第2話 酩酊
「こんちくしょう」
洞穴にやさぐれた勇者の吐き捨てた声がこだまする。
トロンと淀んだ目は阿片中毒者のようにも見える。
「こんちくしょうが」
キングスライム・ウィスキーは底をつきかけていた。
勇者はできの悪い頭で考えた。
なんだって俺がこんな寒い日のクリスマスに惨めな思いをしなくてはならないのか。いいや、甘んじなければならないのか。
俺は勇者だ。いや、・・・勇者だったんだ。
アリアハンの城下町を颯爽とマントをひるがえし闊歩した。
拍手喝采を全身に受けた。王からも、大臣からも、宿屋のオヤジからも、内緒でパフパフしてくれるあの子からも。イイ女だった。
あの頃
スライムを次々葬り去る俺は自分の剣技にうっとりしていたんだ。
が、しかし。奴は突然現れた。
盗賊カンダタ。
ブリーフいっちょうにマスクしてる変態野郎さ。
きっと奴はシャンパーニの塔から降りてきて町の若い娘をさらおうとしていたに違いない。だが、俺は自分のレベルをわかっていなかったんだ。背後から不意打ちしようとしたけど、返り討ちにあった。
初撃で勝負は決まったんだ。それも痛恨の一撃。俺はジパングまでぶっ飛ばされたのかと思ったよ。それ以来・・・
勇者はキングスライム・ウィスキーを一気に飲み干すと、目の前にあったひときわ大きな墓石に向かって投げつける。ビンに刻印されていたキングスライムが粉々になって無数のスライムになった。
“アリアハンの勇敢な戦士ライアン一世。オオガラスに敗れ、ここに眠る 1989”と彫られたひときわ立派な墓石は小さなダメージを負った。隣にあるホイミスライムの小さな墓が悲しそうに佇んでいる。
「こんちくしょう」
ん?今のは俺のじゃない。勇者は酔ってはいるがまだ意識はあった。明らかに自分の声ではない何者かの声だ。後ろを振り返り、天井を見上げ、たいまつ片手に洞穴の墓裏を確認したが、そこにいるのは土に埋まった死人達だけだった。
「おい、ぼけなす。こっちだこっち」
計算高く、インテリで、とても嫌味な性質の声が呼んだ。
勇者が声のする方を向くと、さっきダメージを負わせた墓石の上に悪魔が立っていた。いや、正確には“浮いていた”。
捉えた人間達をイバラのムチできつく縛り上げ、耳元で「ザ・・・ラ・・・・キ」と静かに、じっくりと時間をかけ、死ぬまで唱え続けるような、そういう事を愉しみにする類の悪魔。
尻尾は長くヒョロヒョロと無軌道に宙を舞っている。4~5メートルくらいはあって頑丈そうだ。
風の噂で聞いたバラモスの魔力やゾーマの闇を彷彿させる、“相当な使い手”だと勇者は震えあがった。少なくともあのカンダタなんて足元にも及ばないような。
「ぜんぶ見ていたよ。お前が男の子の腹にケリ入れるのをね。まったく、どうしようもない奴だね、お前って奴は」
悪魔は続けて言う。
「で、どうするね」
勇者の足は完全にすくみあがりモゴモゴと声にならない声をあげていた。
その瞬間
スーッと音もなく1体、また1体と悪魔達が壁から出現した。
それも相当の手練れ達。
決してアリアハンにはいないような。
洞穴は悪魔達の饗宴の場と化す。
酔いが一気に醒め、混乱しつつも勇者は一瞬の間に考えた。
「俺はここで死ぬ。完全に。復活の呪文というカードはもう使えない。リセットもない。つまり」
「つまり」
尻尾の長い嫌味な悪魔は若い僧侶の生き血で作られたワインを片手に呑みながら勇者の言葉を制した。
「ゲーム・オーバーさ」
その悪魔は、ホイミンが良いモンスターだと知りながら、喜々と釜茹での刑を命じた大臣がそうするような、ずる賢い笑みを浮かべた。
「で、どうするね」
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