6・マリコと二○三号室

 結局、生前からの大家さんの意向通り、このアパートの取り壊しが正式に決まった。


 親しかった友人や息子さん達にも、入居の際に私に向かって告げたのと同じようなことを言っていたようだ。


 おまけに街の小さな弁護士事務所に保管していたという細々とした財産分与の内訳が記されている遺言書にも、自分の死後、その土地家屋は長男に相続するにはするが、アパートは平地に均し、月極め駐車場として地域の役に立ててくれと書かれていた。


 ミサキが教えてくれたところによると、法的に言えば遺言書には相続した後の用途にまで効力は及ばないのだそうだけれど、息子さんは大家さんの遺志をすべて汲み、遺言書の指示に従いたいとのことだった。


 「故人のワガママのために、誠に申し訳ありません」


 朝から激しく雨が降り続く三連休の初日、家にいた私の元を大家さんの息子さんが改まって訪ね、そう頭を下げた。


 「他の住人の方々にもご説明申し上げたのですが、なにぶん突然のことであったため、皆さん、一様に動揺しておられました」


 「謝らないでください。確かに突然ではありましたけど、入居の時に大家さんの方から聞かされているはずですし、契約書にもきっちり明記されていたことです。みんな、ちゃんとわかってくれますよ」


 「ええ、そのようですね。私も他の住人の方からそのことを聞いて驚かされました。遺言書だけならまだしも契約書にまで……父はそこまで周到にしなければならないくらいにこのアパートを残しておきたくはなかったのでしょうかね?」


 息子さんは私に尋ねるでもなく、自分の胸にふと湧き出でた疑問をポツリと口に出した。


 「……表向きはどうあれ、多分、そうだったんだと思います」


 私は妙な確信があった。


 「大家さんはこの建物を亡くなられた奥様のように大事に思っていたと伺いましたが、まさにその言葉に尽きるんだと私は思います」


 「たとえ息子にでも自分の妻を渡したくなかったと?」


 「……ごめんなさい、たった二時間草刈りを一緒にやったくらいの仲の私が知ったような口をきいてしまって」


 「いえいえ、とんでもありません。むしろ私とまるで同じ考えを持たれた人がいてくれたことにとてもホッとしているのです。自分の妻の代わりとするくらいこのアパートに入れ込んでいたなんて、身内意識で勝手に故人を美化してしまっているのかと自分で自分を訝っていましたから。実際に私の妻や子供からはそう言って揶揄されてしまい、それこそ頭があがりませんでした」


 「まあ、普通に考えたら奥様たちの言ってることの方が正しいでしょうからね」


 「ええ、でも父は決して普通ではありませんでした」


 「普通の人はあまりアパートには恋をしないですから」


 私と息子さんは笑い合った。


 「確かに父はずっと自分が死んだらアパートを壊してくれと常々言っていたのですが、あなたから教えてもらった夕陽の話のことを初めて聞かされてから、私はずっと考えていました。父が三代目としてここを引き継ぐと決意したように、私も四代目を名乗った方がいいのではないか?それまで父たちが必死に守ってきたものをこのまま私が途絶えさせていいものなのか?などということをです。しかし、弟とも話し合い、やはり父の想いを尊重するのがいいだろうという結論に達しましてアパートを取り壊すことにしたのです。一時は父の目にはただアパートのことしか……いえ、ただ母一人のことしか映っていないような気がして寂しく思ったこともありましたが、それでも私たち子供をとても大事に思ってくれていた人でした。そんな父が継ぐなと言っているのなら、おそらくその選択が私たちに取って一番最良なことなのだと思うのです。……あるいは、もう終わりにさせたかったのかもしれませんね。良きにつけ悪きにつけ、長年この場所に縛り付けられてきた家系です。その締め付けの危うさに、もしかしたら父は気がついていたのかもしれません……」

 

 私が何か偉そうなことを言えるような立場ではないのはわかっていたけれど、個人的な意見としては、多分、息子さんの言う通りなんだと私は思う。


 アパートを壊してくれと言った理由の一つとして、妻の代わりと一心に愛してきたこの建物を、誰か他人の手を(例えそれが実の息子であっても)煩わせてまで頑なに維持していくよりは、自分と共に葬り去って欲しいと大家さんなら望んでいたような気がする。


 誰も知りえないくらいとにかく深い深いところで大家さんとアパートは繋がり合っていたのだ。それは間違いない。

 

 そしてもう一つ、何よりもそれが一族の血で守り続けなければいけないといつか決意した場所であったとしても、大家さんはそんな血や宿命やしがらみなど、とにかく余計な何もかもを大切な子供達の人生の上に背負わせたくはなかったのだと思う。


  ―― 生きているうちに人ってのは自然と様々な事情に縛られていくもんなんだ。そしてそれは拒むことも寄り好むこともできない ――



 そう言った大家さんの言葉が思い出された。


 お祖父さんは爪に火を灯すような貧しい生活を送ってもこの地に固執した。


 お父さんはただそんなお祖父さんの言いつけを守り抜くためだけの人生だった。


 そして、大家さんは奥さんと同化してしまったアパートから亡くなるまで離れられなくなってしまった。


 みんなが望むと望まざるに関わらず、本当に良きにつけ悪きにつけ、この場所に憑りつかれていた。


 確かに美しい場所であり、美しい陽光だったのだろう。


 だけど、それが彼らをきつく縛り付けるものであったことには変わりない。


 そう、それは拒むことも寄り好むできない呪いのようなものだったのだ。


 そして大家さんはその呪いを道連れに死の世界へと旅立った。


 もう誰もこの地に縛らせないために、愛する自慢の息子たちを宿命から解き放つために、血の咆哮から永遠に守るために……というのはやっぱり故人の死を美化し過ぎているだけなのだろうか?


 ともあれ、そんなわけで三か月後には全住人が完全に部屋を引き渡すということで話はまとまった。


 相も変わらず飽和状態で路上にまで溢れてしまっている自家用車のため、駐車場ができることに大歓迎の地域の自治会は、さっそく斡旋業務を開始し、もはや三件ほど息子さんのところに問い合わせがきたのだそうだ。


 彼らにとってすれば、妻のように愛でられた日当たりの良い素敵なアパートよりも、無個性で無愛想ではあるけれど確かな駐車スペースを得られることの方がありがたいというのが建前のないところの本音だった。

 


           ***


 ピンポーン


 大家さんの息子さんと入れ違うようにして誰かが玄関のチャイムを鳴らした。


 私は開いたばかりの本にまた栞を挿み、落ち着きかけた腰を再び上げて玄関へ向かった。


 「久しぶり」


 「え?お母さん?」


 ドアを開けるとそこには母が立っていた。


 「あなたも相変わらずインターホンを使わないのね。ちゃんと相手が誰か確認してから開けないと、変質者とかだったらどうするの?最近、物騒な噂もちらほら聞くわよ」


 「変質者が来るよりも驚いたかも……どうしたのいきなり?」


 一人暮らしをはじめてもうすぐ半年が経つけれど、母が私の部屋に来たのはそれが初めてだった。


 「今、病院の帰りなんだけど、タカシが明日、退院することに決まったの。それでマリコにも色々と迷惑かけたから、改めてお礼をしようと思ってね」


 「この雨降りにわざわざよかったのに。それで車で来たんでしょ?お父さんは?」


 「ううん、お父さんはいないわ」


 「じゃあ一人でこの長い距離をタクシーで来たの?」


 「実はね……実は……お父さんと離婚したの」


 「え……」


 「この前話したスーパーのマネージャーさんがね……本気で私のことを好きなんだって。『旦那さんと別れて僕と一緒になって下さい!絶対に大事にしますから!』なんて迫られちゃって……それで……ごめんね、マリコ」


