第3話

 時刻は15時ちょうど。

 ツカサはA国に本社を構える<アリズミー>が所有する研究施設の前に立っていた。研究施設は街から離れており、周囲には自然を感じられた。海が近いのか、かすかに磯の香りが漂ってくる。

<アリズミー>はインプラント用ナノマシン設計用ツールの開発を主な事業とする企業である。ツカサの体内を流れる社会インプラントも製造元は<アリズミー>ではないが、それを設計するためのツールを開発しているのは、この<アリズミー>である。実際、インプラント・メーカーは幾つか存在するが、その9割が<アリズミー>製の設計ツールを用いているという。この企業なくしてインプラントなし、と言われる程度のシェアを持っている。

 事前にある程度の情報を調べてきたツカサ。彼が訪れている施設は次世代型インターフェイスの研究開発を行っているという。中でも有名なものは、量子計算モデルをシミュレートする擬似量子演算装置S Q P Uである。<アリズミー>ではハードウェアの開発に留まらず、回路設計用ツールの開発も進めているという。

 研究施設へ入るため、ツカサは受付へと立ち寄った。

「ようこそ、アリズミー先端研究所へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 ナノマシンがA国の言葉を識別した。それは直ちにツカサの母国語へと変換し、ツカサの聴覚へそのように合成した音声を刺激する。

「天野シグレ、という研究に呼ばれてきました」ツカサはいうと、シグレから送付された紹介状を受付の人へ見せた。

 彼女は少し不思議そうな表情を浮かべたが、しばらくしてツカサの入所を認めた。「研究室E-607へお向かい下さい。なお、研究所内は機密保持のため政府間ネットワークへのアクセスはできません。翻訳ツールが必要でしたら、あらかじめインストールされてから入所されるようお願い申し上げます」

 ツカサは研究所内の案内板を受け取った。床が白いリノニウムでできた長い廊下を進んだ。途中、幾人かの研究者や技術者とすれ違った。白衣を着ている者も居れば、カジュアルな服装をした者も居た。ツカサはひと目で東洋人とわかる自分は目立つと思っていたが、彼の予想は外れていた。ここは各国から選りすぐりの研究者が集まる<アリズミー>の研究施設である。当然、東洋人の研究者も居れば、企業の取引の人や、一見して学生の姿まである。政府間ネットワークから遮断されることを容認してしまえば、この研究施設はツカサの思っている以上に開けた空間であることが分かった。勿論、部外者が一切入れない施設も存在するが、各研修者の個室までであればツカサが心配している程厳重な警備はなされていないようであった。

 ツカサは突き当たりのエレベータへ乗り込むと一気に6階へと上がった。降りる際、生体認証を求められた。登録されていない人が機密エリアへ入ることを阻止するための措置である。彼の勤め先でも同様の警備システムは存在する。ツカサはエレベータの保安システムと軽い問答をしたのち、再び白いリノニウムの廊下へと出た。

 指示された研究室はエレベータから部屋を三つほど過ぎたところに存在した。研究室の表札を見たツカサは首を傾げた。その部屋はシグレのものではなかった。表札には”デイヴィッド・ダッチ”と記されていた。ツカサはその名前に見覚えがあった。それはシグレが何度か口にしていた理論物理学者の名であった。量子計算論及び、量子暗号の分野で名の知れた研究者であった。尤も、反技術主義者としても界隈では有名であった。

 ツカサは数回のノックのち、部屋の中からの応答を待ってから中へ入った。部屋は少しばかし狭く感じられた。ドアの近くには応接用のソファとテーブル置かれ、その奥に、デイヴィッドが研究に用いる机、パーティションで仕切られた先には旧式の計算機が置かれていた。壁一面には彼が持ち込んだとされる本棚と、それを埋め尽くす大量の書籍。ツカサはこれほどまでに本が敷き詰められている光景を初めて目にした。電子媒体が主流となっている現代、本を揃える人は絶滅危惧種と言っても過言ではない。

