第2話 始まり 見知らぬ女性

 温かい……。

 久しぶりの感覚を不思議に思いながら目を開ける。

 狭くて洋服が多くて乱雑な部屋にすぐ目の前のキッチンの小窓から光が微かに差し込んでいる。

 ここはどこ…?

 少女は身体を起こすと怯えたように体育座りをして布団を鼻まで巻き付ける。

 服は大きめのスウェットの上のみ。下着もない。

 また、ヤられたのかな……?

 私はいつもなら痛む下半身の痛みがないことから、写真を撮られただけかもしれない、とも考えた。

 逆光で見えなかったけれど、自分の目の前、小さな机を挟んで2mも距離がない場所に女性がコートを着たまま寝ているのが見えた。

 隙間風が入り込むこの部屋に暖房器具は見当たらない。

 唯一身体を温められるものはこの布団と足元にあったお湯が入ったペットボトルだけだった。


 女の人……。

 横髪が鎖骨の下辺りまであって、後ろ髪は顎と同じくらいの髪型をしている。

 ロングスカートにダウンジャケットを着ている。目の前の机には缶コーヒーが一つ置いてあった。


 ここは安全な場所なの……?

 アンゼン…?何処が危険?何が危険?

 一つのふとした素朴な疑問からいくつもの声が頭に響く。

 私はなんでここにいるの?私は……誰?名前、なんだっけ……?帰る場所は?家族は……?

 両手で頭を抱え、頭の声に視界が暗くなる。

 ココハドコ。ワタシハダレ。

 言いようのない不安の波に襲われ息が詰まる。


 「ひっ!」

 ふわっと身体を抱きしめられる。

 隣にあの女性が座っていることが頭の片隅で理解出来た。

 怯えて身体が飛び上がるが、女性は「大丈夫だよ」「ここは安全だよ」と優しく言葉を繰り返してくれた。

 片隅では冷静な私がいるのに、頭の中ではどうしよう無い不安に圧迫される。

 「ゆっくりでいいよ」「深呼吸、しようか」

 女性は私の背中を擦りながら深呼吸を促す。

 「吸ってー……吐いてー……少し止める。苦しくなっても少し我慢。……はい、ゆーっくり吸ってー……吐いて……」

 高くもなく低くもなく、柔らかい声は不思議と心にすんなり染みた。


 「ごめんね、凄く温いけどお茶飲む?」

 私が落ち着くと女性は小さな保温バッグからホットのお茶を取り出すとマグカップに入れてくれた。

 確かにほぼほぼ冷たくなっているお茶だったけど、さらに落ち着くことが出来た。

 「僕は来海ラウ。女性の格好してるけど、性別は男。あ、でも君になにかした訳じゃないから安心してね?」

 女性……だと思っていた男性がゆっくりと話し出す。

 男、と聞いて少し身体が強ばったけど、女性にしか見えない姿に男性だとは思えなかった。

 来海ラウさんは残っていた缶コーヒーを飲み干す。

 喉仏が上下するのを見て、本当に男の人なんだと思った。

 「昨日の夕方、君が僕の部屋の前に倒れていたんだ。本当は病院に連れていくべきだったんだろうけど……見ての通り、僕、貧乏でさ」

 来海ラウさんは苦笑しつつ話を続ける。

 「僕はこれから昼のシフトで仕事に行くけど、今日は君は好きにして良いから。鍵は置いていくから、帰るなら鍵を閉めて一階の郵便受けに入れておいて。僕は18時頃に帰ってくるけどそれまでここにいてもいいし。あるものは食べていいし飲んでいいよ」

 そう言うともう1度「大丈夫だよ」と抱きしめて着替えを始める。

 服を脱ぐと確かに男性で、流石に見ているのも恥ずかしいので布団に潜り込む。

「誰か来ても居留守を使ってね。部屋は暗いだろうけどキッチンと風呂トイレの電気しかつかないから床にあるスタンドライト使って。電球切れちゃって、買ってないんだ」

 

「それじゃ、行ってくるね」

 来海ラウさんは私をまた抱きしめると仕事に出かけていった。

 私は言われた通り鍵をかけると、布団の中で丸くなりボーッとしていた。

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