 「それって……」

 

 母は居た堪れないと言ったふうに両手で顔を覆いながら私に背を向けた。


 「そうだよね、お母さん。女は死ぬまで女でいたいもんね。うん、大丈夫、私のことは気にしないで幸せになって……と騙されればよかった?」


 と私はため息を吐いた。


 「あれ?ばれちゃった?」


 おどけたような声を出して母は振り返った。


 「その程度の演技力じゃ、この世界広しと言えどもタカシくらいしか騙せないと思う」


 「そうなのよ、さっきタカシには上手くいったからいけるかなって思ってたのに」


 「……退院が延びなきゃいいけど」


 私はそう一人ごちた。


 



 ちょうどお昼どきだったので、母を部屋にあげ、二人で昼食を食べることにした。


 久しぶりに『お袋の味』を振る舞おうと母が申し出たけれど、私は『娘の味』っていうものを披露してあげようと言って母を座らせた。


 冷蔵庫の中の有り合わせの食材で調理するために、威張るほど大した料理ではなかったけれど、それでもテキパキと調理を熟す私の背中に母は感心したような声をあげた。


 「結構なお手前ね」


 「食べてから言ってくれない、その台詞?」


 私は振り返らずに応えた。


 「こうやってマリコが料理している姿なんて見たことがなかった」


 「家にいた時は何もしなかったもんね」


 「これならいつでもお嫁さんに行けるわね」


 「そう、あと足りないのはお相手様だけ」


 「誰かいい人はいないの?」


 「いい人はたくさんいるんだけれど、向こうで私をいい人だと思ってはいないみたいだね。この分じゃタカシの方が先に結婚しちゃうんじゃない?」


 「あの子だって『今は仕事が彼女だ』とか言ってるわよ」


 「そうでもなさそうだよ。近いうちに家に連れて来るかもしれないから乞うご期待」


 「あら、そうなの?」


 「ところで、なかなかいい部屋だと思わない?」


 「そうね、ずいぶん景色もいいし、晴れてれば日当たりも良さそう。こんなに窓が多いアパートも珍しいわね。外観もすごくキレイだったし、良いところをみつけたものね」


 「うん、だけどなくなっちゃうのよ、ここ」


 「あら」


 「さあ、出来たよ」


 昼食を食べながら、私は母にアパートの創生から取り壊しに至るまでの経緯を掻い摘んで説明した。


 それなりに長くて、いささかややこしくて、過分に私の私情や思い入れが盛り込まれた話だったのだけれど、母は熱心に耳を傾けてくれた。


 結局、料理を食べ終わっても話は終わらず、茶碗を洗い、食後の紅茶を淹れたところでようやく私の話は大団円を迎えた。


 「……そんなわけで、私はあと、三か月以内にここを引き払わなくちゃいけないの。結構気にいってたから残念だけど、仕方がないね」


 「なるほどねぇ」


 「お母さんはどう思う?陽の光を守る宿命だとか、アパートを壊したいと言った大家さんの気持ちだとかがわかる?」


 「うーん……よくわからないわね」


 紅茶に角砂糖を一つ入れながら母は正直に言った。


 「まあ、そうだよね」


 そう、結局何をどれだけ言ってみたって、人の気持ちは当人にしかわからない。


 「亡くなってしまった奥さんの代わりとしてアパートを愛する。血が土地に縛り付けられる。そして全てを自分が飲み込んでお墓までもっていく……。なんだかどれもお母さんにはピンとこないものばかりで、どうにもマリコほど大家さんに感情移入ができないし納得もできないみたい」


 「ううん、いいの。私にだって本当はよくわかってないのかもしれないし」


 「……でも、確かによくわからないんだけど」


 母は急に真剣な顔になって言った。


 「自分の子供を守りたい、子供のことを何よりも一番に思うっていうところはお母さんにもわかるわよ。私はいつでもマリコとタカシのことを一番に考えて生きている。小さな時だって、二人が社会人として立派に働いている今だって、自分のことよりも何よりも二人の健康と幸せを願ってる。テレビで事件や事故のニュースが流れる度にどんなに遠くの場所の出来事だって二人が関わっていないかってドキドキするし、お賽銭を入れて神様にお願いすることと言えば二人のことばかり」


 「……ふーん」


 「ねえ、マリコ、覚えているかしら?」


 母は少しだけ表情を緩めて言った。


 「私があなたを初めて美容室に引っ張って連れて行った時のこと」


 「もちろん。私がまだ可愛い可愛い『灰かぶり《シンデレラ》』だった十歳の頃だね」


 「そうそう、まさしく盛大に灰を頭からかぶったみたいに顔中を泥やら汗やら鼻水やらで真っ黒に汚しても全然気にしないし、意地悪な継母やら姉やらがいたら躊躇いなく噛み付いてやりかえしているであろう、とんだジャジャ馬なシンデレラだったけどね。お父さんの家系にもお母さんの家系にもそんな気性の持ち主は見当たらなかったし、今だから言うけど、実は産婦人科で取り違えられた子供なんじゃないかって割と本気で考えたこともあったのよ」

 

 つい先日もミサキとそんな話をしたばかりだったけれど、より長く、より近くで見続けてきた人の口から語られるとなると、妙に現実感がありすぎてなんだか気恥ずかしくなる。


 ……そんなに酷かったのか、昔の私よ。


 「ある日、そんなシンデレラを見かねた若くて美しい親切な魔女が彼女に魔法をかけました」


 母は語り口調を変えて続けた。


 「いぶかしむシンデレラを巧みな話術と人心掌握術を駆使して魔法の椅子に座らせ、ちちんぷいぷい、あら不思議。先ほどまでの『灰かぶり』はどこへやら、大きな鏡の中に写っていたのは、ファッション雑誌の表紙から飛び出してきたような、それはそれは愛らしい現代風の女の子でした」


 「若くて美しい魔女のわりに呪文のチョイスが時代を感じさせるね」


 「……ともかく魔法のおかげですっかり見違えたシンデレラに魔女は大変満足しました。やはり女の子というものはこうでなくてはいけません。魔女自身、幼い頃より両親からとにかく女の子らしくあれという教育を受けて育ちましたから、年頃の娘が可愛らしく着飾るのは至極当然のことだと考えていたのです。それでも正直、過剰とも言えるほどの両親の締め付けに息苦しさを感じていたところもなくはなかったので、自分の娘に対してはそこまで強制せず、いつか自然にオシャレに目覚めてくれればそれでいいやと呑気に構えてはいましたが、当のシンデレラにはいつまでもその兆しは見えず、むしろ日々野生化していく様に魔女は段々と焦りを感じ、いよいよ強硬策を講じたというわけだったのです」