「はじめまして、長谷川ツカサさん。君のことはシグレから聞いているよ」白髪の目立つ長身の男性、デイヴィッドは笑顔でツカサを迎え入れた。

 ツカサはデイヴィッドと握手を交わす際、彼のナノマシンとのアドホック・コネクトを試みたが失敗に終わった。やはり、彼が反技術主義者という噂は本当のようだ。彼はツカサの反応に気が付いたのか、「すまないね。私は君らが云うのところの反技術主義者、という者でね。インプラントは入れてないんだ」と、笑って言った。

「いえ、構いません。あまりこの国の言葉は得意ではありませんが」ツカサがいった。

 両者が社会インプラントを投与している場合、言語を気にせずに会話が行える。しかし、一方が未投入者である場合、社会インプラントに組み込まれた翻訳システムを一方が利用することができない。その場合、多少の配慮が必要になる。結局、インプラントを持たない者は言葉の壁により国際社会から隔離されざるを得ない。

 ツカサはナノマシンの動作補助システムを用いて発する言葉をA国の言葉に合わせた。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。シグレと共同研究をしていたデイヴィッド・ダッチだ」デイヴィッドは笑顔で自己紹介をすると、ツカサにソファを勧めた。

 ツカサは不意に机の上が気になった。それはこの部屋に入った瞬間から感じていた感覚だ。この部屋はやたらに紙が多い。それは机の上に留まらず、床にも散乱していた。幸い、応接スペースは足の踏み場に困らない程度には片付けられていた。

 不思議そうに紙媒体を見るツカサに気がついたデイヴィッドがいった。「やはり、君らの世代には紙媒体は珍しいのかな」

「いえ。使ったことはありませんが、父が好んでいたので」ツカサがいった。

 それを聞いたデイヴィッドはどこか嬉しそうに何度か頷いた。そうか、そうか、と何度も言ってから立ち上がった。そして、床に落ちたペーパーパッドのひとつを拾い上げた。「私は紙というものが好きでね。正確には手で書くという行為が好きなんだ。書くだけじゃない、ページを繰る感覚も私にとっては心地の良い感覚なのだよ」

 シグレも似たようなことを口にしていた。彼女はそれこそ、ツカサたちの世代には珍しく紙媒体を好んでいた。彼女はページを繰る感覚ではなく、紙の香りが好きなのだといっていた。シグレは講義で使うテキストを態々印刷して製本してきたこともあった。シグレ曰く、ネットワーク圏内には印刷所は残っていないが、ネットワーク圏外にはまだ残っているという。彼女は反技術主義者が耐えてしまえば、紙も廃れるだろう、と嘆いていた。

 ツカサは彼女ほど紙媒体への愛着はなかった。紙は時折見かけるからこそ、風情があるのだと感じていた。今もなお、夏場に残る風鈴のような−−そのような懐かしい、という感情が心の何処かに宿る存在であれば良いと考えていた。ところが、シグレの言葉を聞いて悲しくなった。我儘なことは認めるが、たとえ自らが使わなかったとしても、紙が廃れるのはとても哀しいことのように思えた。

 デイヴィッドは紙のひとつを机の上に積まれたペーパーパッドの、その山の上に乗せた。「何より紙は良い。自分が導いた定理に掛けた、コストが明らかになる」彼は何かを思うかの如く、そのようなことを口にした。

「拡張パッドでもデータサイズでわかると思いますが」ツカサがいった。

 拡張パッドは頭で思い描いたことが、イメージとなり描くことができる。腕を使わず、ただじっと考えているだけでノートが取れてしまう。しかし、そのイメージが曖昧なものでは形にはならない。しっかりとしたヴィジョンとなって、ようやく拡張パッドに中身を綴ることができる。

 しかし、デイヴィッドは静かに首を横に振った。「違うよ、長谷川くん。電子データとは曖昧で容易に整理がなされてしまう。消えた電子データの復元は少々骨がいる」

 拡張パッドの欠点は一つ。使用者の死亡と共にデータが失われてしまうこと。その人が外部へデータを残して置かなかった場合、それが復元されることはない。社会インプラント普及以来、死後に発表される作品、というものは減った。その点、紙媒体は作品が途中であろうと、その場に残る。身から切り離した情報は死後も生き続ける。

