斗は勢いよく顔を上げた。
「第一戦、【
第ニ戦、【
第三戦、【
最高位に君臨する【
「理事長、パッと目を通しただけでも分かる偏り具合ですが、最高位3色で底辺3色をいたぶる計画と捉えていいですかね」
嫌味っぽく問い掛けた赤星に、理事長は「赤星虞淵、挙手をしてから発言しろ」とあくまでも冷静な姿勢を維持したまま返答した。「すんませーん」と気だるげな返事をした赤星に溜め息を零し、理事長は開口した。
「月に2回行う【有限戦争】以外の日中、各色には防衛軍からの指導員が付き、実戦を交えた訓練や異端者についての知識を身に付ける座学を行う。
当然、各色だけで【有限戦争】の作戦を練る時間や休暇は設けている。
……最高位と言っても、全員のレベルは同じだ。武器を握った事はおろか、戦場に立った事のないただの学生。
スタートラインに立ち並んだ状態からいかに差が付くか。それは二週間の訓練が鍵となる」
「成程。
……じゃあもう一つ質問なんですけど、相手のKING自身がチェックメイト……つまり自分で戦闘不能になった場合は当然、相手の勝利になりますよね?」
会議室に静寂が満ちた。赤星が何を言わんとしているのか、すぐに理解出来た者は居なかっただろう。
「……自分で自分の急所を突いた場合、と言いたいのか」
「自分で心臓を刺すとか、首を切るとか、こめかみを撃ち抜くとか、そういう類の話をしてます」
赤星が何をしようとしているのか分かった瞬間、北斗は勢いよくその場に立ち上がり、赤星に異を唱えた。
「赤星くん、まさか不戦敗に」
「嗚呼、不戦敗……その手もあったか。
理事長、追加で質問です。もし【有限戦争】当日にKINGが居なかった場合も相手の勝利になるんですか?」
赤星くんと語気を強め名前を呼んだものの、彼はジロリと北斗を睨み付けるだけで、質問への明確な答えを口にしなかった。
「……前回話した通り、勝敗の決め手はKINGをチェックメイトする事。
そのためには、致死レベルの傷を仮想空間で与える必要がある。つまり、KINGが自殺した時や【有限戦争】当日にKINGが現れなかった場合も相手の勝利になる」
理事長の回答に赤星は「それが聞けて安心しました」と笑った。彼が二週間後の【有限戦争】当日、何をしようとしているのか予想が付いた。
「初戦の相手が腑抜けた赤星とはやりがいがないな。
単にやる気がないのか……それとも異端者相手に今から怖気付いてんのか。どっちだ、赤星」
赤星の無気力な発言や態度が気に食わなかったのだろう。赤星率いる【
「やる気がないのは認めますけど、あの面子と協力する気がないだけです。
俺には異端者と戦う理由もない。……実際、殆どの奴がそうだと思いますよ。
少なくともこの中じゃ、俺と青沼・黒瀧双子は意欲的とは言えない。【
あの銀塔に一切臆する事なく反論する赤星に内心ヒヤヒヤしながら、北斗は銀塔の顔色を窺った。
「それなら辞退しろ、代わりはいくらでも居る」
「癪に障る言い方しか出来ないんですか、先輩」
銀塔・赤星の間でバチバチと火花が散ったように見えた。風紀委員長・銀塔と問題児・赤星の相性は最悪だ。今にも喧嘩になりそうな2人を「その辺でやめなさい」と金敷が仲裁した。
「早速週明けの月曜日から訓練が始まる。全員、気を引き締めるように」
はい、と返事をしたKING達に理事長は「それでは解散」と告げてカメラの録画ボタンを押した後、一足先に会議室を出て行ってしまった。
2020.05.25
週明けの月曜日。【
各色に防衛軍の構成員2名が付き、基礎体力を付けるトレーニングをメインに初回の訓練は行われた。
「では、異端者にある三つの共通点とは何か。
……黒瀧北斗、答えてみろ」
「は、はい! え、えっと……」
走り込みやスクワット、腕立て伏せなどの基礎トレーニングを行った直後の座学でウトウトと舟を漕いでいた北斗は慌てて立ち上がった後、ウロウロと視線を泳がせた。
出題した防衛軍東京支部の構成員・宇賀神(【
「では隣の黒瀧湊斗、答えてみろ」
「異端者は自分の能力で自傷または自死が出来ない事、それから体内の細胞に変異が見られる事。平均寿命が25歳以下である事。以上三つです」
湊斗の答えに宇賀神は「正解、座ってよし」と声を掛けた。疎らな拍手が湊斗に送られる中、宇賀神はホワイトボードに書き込みながら話を続けた。
「異端者研究所は過去に研究結果を隠蔽・改ざんし、虚偽の報告を行った経歴もある。前者については防衛軍で既に捕虜の異端者に対して実証済だが、後者の細胞変異や平均寿命について信憑性は薄い」
捕虜の異端者について実証済、その言葉が北斗の中で引っ掛かった。異端者に対し、自死・自傷を強いた……という事なのだろうか。怪訝な顔を浮かべる北斗を歯牙にもかけず、宇賀神は話を続けた。