 「……」


 母は本当に小さい頃から祖父母にこれ以上ないくらい溺愛されて育ってきた。


 さすがに今では落ち着いているとはいえ、結婚当初、さらには私や隆司が生まれてからも、祖父母は何かと母のことを気にかけて結構な頻度で家にやってきていた。


 思えば、私はよく二人に『お母さんのようにもっと女の子らしくしなさい』だとか『お母さんのように品良く座りなさい』だとかいう小言をしつこく言われていた。


 そんな言葉どこ吹く風と、当の孫娘はまったく聞く耳持たなかったわけだけれど、きっとそんな私の知らないところで、ちくちくと母の教育の怠慢……というよりは、あの娘至上主義の二人のことだから殆ど全てを父の責任にして小うるさく説教でもしていたに違いない。


 「……あの時はごめんね、マリコ」


 「ちょっとちょっと、いきなり何?」


 突然、こちらに向かって深々と頭を下げてきた母に私は面喰った。


 「娘のためと言いながら、結局、私は自分の母親としての面子とか世間の目とかを気にしていただけだった。自分だけ着飾っておいて娘にはボロを着せているなんて思われたくなかったし、両親に母親として未熟だなんて思われたくもなかった。……ねえ、あなたには言ってなかったから知らないだろうけれど、私とお父さんが結婚をするってなった時、首尾よく順調に話が進んだかと言ったらそうでもなくて、実はちょっとした騒動があったりもしたのよ。主に私の側の家でね」


 「騒動?」


 「まあ、今更ここで蒸し返すようなことでもないし詳しくは言わないけど、そうした手前、なんとしても両親には一人前の母親をしているところ、ちゃんとした家族生活を送れているというところを見せたくて意地になっていたのね」


  母はいかにも安っぽいティーカップのいかにも安っぽい装飾が施された持ち手の部分をひとしきりさすった後、ゆっくりと一口、やっぱり安っぽい紅茶を口に運んだ。


 しかし、香りもへったくりもないお徳用のティーバックで淹れたものだとは思わせないほど、母が本当に美味しそうに飲むから、私もつられるようにして自分のカップに口をつけてみた。


 ……うん、いつもと変わり映えのしない、とりあえず紅茶の味のする赤茶色の液体だ。


 「最初は本当に腹が立った」


 母は続けた。


 「あなたのためを思ってしてあげたのにどうしてわかってくれないのかって腹が立ったし、大勢の見ている前であんなことしてってとても恥ずかしかった。マリコを床屋さんに置いていってからも怒りは全然収まらなくって、一人で家まで帰る間中、とにかくありったけ、思いつく限りの汚い言葉であなたを罵倒した」


 「ま、そうなるよね、普通」


 実の母の口からあまり聞きたくないような種類の話に、私は苦笑いを浮かべた。


 だけど、母の怒りは当然のものだと充分に理解できるので、別に私は責めたりもしないし、哀しくだってならない。


 ほとほと自分のやらかしたことに呆れてしまうばかりだ。


 それに……。


 「だけど、お母さん。私が床屋さんから帰ってきてから別に怒らなかったよね?結構、覚悟して家の門をくぐったから拍子抜けしたのを覚えてるよ」


 「そうね……」


 今度は母の方が苦笑した。


 「あなたの帰りを待っている間も確かに私は怒っていた。一緒に遊びに行ったお父さんと隆司も戻って来るし、なんとかそれまでは落ち着かなきゃいけないって思いつつも、一人でムスーッとしながら夕ご飯の支度をしてたの。……そう、あなたを美容院に連れて行くためのエサとして使った特大のハンバーグを作りながら」


 「そうだよ。あんなに怒らせちゃったのに、お母さんはちゃんと私との約束を守って『お皿いっぱいに大きなハンバーグ』を作ってくれた。それが不思議だったんだよね」


 「私も不思議だった。頭の中では随分ヒドイことを言いながらも、手はボウルから溢れんばかりのハンバーグのタネを一生懸命こねこねしていたの。丁寧に丁寧に、マリコが喜ぶように美味しくなれ、美味しくなれって気持ちをこめて、ね」


 「要するに、無意識のところでちゃんと母親をやってたわけだ」


 「ハッとしたっていうのはああいう瞬間を言うのね、きっと。ああ、私はマリコの母親なんだ。あの子は大事な私の娘なんだって改めて再確認してね。そうしたら急にマリコに対する怒りだとか恥ずかしいだとかいう感情がササッと引いて頭が冷めてきた。それで、私は嫌がる娘に無理矢理自分の都合や価値観を押し付けてしまったんだなとか、さっきも言ったみたいに結局は自分のことばかり考えていたんだなって、今度は私自身に対する怒りや恥ずかしさがこみ上げて来た。……ホント私はヒドイ母親だった」


  そこで母は、おもむろにテーブルの向かい側に座った私にスッと手を伸ばした。


 緩慢とさえ言えるような、とてもゆったりとした動きだったけれど、そのかつての輝きが褪せて、年相応に老け込んでしまった母の指先は、何か強くて確固たる意思を持って真っ直ぐに伸び、そしてそのまま、私の左の手首にはまったブレスレットに触れた。


 高校生の頃だったか、街をあてもなく歩いている時に、スラリと背の高い白人男性がたどたどしい日本語を騙し騙し使いながら開いている露店で見つけたシルバーの腕輪で、お情けとばかりに小さなターコイズがワンポイントに埋め込まれている以外に装飾も彫りもない、至極シンプルな物だ。


 ファーストフードで割としっかり食べた時のお会計と同じくらいの値段で買った安価な代物だったけれど、なんだか気に入ってしまい、今でも大事に使っている。


 「マリコ、私はあなたを愛している」

 

 母は視線を腕輪に落とし、鈍く光る青緑色の宝石をそっと指の腹で撫でた。


 まるでその下に隠匿された手首の傷跡を慈しんでいるかのように、どこまでも優しく、どこまでも温かく。


 「私はあなたを愛している」


 母は繰り返した。


 「マリコとタカシ……たとえどんなに離れていたって、どんなに会えなくなったって。世界がクルリとひっくり返ったって二人は私の大事な大事な愛する子供たちよ、それを絶対に忘れないで」


 「……お母さん」


 「絶対に、忘れないで」


 「……うん」

 

 どうして母が突然そんなことを言い出したのか?


 そもそも今日はこんな話をするのが目的で最初から家にやってきたのか?


 ……その真意もやっぱり母にしかわからない。


 気恥ずかしさや、母と娘という以前に女同士であるという対等な立場でいつも構えていたから、お互いに顔を合わせれば弟以上に冗談や軽口ばかりが口をついてしまう私と母だった。


 だから、いがみ合うまではいかなくとも、こんなふうに改まって真顔で向き合うことなんて今まで一度もなかった。

 

 そう、私が倒れた時も手首を切った時も、私は両親にも本当のことが言えなかった。


 二人のようにはなりたくなかっただなんて言ったら両親が傷つくのはわかっていたし、そう言ってしまうことで自分も傷ついてしまうのがわかっていた。


 そして頑なにだんまりを決め込んだ私に両親は何も問いただしたりしはなかった。もっと言いたいことや聞きたいことがあったはずなのに、今の今まで、一度だって……。

 

 ブレスレットの下にある手首の傷跡が少しだけ疼いたような気がした。


 愛している……か。


 なんなんだろう、この温かな気持ちは?


