第3話 夢の時間だよ

 「どうするね、と言われましても。俺は、・・・あ、いいえ。私は助からないのでしょう?」

 怯えた小犬のように身をこわばらせる勇者のHPは37あったが、気持ち的には真っ赤に染まった1に等しかった。


 どちらにせよ、こういう場合は徹底的に平身低頭する以外に道はない。万が一にも助かるのなら、僅かな可能性にすがりつきたい。落ちぶれてから勇者が生きる為に学んだ処世術でもあった。それが良い事か悪い事かは別にして。

 

 ライアン一世の墓石のてっぺんから5cmほど浮いたままワイングラスを傾ける悪魔(恐らくこいつらのボスだろう)は何もかもお見通しだぞ、と言いたげだった。すなわち、勇者の腐りきった性根や、乞食のように命乞いをしている声を。


 悪魔のボスは指で大きく円を描いた。

 すると、指で描かれた弧の何十倍も大きな円形のスクリーンがある魔法使い一家を映し出した。


 ~あるクリスマスの夜~


 父親はメラしか使うことができなかったのでモンスター退治ができず、家計はとても苦しかった。5才になる末っ子が数日前、“とさかへび”に足を咬まれ猛毒を患い、汚れたベッドシーツの上で今まさに天に召されようとしている。当然、毒消し草を買う余裕はない。

 母親と、まだ幼い兄と姉は“にこやか”に瀕死の末っ子の手を握り、頭を撫でた。そして父親はキアリーを唱え続けた。しかし父親はキアリーを覚えていない。メラのみである。決して回復する見込みはないが、神の祝福を純粋無垢なこの末っ子が得られるに違いないと、彼らは信じて疑わなかった。

 やがて、その小さな肉体から魂が剥がれ、末っ子はここではない、どこか別の世界へと旅立っていった。神様の祝福がありますように。また逢う日まで。残された家族は青白く痩せこけた末っ子を抱きしめた。


 ~上映が終わる~


 「どうだったかね?」


 「へぇ、貧乏人に救いはねぇなと思いました」


 宙を泳いでいた長い尻尾が強烈なアッパーを勇者のアゴに喰らわす。間違って洞窟でリレミトを唱えてしまった時のように彼は天井に激突し、そのまま落下した。


 「お前って奴は、まだわかっちゃいないようだね」

 ボスの冷ややかな声が揺れる脳にこだまする。


 「次」






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