 デイヴィッドはペーパーパッドの山に自分の手を重ねた。「紙の本当の良さは、己の愚かさを教えてくれるところだ。いかに自分が有能でないか、それは彼らが教えてくれる」

「ダッチ博士はまるで紙を友のように言うのですね」ツカサがいった。

「実際に友だよ。いや、私の分身といった方が正確かもしれない。彼らは私の思考の塊のようなものだからね。私が考えた全てが、この紙の中に含まれている」

 疑うことなく、この部屋に散らばるペーパーパッドのひとつひとつは彼から切り離された情報である。彼が考え、苦悩したその全てがこの部屋の中には残っている。彼だけではない。棚に並べられた本も、誰かが外部へ切り離した情報が受け継がれている証であった。

 デイヴィッドは再び、ツカサの正面へと腰を下ろした。「とはいえ、私は君に紙を強要するつもりはないよ」

「何故ですか?」ツカサは首を傾げた。ツカサであれば、自分の好きなものを相手にも試して欲しいと考える。それは一種の同調原理のようなものだ。他の人が−−特に親しい誰かが、自分と同じ行いをしていると思うと、安心感が生まれる。言い換えると、自分の周りに誰一人同じ行為をしている人が居なければ、疎外感のようなものを感じてしまう。だからツカサは、自分だけが何かをするという状況があまり好きではない。

「テクノロジーの取捨選択というものは個々人が行うべきものだ。押し付けるべきものではない」デイヴィッドがいった。「それに私はもう年寄りだ。私のような者に、君ら若い者へ文化を押し付けることはマナー違反もいいところだ」

 デイビッドが云うには、老人は文化を伝え、継承する義務を持つ。しかし、押し付けてはならない、と。文化を選択する権利を有するのは未来を築く若者である、と。技術もまたその一つである。

 ツカサは彼の考えに納得した。実際、老人がうるさく言う社会はロクなものではない。技術の進歩は阻害され、より良い社会へ躍進する障壁となる。しかし、彼らの全てが害悪なわけではない。その地に根付く文化は誰かが継承せねばならない。それを伝えるのが、長く生きた者の最後の務めだと、彼は思っていた。たとえ、それが若者に受け入れられない者であったとしても。

「ダッチ博士がインプラントを投入しないのも、取捨選択のひとつですか?」ツカサがいった。

「いかにも」デイヴィッドは頷き、続けた。「単純に私が偏屈者なだけかもしれないが、テクノロジーを過信する最近の考えには、あまり同調したくはない。いずれ、人は機械に足元をすくわれてしまうだろうよ」

 デイヴィッドは笑っていたが、現実の問題としてあまり笑えた話ではない。実際、インプラントを調整して感覚器官を動かしている人も少なくない。ある意味、その人たちは既に機械に支配されてしまっているのかもしれない。

「でも、ダッチ博士は現代科学の最先端を行く人のひとりですよね。そんな人が技術に否定的で良いんですか?」

 デイヴィッドは笑って答えた。「長所を知ることは、短所を知ることに等しい。私は最先端を知っているからこそ、少しばかし否定的な姿勢になっている」彼はポケットの中から携帯端末を取り出した。旧時代に使われていたという携帯電話の一種である。以前、同僚のミカが使用しているところ見たことがある。「インプラントは確かに便利だが、私からすれば、これひとつあれば十分だよ」

 コンピュータの登場から携帯端末の普及まで、その進歩は著しいものであった。それは生命の進歩とは比べ物にならない、急速な発展を遂げていた。人が利便性を求める限り、それらが使う物は進歩と続ける。理論的な限界に至るまでは人はその努力を諦めはしないだろう。

「実際、その程度で十分だったのかもしれません」ツカサがいった。「当たり前、という感覚は恐ろしいものです。ないことが悪のように社会は認識してしまう。ですが、あると便利と必要なものは別の物だと僕は思います」