 今まで退屈だとか凡庸だとか面白みがないだとか、散々に言ってきた母だったけれど、面と向かって誰かに『愛している』だなんて恥ずかしいことを平然と言って紅茶をすする母の姿が、とても堂々としてカッコよく見えた。


 これは愛がなんたるかを知っている人の佇まいだ。


 そして、愛なんて何もわからない私みたいなヒヨっ子の人間が、すぐに愛を馬鹿にしたり恥ずかしがったり疑ったりするのだ。


 ……敵わないな、お母さんには。


 やっぱりミスコン準グランプリは伊達じゃない。


 私の抱え込んだものなんてとっくに全部御見通しだったんだ。


 「……ねえ、お母さん?」


 私は今までずっと聞きたかったことを思い切って母に聞いてみた。


 「お母さんはどうしてお父さんと結婚したの?」


 「それは……ヒ・ミ・チュ」


 母は語尾にハートマークがつきそうな勢いでワザとにぶりっ子ぶって言った。


 「何よそれ」


 「可愛いでしょ?」


 「可愛くない」


 「可愛くなくてもなんでも、それは永遠に秘密なの。だってお父さんとお母さん、二人だけの秘密にしようねってその時に誓い合ったの。この誓いの中にそれが大事にしまわれている限り、私と彼とは永遠につながっているのよ。大家さんとその奥様とはまた違った愛の交わり方ね。その強さと深さだって負けないわ。だから幾ら若いツバメに言い寄られても、お母さんはお父さん以外の男の人には興味がないから安心して」


「聞いた私が馬鹿だった」


 私のせっかくの感傷的な気持ちは、いつもの母の調子にあっさりと削がれてしまった。


 「そうだ、あなたに紹介してあげようか、スーパーのマネージャーくん?付き合うことはできないけど、娘婿としては大歓迎よ。顔もいいし、背も高いし、少し情熱的に過ぎるとは言え性格だっていいし、大手チェーンのスーパーの幹部候補だから将来だってそれなりに嘱望できる。あの子なら私、大事な大事な愛する娘を差し出してもいいわ。まかせておいて、男女の仲を取り持つのは昔から得意なの。大学時代、私がキューピット役になったカップルが何人いたことか」


 「……考えとく」


 私は諦めのこもった大きなため息を吐いた。


 やっぱり母には敵わないみたいだ。


 ……ふと、もう一度。


 十歳の時の美容室での出来事を思い出した。


 勝ち誇った顔をしたシンデレラと青ざめていた魔女。


 あの頃はきっと、母の方がよくこんなふうにため息を吐いていたんだろうな。


 

 帰り際に母はもう一つだけ私を驚かせた。


 外まで見送りに出た時、そういえば本当に何を足にしてここまで来たのかと聞いたら、母はおもむろに財布から車の運転免許証を出して私に見せた。


 「え、免許取ったの?……いつの間に」


 「いつの間にか、よ」


 ふふん、と妙に誇らしげな母。


 「若いツバメとのデート用?」


 「そうよ。お遊び程度なら相手をしてやらないでもないから、あれで通ってやろうと思ってるの」


 そう言って母はアパートの敷地内に来客用にと二台分だけ設けられた駐車スペースの、ちょうど真ん中を占拠して停められた白いセダンを指さした。


 「あれお父さんのじゃない。会社は何で行ってるの?」


 「もちろん、私が送り迎えをしてあげてるの。毎日ドライブができて楽しいねってお父さん言ってくれるわ」


 「マニュアルでしょ?大丈夫なの?」


 「大丈夫。とりあえず、お母さんもお父さんも元気に生きてるわ」


 「お父さんには災難ね……」


 まるで車の展示場かというくらいに絶妙な角度で曲がってこちらを向いている車に、私は助手席に乗らずとも母の運転の腕前を計ることができた。


 「たまには顔を出しなさいね。そんなお父さん、すごく寂しがってるから」


 「そうだね、手遅れになる前に」


 そして、母は颯爽と車に乗り込み、気の抜けたクラクションを一つ鳴らして相変わらず弱まることのない雨の中を走り去って行った。


 私はギアチェンジの度に過分にふかされるエンジンの音に、大げさに曇天を仰いで懇願した。


 どうか家族に何事もありませんようにと神様にお願いするのは、なにも母親だけじゃないんだ。

 


               ***

 


 さてさて、今日は予期せぬ来客が続いた。


 色々と夕方までにやってしまいたいことがあったのだけれど、まあ、仕方がない。


 それでも一応、目につくところの掃除と片づけをし、新しい紅茶とお茶請けのお菓子の準備をし、ざっとシャワーを浴び、簡単なお化粧をし、何着か鏡の前で服を合わせてニッコリとポーズを決めてようやく落ち着き、ふと時計を見やると、約束の時間がもうすぐそこまで迫っていた。


 別に恋人だとか意中の人だとかいうわけではなかったのに、男の人を部屋に招くと考えただけで、こんなにもやらなければいけないことがあるだなんて思いもしなかった。


 おかげで私も一応女なんだなと改めて気づかされてしまった。

 

 そう、これから私の部屋に男性がやってくる。


 弟でも男前の従姉でも若葉マークをつけた母親でもなく、男の色香と哀愁を漂わせた正真正銘の素敵な男性だ。

 

 思い返せば、あの時の私の行動は本当に大胆なものだった。


 自分からあんなふうに連絡先を渡し、そのうえ部屋を訪ねてくれだなんて、とても自分がしたこととは思えない。


 これまで乏しいとはいえ幾ばくかの男性経験はあったけれど、それでもこんなふうに私の方から男の人へグイグイと攻め込んで行ったことはなかった。

 

 あの時は何を考える間もなく体と口が勝手に動いた。


 確かに怪しい人ではなかった。


 少し自分の世界に入り込みすぎて周りが見えなくなってしまうような傾向はあるし、一筋縄ではいかなそうな翳りが体全体に張り付いていた。


 それにやっぱり会話をする中で最後まで違和感のようなものは拭い去れはしなかった。


 それにも関わらず、私の不快感や警戒心が反応することはなく、私はあの人をすんなりと無害な人だと受け入れてしまった。

 

 普段の私なら……というよりもごくごく一般的に言うならば、見ず知らずの人に何の躊躇いなく自分の携帯電話の番号を教えたり住んでいるところを教えたりする人はあまりいないと思う。


 詐欺師や強盗犯がさもさも詐欺や強盗をする人のような容姿をして歩いているわけもなく、大体、悪いことをする人は見るからに害のない好人物を装うものだ。


 常日頃から一般論と常識と凡庸の枠からはみ出すことなく生きている私がそんな当たり前の警戒を怠ることはない。

 

