第8話 始まり 存在意義

「あの子が僕の……妹?」

 コーヒーの香りが漂う車内に不思議そうな来海ラウの声が満ちる。

 相変わらず待ち合わせ時間には既にここに居て、周りの目など気にせず着たい服を着ている。

 驚くかと思いきや、ただただきょとんとしている姿は無防備過ぎて来海ラウを男だと知らない男が見たら狙ってくるだろう。

 今日は男物の服だけど。

「探偵使って調べたぜ。警察は面倒だからな。そうしたらあの子、お前の親と同じ家にいたらしい。リズって呼ばれていたって近所の人から証言がある。お前と同じで出産時、届出を出していない戸籍上存在しない人間だ」


 来海ラウをじいちゃんが保護した時、色んな罪で来海ラウの両親は刑務所に入れることが出来た。実際そうすべきだった。

 だが、両親は雲隠れ。消息は途絶えて残された来海ラウに戸籍と『蓮戸』という名字を与えて終わった。

 少女……リズちゃんに全く記憶がないように来海ラウも断片的にしか記憶がない。

 来海ラウは今年21歳。リズちゃんは想定16歳。

 こいつが俺んちに転がり込んできたのは16歳の時だから逆算してリズちゃんは11歳。隔離されて無ければ互いのことを認識出来るはずだ。

 だが、この数日間、2人はまるで初対面のように接したらしいから互いに互いの存在した記憶が欠乏しているんだろう。


「お前、前に会ったときに『どうしたいんだ』って聞いたらグダグダと話してたよな。俺が提示できる選択肢として、お前がリズちゃんの保護者になって養うって言うのがあるぜ。明らかにお前より病んでるから精神の障害者手帳の発行は可能、障害年金で月に幾らか補助してもらえればお前も楽だろ」

 来海ラウ自身も障害者手帳を持っている。だからそこら辺の説明は飛ばしてまずは役所に戸籍の申請が必要ってことを伝える。

「俺のツテで2人が書類にサインしまくってくれれば代理で色々やれる奴がいるから、養う選択肢も有りっちゃ有りだと思うぜ」


 ま、ゆっくり考えろよ、と車を発車させる。

 癖としてこいつが内部対話に入ると暫く現実に戻ってこない。

 このままリズちゃんがいる部屋に戻すのも良くないと思い適当にドライブする。


「少しでも実感持てたらなんか言えよー」

 そんなことを言いながら流行りの曲を流す。

 俺自身、ドライブは好きだからこの時間は苦痛じゃなかった。

 人脈ってのは面倒なものだと、じいちゃんの遺産相続の時に心底思った。

 何かと理由をつけて俺から遺産を取り上げようとしてきた。

 だから騙されないように法に精通した弁護士になろうと決心した。

 来海ラウみたいな虐待された子供や、俺みたいな早くに両親を亡くした子供の味方になれるような弁護士を目指している。

 じいちゃんが居るからって勉強もせずにチャラチャラ遊んでいた俺は適当な私立校で下から数えたほうが早い頭の悪さだったが、進学する大学も考えて高2の夏に進学校に転校して塾にも通った。

 お陰で浪人せずに希望の大学の学科に入れたが、ここがスタート地点だ、と勉強は真面目にしている。

 ストレス発散でチャラい見た目をして月2くらいは合コンも行くが成績は上の中をキープしている。

 そんな俺が今、とりあえずで構築していた人脈が役に立った、と感謝する日が来るとは。


 探偵事務所に務める合コン仲間や、法律事務所に務める先輩、師として尊敬している弁護士や、なんなら精神科医やカウンセラーの医療系の知り合いもいる。

 すぐ側に来海ラウっていう特殊な生き方をしてきた奴が居たから自然とそっち系で人脈を広げて行った。

 俺の生き方を変えてくれた来海ラウには感謝してる。

 絶対本人には言わないけど。


 そろそろ飯にするか、と適当なものファミレスに入る。

「僕、可能ならリズと暮らしたい」

 唐突すぎてメニューかと思い「あ、じゃ俺もそれで」と言いかけたのは秘密だ。

「分かった。書類手続きで数週間ゴタゴタするけど頑張れな。手伝えることは手伝うからよ」

 どれくらい面倒かというのは来海ラウの件を第3者として見てたからよく分かってる。

「うん。ありがとう、康介コウスケ。何食べようかな」

 来海ラウはメニューを眺め始めた。




 さぁて、俺が1丁一肌脱ぎますか。

 直近はコイツの昼飯を奢ることだな。

 なんてことを考えていた。

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