「異端者は研究所内で公平に分配される。クラス分け、というのが分かりやすいだろう。かつて発生した爆発事故で、多数の研究員・異端者が死傷。1号室から10号室までの生き残りをかき集め、所在を横浜市内に移してから11号室が結成された。
そして1年前、新夏区八国に移転した後、11号室の異端者達を12号室・13号室に分配。
現在各室に異端者研究員とその補佐が1名ずつ付いているが、防衛軍は彼等が異端者擁護派だと推測している」
異端者研究所とは元々危険因子の彼等を保護・研究し、殺処分するための施設だった。
だが、近年異端者による破壊活動が上昇傾向にある事や研究結果の数々から、防衛軍は異端者研究員達が彼等を擁護していると推測を立てた。
「そして、一番の脅威となるのが12号室。配属されている異端者の数はおろか、異端者研究員と補佐官の素性すら明らかにされていない。
何度立ち入り捜査を行っても、12号室だけが見当たらなかった。……何か重要なものを隠している、と我々は判断した」
異端者の数も、研究員の素性も全てが未知の12号室。その言葉に北斗はゴクッと唾を呑み込んだ。
「少しでも異端者に対抗する戦力を増やすため、明日からは実戦を交えた訓練を開始する」
校内に鳴り響いた鐘の後、宇賀神が「今日は以上だ」と告げた後、その日の全訓練は終了した。
九々龍学園学生寮。学園から徒歩1分と掛からない立地にある7階建ての建物で、築年数はかなり新しい。
1階はロビーと食堂・大浴場と清掃員の個室が並び、二階が【
「あー……疲れたー」
2階の一番奥の部屋に入ってすぐ、北斗はジャージ姿のままベッドに勢いよく飛び込んだ。「まずは着替えたらどうだ」と問い掛ける湊斗は汗を吸ったジャージから手早く部屋着に着替え始めていた。 2人で住むとなれば手狭に思えるが、幼い頃相部屋だった事を思い出し、感傷に浸った。テレビ・エアコン・冷蔵庫・洗濯機といった家電が完備され、手狭だがベランダもある。シャワー・トイレ・洗面所別、全室防音と個室の住環境は充実しており、実際に住むとなればかなりの金額になるんだろうな、と北斗は考えた。
汗臭いTシャツとジャージからパーカーとジーパンに着替えた後、北斗は読みかけの本を捲り始めた湊斗に声を掛けた。
「なぁ兄貴。今日、風呂行ってみない?」
そう言えば行った事がなかったな、と湊斗は本から顔を上げた。
沢山汗を流した上、疲労が困憊している中風呂に入るのには賛成だったようで、人が多く集まる場所に行きたがらない湊斗から反論はなかった。
「よーし、そうと決まれば俺、風呂あがりのアイス買いに行ってくる! 兄貴はいつものバニラで良いよな?」
「北斗、俺も行こうか?」
すぐ近くのコンビニだから大丈夫だと、北斗は財布を片手に寮室を飛び出した。
湊斗の好きなバニラアイスとチョコアイス、ちょっとしたスナック菓子を入れた袋を片手に北斗が寮に戻るため歩いていた時だった。
「あ、あの……この後、予定があるので」
酔っぱらった男に手を掴まれ、困った表情を浮かべる少女の姿があった。時刻は18時を回った頃。こんな時間からもう酔っぱらってんのかと顔を顰め、考える間もなく北斗は間に入った。
「ほらおじさん、その子困ってんじゃん。その辺にしてあげてよ」
男の手から少女の手首を振り解き、にこやかに笑いながら仲裁に入れば遠くから「すいません」とスーツ姿の男性が駆け寄って来た。恐らく男性の部下なのだろう。「先輩、タクシー来ましたよ」と介抱しながら立ち去って行く背を見送っていれば、少女は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、助かりました」
聞き覚えのある声だった。ピンク色の二つ結びに、くりくりとした空色の目。それを目の当たりにしてすぐ、北斗はあっと大声を上げた。
「凛花ちゃん!?」
慌てて口元に人差し指を添え、しーっと告げた彼女に北斗はすぐさま口元を覆った。
デビュー当時から北斗が応援しているアイドル・早乙女凛花の姿にこれは夢なんじゃないか、と頬をギュッと摘まんで見たが、ピリッと走った痛みが現実である事を叩き付けた。
「ご、ごめん。その……俺、凛花ちゃんのファンで」
「こんなところでファンの方とお会い出来るなんて……嬉しいです。ありがとうございます」
ニッコリと微笑む彼女の姿はテレビや動画の画面越しに見る姿そのままで、何度か足を運んだライブの時よりも身近な距離に北斗はドギマギと跳ねる心臓を抑えた。あまり引き止めるのも悪いと「これからも応援してます」と伝えれば、凛花は最後に深々と頭を下げ、もう一度「本当にありがとうございました」と言い残し、足早に立ち去ってしまった。