 だけど、あの人からは何か感じるものがあった。


 恋愛感情とも異性としての意識とも違うし、親近感とも興味本位とも第六感とも違う……まだ私が知らない種類の特別な感情が、あの時の私を突き動かした。


 この人のために、この人ならば、この人だから……。


 どんな理由も言葉も当てはまらない、ただ、そうするべきだと私は思ったのだ。


 そして彼の方でも私と同じような特別なフィーリングを感じてくれたのか、それとも単に女性に恥をかかせまいとする律義な人だったのか、昨日、電話がきた。


「明日の午後三時、お宅にお伺いしてもよろしいですか?」と。


 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴った。約束の時間より少しだけ早かったけれど、きっと遅刻をしないようにと早めに家を出た律義な人なのだ。


 私はもう一度鏡の前でおかしなところがないか全身をチェックして玄関に向かった。母の忠告なんて忘れ、相も変わらずインターホンを使うなどという概念は、私の世界には存在していなかった。


 「あ、どうもぉ、お休みのところ申し訳ございません」


 ドアを開けると、帽子を目深に被った青い作業着姿の、見るからに害のない好人物のような笑みをたたえた男性が雨の匂いを漂わせて立っていた。


 すっかりあの人だと思い込んでいた私は少し面喰い、一瞬言葉につまった。


 「わたくし、こういうものでございます」


 そう言って男性は更に笑顔を大きくしながら私に一枚名刺を差し出した。


 『社団法人・電気機器計器異常電波調査協会・危機管理員 霧崎圭きりさきけい

 という黙読してもかんでしまいそうなややこしい肩書がそこには書かれていた。


 「それで、電気機器……の人が何かご用でしょうか?」


 と私は聞いた。


 「はい、他でもありません、当協会、つまり電気機器計器異常電波調査協会はその名の通り、工場の機械や大型施設の空調設備、果てはご家庭のお台所の片隅に置かれた小さなオーブントースターに至るまで、電気機器や計器の類、ようするに電気をエネルギーとして消費しながら人々の生活を豊かにする活動をする全ての製品から放出される電磁波および電波の値を調査させていただいている総務省管轄の公益法人団体なのです。このご時世、携帯電話やインターネットの普及で十数年前と比べて辺りを飛び交う電波の量が爆発的と言ってもいい程に増加しました。もちろん、電波は厄介なことに目に見える物ではあませんので、誰しもがその実感を抱いておられないとは思うのですが、こうやって私たちが話している間にも電波は我々の上に雨あられのごとく降り注ぎ、この身体を貫き続けているのです。そしてその大半は無害なものであり、我々生物とは至極良好な関係を築いているといえるのですが、稀にへそ曲がりな輩がいるものでして、そいつらがどうにも知らず知らずのうちに人体に著しい危害を及ぼしたと思われる事例が年に数千件という単位で報告されています。いわゆる『サイレント・キラー』と呼ばれるものの中の一つなのです。人間の社会と同様に電波や電磁波の世界にも、アウトローを気取って反社会的な行為を繰り返す不貞者がいるものです。言ってみれば我々はそれらの悪党を取り締まる警察官的な存在であり、見つけ出したそれらを厳正に処罰する刑の執行官的な存在でもあるのです。……ここまではおわかりになりましたよね?当協会、つまり電気機器計器異常電波調査協会は毎日二十四時間体制で各市町村を地道に回り、異常な電磁波がないか?有害な電波はないか?そうやって特殊な測定機械を用いて巡り歩き、一度異常を発見したならば、見つけたそばから修理なり撤去なりの処理を施します。つまりこのように異常電波・電磁波の発生源と思われるお宅を訪ね、事情をご説明し、家主の許可の次第で相応な対処させていただいております。故意にそのような異常電波・電磁波の類を操って悪事を働こうとする人間に出くわすこともありますが、大半は何も知らない普通の市民たちです。何もわからないうちに先ほど申し上げました悪人鬼畜共に利用されているというケース、純粋な製品不良というケース、殆どの場合はこのどちらかに大きく分類されるのです。もちろん、我々のことを怪しい奴だと言って門前払いを受けることもしばしばですし、わたくし自身、警察を呼ばれたことも一度や二度ではありません。機械が何も反応を示さず、ただただ歩き続けるだけで一週間が過ぎてしまうという時も珍しくはありませんが、それはそれで誰も電波・電磁波に犯されることなく世界は平和に回っているのだという証拠でありますので、我々としても嬉しいことなのです。そう、いつかは我々のような団体がなくてもよくなるような世界にすることが我々の理想です。まあ、妻も子もおりますので職を失ってしまうのはさすがに困ってしまいますから、その時に備えてわたくし、通信教育でせっせと資格を取得しようと日々勉強に励んでおります、ハハハハハ」

 

 何がそんなに面白いのか、というよりもこの男は何をつらつらと喋っているのか、私には一つも理解ができなかった。


 電波?電磁波?通信教育?


 つかえることもなく滑らかに口から溢れ出る言葉の羅列がまるで呪詛のように鼓膜を揺らし、私の頭はひどく混乱した。

 

 多分、そんなふうに混乱させて正常な思考力を麻痺させるのがこの男の手口だったのだろう。


 ぐいぐいと言い寄ってきながら男が玄関の中にまで入り込んでくるのを私は拒むことができなかった。


 「それでですね、いいですか、落ち着いて聞いて下さい」


 男の口調は熱を帯び始め、興奮の高まりからか鼻息もとても荒くなった。


 「このアパートの周辺を調査して前を歩いていたら、ほら、見て下さい、ね?この計器が正常ならざる電波なり電磁波なりを検知する装置なんですけど、ちゃんと見て下さい、ほら、針が振れているでしょ?ほら、ゆっくりとではありますが確かに大きく、一定のペースで振れているでしょう、ほら、もっとよく見て下さい、そうです、その調子です、そうやって目で追って下さい。そしてほら、ここのランプの色が赤くなっているでしょ?異常がなければ本来ランプの色は緑なんです。いいですか?緑なんですよ?それが今はこの通り真っ赤に光っています。本当にどこからどう見ても、誰が何と言おうとも、老若男女、古今東西、万国共通これは赤です。赤は血の色です。赤は危険な色です。信号だって青は進めだし、赤は止まれです。何故止まれなのか?それは危険だからです。いいですか?ほら、このランプは赤です。ようするに危険なのです。それでは一体何が危険なのでしょう?この赤いランプはどんな危険を示しているのでしょう?そうですこれは、あなたの……」


 「多分、あなたの身の危険を示しているのでしょう」

 

 男の背後から誰かがそう言った。その渋みのある優しい声が、私の意識を肌触りの良い毛布のように静かに温かく包み込み……それからは……よく覚えていない。




  ◇◆◇



  気がつくと私は白い世界の中にいる。


 見上げる空、見下ろす地面、広がる景色……。


 とにかく目に写る全てのものが白い。


 おそらくどこまで歩いて行ってみたところで、やっぱり世界は白いままなのだろう。


 私にはそれがわかる。


 なにせ、ここに来るのはこれで二度目だった。


 この世界に果てなんて存在しないということを、私はこの前ここに来た時に身を持って確認していた。

 

 相も変わらず目の前には杭がある。


 私が三人がかりで両手をいっぱいに広げて抱いたとしても決して届かないであろう太さを持った木の杭だ。


 そしてもちろん縄がある。


 杭と私とはやっぱり長い縄の端と端とで繋がっている。


 それがこの世界の象徴であり唯一の秩序なのだ。


 あの時と何も変わってはいない。

 