 デイビッドが声を出して笑った。「君と話していると、まるでシグレと話しているようだ」

 ツカサはハッとした。彼の中に眠る、シグレによって植え付けられた社会通念という感覚は外部からも感じられるものだったのだろうか。「やはり、そう感じますか?」

「彼女も中々古風な考えの人だったからね」デイヴィッドがいった。「彼女の場合、古風というよりユニークといった方が正しいですよ」ツカサの言葉にデイヴィッドは再び声を出して笑った。

「まったくだ。君の言う通りだよ、ツカサくん」

 シグレはとても変わっていた。熱心な懐疑的技術主義者の反面、先端技術には非常に興味を示していた。

「前置きはこのくらいにしておいて」デイヴィッドが座り直した。「そろそろ、本題に入ろうか」彼はまっすぐにツカサの目を見た。

「正直、驚いたんじゃないかな。彼女に招待されて、通された先が私の部屋だったなんて」

 ツカサは頷いた。元々、彼はシグレに呼ばれてこの研究施設を訪れた。研究所の招待状も彼女の名で刻印がされていた。

「彼女は今どこに?」ツカサが訪ねた。

「入れ違いになったというべきか、少し事情があって彼女は席を外している」

 ツカサは首を傾げた。彼女は自分から誘って予定をすっぽかすような人ではない。加えて、彼女が不在であるにも関わらず、受付で何も言われなかったことの方が気になる。受付の人はごく自然に、この部屋E-607へ行くようにツカサに告げていた。たとえ、機械に設定されたプログラムであったとしても不在であることぐらいは告げるだろう。更に言えば、受付が通した部屋はシグレの部屋ではなかった。

「僕はシグレから、今日の15時にこの研究所を指定されたのですが」

 もっと腑に落ちない点は、デイヴィッドの挨拶の時であった。はじめ、彼は”共同研究していた”と口にした。現在形ではなく、過去形で言っていた。まるで、彼女とはもう研究をしていないような素振りを見せていた。

「私からは深くを説明することはできない」デイビッドが申し訳なさそうにいった。「私はあくまで君を接待するように、彼女からお願いされているだけだからね」

「つまり、今日はシグレには会えない、ということで良いですか?」

 しかし、デイビッドは首を横に振った。「仮想会議室を用意してある、と彼女が言っていた」

「シグレが? 仮想会議室を?」

 ツカサは耳を疑った。しかし、ナノマシンが記録した会話ログを確認したが、翻訳ミスではないようだ。確かにデイビッドは、シグレが仮想会議室を用意している、と口にしている。ツカサは笑いながらいった。「彼女も僕と同じ、懐疑的技術主義者……いや、もっとあなたに近い、反技術主義者と言っていい程だ。そんな彼女が仮想会議室を指定するわけがない」

 以前、ツカサの都合がつかなくてカフェテリアへ行けない時があった。そのとき、ツカサは仮想会議室の使用を提案したが、彼女はそれを拒否した。あれは機械が見せる紛い物である、と。それから何度か、メッセージのやり取りをすることはあったにせよ、仮想会議室で会うことは一度もなかった。

「人は変わるものだよ、長谷川くん」デイビッドがいった。「確かに数年前の彼女は頑なだったのかもしれない。正直、君の知っている5年前の彼女を私は知らないからね。でも、刻は人を変える。流行の服が変わっていくのと同じようにね。3年という刻は主義主張を変えるには十分な刻だ」

「それは経験則ですか?」ツカサが不満をぶつけた。

「そう受け取ってもらって構わないよ」

 デイビッドはそういうが、何度言われてもツカサには信じられなかった。彼はもう一度、シグレとのメッセージを呼び起こした。彼女と交わした幾つかのやりとり、そのいずれも5年前と変わらないように感じた。