「もしもし、鈴お姉ちゃん? 今何処に……え、駐車場ってどこの?」
待ち合わせでもしているのか、キョロキョロと辺りを見回しながら電話をする凛花を見送り、北斗が寮に戻ろうと入り口の取っ手を掴んだ時。
「へぇ、先輩って早乙女凛花のファンだったんですね」
背後から掛けられた声に、北斗はビクリと肩を飛び上がらせた。振り返って見れば、一本に結わえた髪をくるくると指でいじる有馬が立っていた。これから寮室に戻るつもりだったのだろうか、まだジャージ姿だった。
「有馬さん!? もしかして聞いて……」
「立ち聞きした訳ではありません。聞こえて来たんですから、仕方ないでしょう」
相変わらず北斗に対して素っ気ない反応をする有馬は、彼の返答など聞かずそそくさと寮に戻ってしまった。
閉まりかけた扉を慌てて掴み取り、彼女を呼び止めれば。ロビーでピタリと立ち止まった後、彼女はくるりと視線だけを北斗に向けた。
「その、ずっと思ってたんだけど。
もしかして俺の事避けてる?」
避けてませんと即座に有馬は否定したが、それが嘘である事はすぐに分かった。
「飛影さんとか比与森とか、うちの兄貴とは普通に話してるじゃん」
有馬から返答はない。恐らく図星なのだろう。北斗は更に追究した。
「もし俺が気に障る事言ったなら謝るから、理由だけでも」
「……そうですね、避けてますよ先輩の事」
北斗の言葉を遮り、有馬は口火を切った。
まるで自白するかのように、有馬は淡々と語り始めた。
「ただ、大きな勘違いをしています。私は先輩に何かされたから、何かが気に食わなかったから避けている訳ではありません。
これは私の個人的な問題ですから、先輩には関係ありません」
話は終わりだと切り上げるように歩き出してしまった有馬の手を、北斗は慌てて掴み取った。ひんやりと氷のように冷たい手を握った瞬間、彼女は小さく息を呑んだ。
「関係あるよ。有馬さんは俺の仲間だ。
何で悩んでいるのか、何が嫌なのか。そういうの含めて全部、分かってあげたい」
有馬がポツリと何かを呟いたが、それは生憎聞き取れなかった。なんて言ったのか北斗が問い掛けるものの、彼女は首を振るばかりで答えてくれなかった。
「……先輩がいずれ不幸になるから、一緒に居ない方がいいんです」
「まるで予言だね」
北斗の言葉に有馬が振り向いた。
驚いたように見開かれたその瞳から零れた涙を見た瞬間、北斗は思わず彼女の手を離してしまった。
「……私の問題ですから。もう放っておいてください」
逃げるように走り去ってしまった有馬を引き止める事も出来ず、北斗はゆっくりと手を下ろした。
彼女がどうして自分だけを避けるのか、その理由は分からず仕舞い。
北斗が不幸になるから一緒に居ない方がいい、という言葉の意味も何故泣かせてしまったかも分からないまま。
ただ1つ、明らかなのは。
「放っては、おけないだろ」
苦しそうな顔をしていた。全て自分一人で背負い込んで、何とかしようとしている顔。
何とかしてやりたいと思う反面、どうするべきかその方法が分からない。
有馬の事を一番よく分かっている比与森に相談してみようと考え、ふと何処からか視線を感じた。
パッと上を見上げてみるも、吹き抜けになった最上階まで続く螺旋状の階段と天井が見えるだけで、人の姿はない。誰か居たような気はするが……と頭を悩ませながら、北斗は溶け始めたアイスを手に兄が待つ寮室へと戻った。
「こるりを泣かせたぁ? 北斗、お前凄いな」
後日、防衛軍による訓練の休憩時間中に比与森へ相談した北斗に彼女はスポーツドリンクを呷った後、豪快に笑った。
「笑い事じゃないって」
「いやぁ、だってあたしも見た事ないからさ。かなりの激レア現場に居合わせたじゃん」
北斗より有馬との付き合いが長い比与森でさえ、彼女の泣いているところは見た事がないという。
手を掴んだのがよくなかったか、自分と話すのがそんなに嫌だったかと頭を悩ませる北斗を一瞥し、比与森は彼を元気付けるように肩を叩いた。
「こるりは頑固だからなぁ。何かあったような顔はするけど、肝心な内容だけは誰にも言わない。そういうひねくれた奴なんだよ。
だから北斗、どうしても気になるんならお前があいつの壁を壊してやるしかない」
黒宮・芥答院そして有馬もそうだ。いくらこちらから歩み寄っても壁を壊さない限り【有限戦争】での連携は見込めない。
「比与森、俺頑張る!」
「おう、その意気だ!」
気合を入れるように両頬を叩いた後、北斗はある作戦を立てた。
題して壁ぶち壊し作戦だ。
その対象になっているとは知らず、有馬・黒宮・芥答院の3人は【
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