 ……いや、そうじゃない。


 何かが決定的に変わっている気がする。


 世界の白さがより純度を増しているかもしれない。

 

 前よりも杭の存在感が強くなっているかもしれないし、繋がれた縄の結び目の固さが昔よりもきつくなっているかもしれない。


 ……違う、そうじゃない……もっと明確な違いがあるはずだ。


 ……赤は危険です……赤は血の色です……


 そうだ、声だ、声がする。


 今度の白い世界は決して静寂に包まれた厳かな空間などではなく、どこからか、誰の物ともしれない声が、少しずつボリュームを上げながら、間断なく空間の中に響いている。


 ……赤は危険です……赤は血の色です


 ……あなたの血です……あなたの血は危険です……


 とても冷たい声だ。

 

 優しく語りかけるわけでも、激しく怒鳴り散らすでもない、メトロノームのように規則的で無感情な冷たく平坦な声だ。


 まるで私の心や体の最深部を目指して、一定のリズムを取りつつゆっくりと掘り進んで来るかのように感じる。


 ……赤は危険です……赤は血の色です


 ……あなたの血です……あなたの血は危険です……



 やめて……そんなこと言わないで



 ……赤は危険です……赤は血の色です


 ……あなたの血です……あなたの血は危険です……



 やめてよ……私の中に入って来ないで



 ……赤は危険です……赤は血の色です


 ……あなたの血です……あなたの血は危険です……

 


 声のボリュームはどんどん上がって行く。


 私は堪え切れなくなって両手で耳を塞いで目を瞑り、その場にしゃがみ込む。


 危険だなんて言わないで。


 私の血は……私の体に流れる血は……お父さんとお母さんがたくさんの愛情と一緒に私へと注ぎ込んでくれた立派な愛の結晶なんだ。


 両親とも弟とも従姉とも私は確かに繋がっている……大事なたくさんの人達と私とをこの血は繋げてくれている。


 そんな血を、なんであなたは危険だなんて言うの?


 なんでそれを拒ませようとするの?


 ……赤は危険です……赤は血の色です


 ……あなたの血です……あなたの血は危険です……


 

 冷たい声に呼応するかのように手首の傷跡が内側から脈打つ。


 耳を抑える左手の手首が熱を持ち始める。


 ちょうどそこが押し付けられた頬の辺りが焼けつくように熱くなる。


 私は反射的に手を避け、目を開けてその古傷を見やると、それを待っていたかのように塞がっていたはずの傷口が裂けて、血が溢れ出す。


 追い立てられるように次から次に真っ赤な血は白い地面へと流れ落ち、あっという間に血だまりが広がっていく。


 やめて……止まって……お願いだから


 ……なんで……なんでこんなことになっちゃったの


 ……だめ


 ……止まって……


 右の手で傷口を必死で抑えながらする、私の切なる願いをあざ笑うかのように、血は流れ出るほどに早さを増して、白い世界を赤く染めていく。


 そして、血を流し過ぎたためだろう、意識は段々と薄らいでいき、私は遂に地面の上に倒れ込んだ。


 自分の無力さに絶望し、為す術もなく自分の血だまりに溺れる。


 なんとかしようにも体はまぶた一つ開けられないくらいに全く言うことを聞いてくれない。


 助けを呼ぼうにも誰もいない。


 なんで……ようやく


 ……ようやく私が


 ……なんで……


 

 ……赤は危険です……赤は血の色です


 ……あなたの血です……あなたの血は危険です……



 もはや、その声すらも遥か遠くに聞こえる。


 ……私には結局何もできなかった。


 血を止めることも、自分の弱さを振り切ることも、誰かの愛にキチンと応えてあげることも……。


 

 突然、ふわりと体が持ち上がる感覚がある。


 そうか、きっと私は死んでしまったんだ。


 このまま天使に抱えられながら天国まで行くのだろう。


 どうだろう?


 天国はやっぱり日当たりが良いのだろうか?


 天国でも私を待ち受けるのはやっぱり退屈と凡庸なのだろうか?


 まあ、それならそれでもいいや。


 でも天国ではもう少し私は真っ直ぐに生きていきたいな。

 

 五歳の時の私みたいに、十歳の時の私みたいに、真っ直ぐに……。

 

 手首の傷口に、熱とは違う温もりのようなものが触れる。


 きっと私を不憫に思った優しい天使が撫でてくれているんだろう。


 ああ、本当に温かい。


 ……ありがとう……。

 

 


 ◇◆◇

 

 目を覚ますと、私は自分のベッドの上で眠っていた。


 毛布で全身をすっぽり包んでいると寝ぼけた頭で思い込んでいたけれど、ゆっくりと意識が覚醒してくると、薄いタオルケットをお腹のところにかけているだけなのに気がついた。


 そりゃそうだ、残暑はまだまだ厳しい。


 毛布なんてクローゼットの奥の奥だ。


 ……あくびをしながらポリポリと頭を掻いて一つ体を大きく伸ばした。


 いつの間に私は寝てしまったんだ?


 えっと……朝からずっと強い雨が降っていた。


 午前中に大家さんの息子さんがアパートの取り壊しについて頭を下げに来た。


 お昼にお母さんが芸術的な角度で車を駐車した。


 夕方近くに見るからに害のない男が訪ねてきて電波だか電磁波だか赤信号だかの話をして……。


 そこで私はハッとして反射的に自分の体を素早くまさぐった。


 そして少しだけ頭が重たいような気もするけれど、とりあえず痛いところも服の乱れもなかったのでホッと息を吐いた。


 ……あれは……なんだったんだろう……夢?


 ……確かに何やら夢を見たような気もする。


 でも頭がボンヤリとし過ぎてうまく思い出すことができない。


 「あ」


 そして私は再びハッと思うところがあって、枕元に置かれた、生まれてこのかた殆どその目覚ましの機能を発揮したことのない目覚まし時計の時間を確認して、慌ててベッドから飛び起き、この寝室とリビングを隔てる戸を勢いよく開けた。

 

 


 あの人が西向きの窓の前に立って雨の降りしきる世界を見つめていた。


 そして、こちらを向き「……やあ、気分はどうですか?」と言って、私がこれまでの二十二年の人生の中で見たことも聞いたこともないような魅惑的な微笑みを浮かべた。


 「わたし……わたし……」


 私の身に一体なにが起きたのでしょうか?と聞きたかったのだけれど、口と喉の筋肉がまったく動いてくれなかった。


 まだ意識が完全に目を覚ましていないようだった。


 「まだ完全に覚醒しきっていないのでしょう」


 と素敵な紳士は私の心を見透かしたように言った。


 「まだ横になっていた方がいい」


 そして彼は私の肩をそっと触って優しくベッドへとエスコートして寝かせてくれた。


 その肩に触れた手にもタオルケットをかける仕草にも厭らしさは一つもなかった。


 「わたし……は……」


 「連続強盗・強姦魔だったそうです」


 紳士は私のとても冷え切った手を温めるように握りながら、私の知りたかったことを静かに一言一句、丁寧に説明してくれた。

 