 しかし、メッセージだけでは不十分である。実際の彼女は大きく変わっているのかもしれない。実際、メッセージのやり取りは5年前にもしていたのであるから。やはり、会わなければ、シグレの心境の変化は掴めないと思った。ツカサは顔を上げた「仮想会議室へのリンクはありますか?」

「それなら既に用意されている」

 デイヴィッドは立ち上がると、部屋の奥のパーティションで仕切られた先へと向かった。彼はその奥にある電子端末を操作した。ツカサの耳に馴染みのないキーボードを物理的に叩く音が何度か聞こえた。しばらくして、ツカサの正面に一つのメッセージが表示された。


『所内ネットワークへのアクセスが許可されました』


 デイビッドがツカサの方を向いた。「一時的に君のナノマシンを研究所内のネットワークへ繋げられるようにしておいた」

 ツカサは驚いた。最先端の技術を研究する施設でネットワークへのアクセスを許可するなど、危機管理がなっていないのではないかと思った。「良いのですか?」ツカサは念を押すように尋ねた。

「無論、ネットワークの全てが使用可能なわけではない。彼女との仮想会議室へのみアクセスができるように設定されている」デイヴィッドがいった。

 他のシステムが遮断されているとはいえ、危険は伴う。ツカサの体内を巡るナノマシンがウィルスに感染していない保証はない。更に言えば、ツカサが接続中にセキュリティを突破し情報を盗み出すリスクさえある。

「僕がウィルスを入れないという保証は?」ツカサがいった。

 しかし、デイヴィッドが笑った。「お互いに何のメリットがあるのかね」

「最初に言っただろう? 私は反技術主義者の一人だと。私の研究は特殊な機械がなくても、紙とペンさえあればどこへだって行くことができる」デイヴィッドは続けた。「むしろ、ウィルスを仕掛ける上でデメリットを被るのは君の方ではないのかね?」

 デイヴィッドは笑っているが、その目はからかっているように見えた。疑う理由がないのなら、さっさと繋げて彼女に会いに行け、と。そう言っているような気がした。ツカサは2、3回深く息をしてからデイヴィッドの考えを見抜こうとした。ツカサには彼が何かを隠しているように思えて仕方がなかった。

「ダッチ博士、僕に何か隠していますか?」ツカサは率直に尋ねた。正直な話、遠回しな言い方が思い浮かばなかった。

 デイヴィッドはしばらく考えたのち、「なくはない」といった。しかし、「それは別に君が知らなくても良いことだ。もし気になるなら、次にアップされる私の論文を読むと良い」といった。

 ツカサは深く息を吐いてから「わかりました」といった。視界に表示されたメッセージに従い、ネットワークへとアクセスをした。途中、何度も警告が表示されたが、指示に従いその一つ一つにチェックを入れていく。やがて、仮想会議室のリンクが表示された。それを選択すれば、シグレの待つ仮想会議室へとアクセスができる。

 ツカサは一度、デイヴィッドの方を向いた。彼は笑顔を見せた。「5年ぶりの再会の準備は整ったかな」

「はい……心の準備の方は自信がありませんが」ツカサがいった。

「そういうものだ。再会というものは」デイヴィッドはまるで自分のことのようにいった。「予告されている再会なだけ、マシな気がするとは思うがね」

 彼の言葉にツカサは笑った。「そうですね」

 ツカサはデイヴィッドにひとこと告げてから、リンクへアクセスした。彼の体内を巡るナノマシンが仮想会議室へのアクセスに備えて<仲介者>を準備させた。しばらくして、ツカサの体から感覚が消えた。仮想会議室での感覚器官に切り替えるため、一時的に現実世界からの感覚情報は遮断される。肉体から<仲介者>へ、神経系の切り替えが終わるまでの数秒間、無にも等しい時間が流れる。仮想会議室を全肯定するつもりはないが、ツカサはこの瞬間の感覚がとても好きだ。何もない空間を感じられる唯一の瞬間、それは寂しさより喜びをツカサに与えた。

 やがて、消えていた感覚が戻ってきた。暗闇の中に一筋の光が差し、ツカサの目の前に世界が広がった。

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