 去年の暮くらいから全国各地でとある事件が頻発していた。


 独り暮らしの女性宅に青い作業着を着こんだ男が侵入し、住人の女性に暴行を加えたうえに現金や金品を奪って逃げていくという悪質な強盗・強姦事件だ。場所も時間帯も襲われた女性たちの年齢も職業も全てまちまちではあったのだけれど、青い作業着姿というところと証拠をまるで残さないところ、そして押し入るために使った手口は全ての事件で一貫していた。


 男は刃物も拳銃も使わなかった。


 腕力に物をいわせて縛り上げるわけでもドスの効いた言葉で脅すこともしなかった。


 男はただ催眠術を使った。


 内容はその度色々と変えていたみたいだったけれど、訳のわからない長い言葉を呪文のように間断なく口にしながら精神を追い込み、何かメトロノームのような道具を目で追わせて女性の意識を深い催眠状態に陥らせたまま性行為に及び、最後に眠らせてから金品を奪って立ち去る……それが男のやり口だった。


 その手口や見た目の特徴から、警察は容疑者を以前同様の事件を起こして逮捕され、実刑判決を受けて何年間か刑務所に服役していた中年の男と断定した。


 数年前に出所し、真面目に更生したかと思われていたが、性癖というところまでは改善できなかったようで、大半の性犯罪者がなぞる傾向の通り、再び犯行に及んでいたということだった。

 

 男はとても用心深かった。


 全国を転々と渡り歩き、独身で自立した女性が好みそうな小奇麗なアパートなりマンションなりを見つけ、入念に時間をかけてリサーチした。


 まずは人の流れをチェックし、目ぼしい女性が住んでいるかどうかを確認するのだけれど、何を置いてもこのターゲットの女性を絞り込むという作業に男は神経を使った。


 何よりもこれが犯行を及ぶためには一番肝心なところだった。


 容姿に好みらしい好みがあるわけではない。


 然るべき欲求を満たしてくれさえすれば、痩せていても太っていても若くてもそれほど若くなくても構わなかった。


 男が唯一こだわり続け、そして一番懸念を抱いていたもの……それは催眠術にかかり易いかどうかということだった。


 同じ轍を踏まないという言葉もあるけれど、催眠術がうまくかからなかった女性に逆に取り押さえられて警察に通報され、現行犯逮捕された経験を存分に加味したところからくる慎重さだった。


 「何をどのようにしてそんなことを見分けるのかはわかりませんが、とにかく、あなたは人知れず男に目を付けられていたいようです」


 「……単純そうだから……?」


 「素直な心の持ち主だから」


 紳士は柔らかめな表現に訂正してくれた。


 「深い催眠状態に陥った女性達の記憶は曖昧です。中にはまったく自分が暴行の被害にあったということを覚えていないような人もいたそうです。おかげで幾つもの共通点や回りくどい手口にも犯人を逮捕することはできず、被害者は後を絶ちませんでした。男が凶器として催眠術を使ったのも、それにかかり易そうな女性を周到に選んでいたのも、おそらくそういったねらいがあたったのだと思います」


 「ひどい……」


 「ええ、まったくです。それに素人のかける中途半端な催眠術というものは随分と厄介なもののようです。熟練したプロの方ならば、かけた催眠術の中にきちんとそれを解除するプログラムを一緒に組み込んでいるので催眠状態からの回復は早いのですが、生半可な知識しか持たない者は大概その回復のところまでは気が回らない……あるいはそこまでも男は計算に入れていたのかもしれませんが、とにかく、それが今のあなたのような著しい精神の昏憊こんぱい状態を招くのだそうです。今あなたの精神は頑張って意識の回復に努めています。不当に奪い去られたものを必死で取り返そうとしています。人間の精神というモノは本当に自己治癒能力に優れた強いものです。ちょっとやそっとのことでは崩壊などしません。いっそ全てが崩れ去り、破綻してしまった方が楽になるような辛いことも人間、生きているうちにたくさん起こることでしょう。しかし、それでも私たちは生きていかなくてはなりません。心はどんなことがあっても諦めることはありません。諦めてしまうのはいつでもその心を抱える私たち自身の方なのです」


 「……お詳しいんですね」


 「精神医学に詳しい警察官が教えてくれたのです。私が通報した時に駆け付けた、この事件をずっと追いかけているという刑事さんの一人です。立場上、私も色々と事情を尋ねられたのですが、その際に話に華が咲きましてね、実は今私が犯人について語ったことは、全てその刑事さんが教えてくれたことなのです」


 「警察の人がよくそこまで……」


 「こう見えて私、愛想の良さにはそれなりに自信があるのです」


 と紳士はニッコリと愛想の良い笑みを浮かべた。


 こんな笑みを向けられたら聞かれたことも聞かれもしないことも思わず喋ってしまいそうだった。

 

 私は紳士が止めるのも聞かずに体をベッドから起こした。


 まだ少し頭も体も重たかったけれど、それでもせっかく訪ねて来てくれた彼のために、このまま寝ているわけにもいかなかった。そして私はベッドを降りて姿勢を正し、深々と頭を下げた。


 「すっかりお礼が遅くなってしまいましたが、助けて下さって本当にありがとうございました」


 「いえ、頭を上げて下さい。あんな状況に居合わせたのなら私でなくとも同じようなことをしたでしょう。それに、こんな私などでも誰かを救えるのだとわかって感慨深く感じているのです。……それは少し不謹慎でしたかね、失礼しました」

 

 そう言って冗談っぽく笑う紳士の目を私はジッと見つめた。


 やっぱり、どれだけ楽しげに笑ってみても、その深く黒い瞳にだけはどんな感情も含まれてはいなかった。精気が宿っていないというか、そこだけがどこか別のところから拵えられてきた作り物ででもあるかのように冷たかった。


 ……こんな私などでも、か。


 「とにかくあまり無理をしないで下さい。病院に行くほどではないそうですが、それでも安静にして寝ているに越したことはないですから」


 「大丈夫です。あなたのお話を聞いている間に少し気分が良くなったようです。それにせっかく私の方から招いておいてこれでは」


 そう言ってはみたものの、思うように膝に力が入らずにその場でよろめいてしまい、結局、彼に腕を取って支えてもらわなくてはならなかった。


 「私に構わず横になっていて下さい。それに、もうそろそろ行かなくてはなりません。これから飛行機に乗って帰らなくてはいけないのです。その前に少し立ち寄らせてもらおうと思って昨日電話をさせていただいたのです。……それに見たかったものはもう充分、見させていただきました。ここから眺める景色は例え雨降りでも、例え二十五年という長い時間が経ったとしても変わらずに素晴らしいですね」


 「二十五年?」


 彼は私をベッドの端に座らせ、自分は床に膝をついた。そんなふうに目線を合わせながら、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような口調で彼は語り始めた。


 「昔、私はこの部屋で大事なものを失いました。それまで訝りながらもどうにか信じて保ち続けてきた大事な大事なものをです。私はその喪失によってできた穴に別の物を詰め込みました。それは空白です。空白をひたすらそこに詰め込みながらこの二十五年を生きてきました。そんなもの幾ら詰め込んでみたところで何かが満たされるわけもありませんでしたが、私には止めることできませんでした。何かで埋めていなければ不安でした。放っておけば喪失感はどんどん拡がっていき、やがて私自身を完全に飲み込んでしまうのではないかと恐れていました。一方で空白以外の他の何かで埋めることにもまた只ならぬ恐れを抱いていました。どうせまた失ってしまうことになるのだ、何かを手にしたと思っても、どうせそれはすぐに私の手からこぼれ落ちて消えてしまうのだという恐怖です。……もちろん、このままではいけないと何度も自分に言い聞かせました。こんな中身のない抜け殻のような日々ばかり送っていてはいけない、と。しかし、前に踏み出そうと勇気を振り絞るその度、中身を入れてもまた失うだけだという囁き声がどこからともなく聞こえてきて、その一歩踏み出す足を引っ込めさせてしまうのです。……無理もありません、なにせ、私は生まれながらにたくさんのものを失い続けてきました。生きれば生きるほどに目に見える物も見えないモノも、とにかくありとあらゆるものが次々と失われていくのです。私の愛した人も皆、私の前からいなくなっていきました。周りには誰一人として残っていません。どうしてなのでしょう?私はひたすら真面目に、ただ真っ当に生きていたいだけだというのに、どうして気がつけばその流れに逆らうような生き方ばかりしているのでしょう?別に贅沢なことは言いません、普通でいいのです。とにかく私は普通に愛する家族が傍にいて、普通に信頼の置ける友がいて、どんなにささやかなものであったとしても、ただ普通に心が安らげる場所が一つあればいいのです。そんなごくごく普通の幸せ、本当に他愛もない当たり前の生活を私は長らく求めていました。それにも関わらず……なかなか難しいものなのですね。簡単そうに見えて、あるいはそのように普通に生きるということ自体、贅沢な願い事だったのかもしれませんね」

 

 この人も一緒なのだと私は思った。


 私と一緒で、この紳士も自分の中にある背反性と激しい戦いを繰り広げてきたのだ。


 いや、多分、私なんかよりももっと根深くて、もっと凄惨な運命に翻弄され続けてきた挙句に生じた背反性だ。


 喪失感を埋めたいけれど埋めるのが怖い、普通に生きたいのに生きられない、失いたくはないのに失っていく……事実は小説より奇なりなんて言葉があるけれど、この人はきっと実際に、想像力が豊かな誰かの頭の中で考えられたフィクションの世界の出来事のような情け容赦ない過酷な現実を、ボロボロになりながらもなんとか今まで生きてきたに違いない。


 それで彼を包む底の知れない翳りと無機質な瞳を持っていることに合点がいった。


 その翳りのヴェールの下に隠された素肌にはどれだけの傷がついているのか、その瞳が精気を失ってしまうほどの何を見てきたのか、考えただけでもゾッとしてしまう。

 

 私は、例えそれが強がりからきたものだったとはいえ、普通の人生を退屈だとかつまらないだとか言って蔑んでいた自分が恥ずかしくなった。


 そんな生活を当たり前に送れない人々がいることなんて今まで考えたこともなかった。


 そして、ただ一度だけ無理をして倒れ、暗示的な夢を見たからと言って何事にも臆病になってしまった自分が心から情けなかった。


 何が杭だ、何が縄だ。


 あれは所詮夢の話、なんの暗示も隠されたメッセージもないただの白い夢。


 私と杭を繋ぐ縄なんて最初からなかった。


 ただ私は自分で自分を勝手にがんじがらめに縛り付けて勝手に動けなくしてしまった。


 聞こえるはずもない血の咆哮に怯えて足をすくませ、ずっと同じ場所で固まっていただけじゃないか。


 「……ありがとう、私のために泣いてくれているのですね?」

 

 そう言われてはじめて、私は自分が涙を流していることに気がついた。そして彼は私の左手を取ってその手首についた古い傷跡を、そっと手の平でなぞった。


 まるで天使の羽で撫でられてでもいるかのように、とても柔らかくて温かな感触だった。


 ……いつの間に私はブレスレットをはずしたんだっけ?


 「だけど、もう大丈夫です」


 彼は言った。


 「私の求めてきたものはずっと近くにありました。ずっと私の傍で私を見守り、私にありったけの愛を注いでくれていました。私は長く、本当に長くそのことに気がつきませんでした。おかげでだいぶ遠回りをし、色々な人を不要に傷つけ、そして存分に私自身も傷ついてきましたが……でも、大丈夫。私はもう大丈夫。……あなたが探し求めるものも、あるいはもうすぐ傍にあるのかもしれません。だから大丈夫です。あなたのレイニー・デイズも……きっと……」

 

 レイニー・デイズ……。


 まるで屋根から落ちる雨垂れのように、一度流れ出したら後はもう涙が止まらなかった。


 ジュースの缶に付いた水滴でも、都合のいい救いを乞うために零した涙でもなく、正真正銘、彼のために、誰かのために、何よりも自分のために流した温かな涙だった。


 その温もりに触れるもの全てを潤して導いてくれる、世界だって変えてしまえるかもしれない力を持った神聖なる慈愛の涙だ。


 

 ……そして実際に世界は大きく容貌を変えた。



 その時、私の流した涙の粒が何かを反射させてキラリと赤く煌めいた。


 私がハッとして居間の方を見やると、彼も私の目線を追って背後を振り返った。

 

 そして私たちは申し合わせたように同時に息を飲んだ。

 

 

 ≪部屋が紅色に染まっていた≫


 家具も家電も床も壁も、そこにあるあらゆるものが真紅に輝いていた。


 それはまるで部屋中が燃え立っているかのようにも見えた。


 だけど、そこに何かを焼きつかせようとする炎のような攻撃的な意志は微塵も感じられない。


 それはむしろ、深い暗闇の中を不安げに歩く旅人の進むべき道を明るく指し示してくれる灯りのような、温もりと安らぎに満ち満ちた柔らかな輝きだった。

 

 私は意を決して立ち上がってみたけれど、それまでの頭と体のだるさなんて嘘みたいに力強く床を踏みしめることができた。


 そして私は彼の手を取り、何も言わずに窓辺へと向かった。


 例の西向きの大きな窓だ。


 彼は全く抗いもしなければ戸惑っている様子もなく、ただ黙って私が手を引いて導くままに付き従った。

 

 私たちは窓辺に並んで立ちながら外を眺めた。止めどなく降り続いていた激しい雨はいつの間にか上がり、今は圧倒的なまでに大きな夕日が街中を、そして世界を赤く照らしていた。


 道行く人、行き交う車、木々、草花、アパート、生きとし生ける物、彷徨える死者の魂、未来、過去、記憶、血……。


 そして私の心の中にも、おそらく彼の運命の上にも、美しき紅色の光線は平等に降り注いでいた。

 

 そっと彼の横顔を覗き見ると、何やら想いを巡らせているようだった。


 何を考えているのだろう?


 いや、もしかしたら私と同じように、何も考えていないのかもしれない。


 そう、だってもう恐れるものも、疑うものも、縛り付けてきたものも、この優しい紅の輝きを前に、にべもなく溶けてしまったのだから……。


 

 ……雨、止みましたね



 ……ええ、ようやく

 

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