第6話


 結局この日、僕が部活に行くことはなかった。


 電話越しで部長に散々まくし立てられた挙句、太一さんの家の場所も教えてくれることなく一方的に切られたのではもうどうしようもなかった。電話を切られる直前に「明日は御幸んちだからね!」と言われたのが唯一の救いだ。御幸さんの家は部長の家の隣だっていうし、部長の家ならこの間行ったからなんとか行けると思う。


 時刻は午後六時半。帰宅した僕は制服から部屋着に着替えて、二階にある自分の部屋で本を読んでいた。主人公のバイトするコンビニに異世界から女騎士がやってくるというハチャメチャのような、しかしありきたりのようなストーリーで、これがなんともまあくだらないのだけど、僕の陰鬱とした気分を少しだけ晴らしてくれたように思う。


 黙々とページをめくる音だけが部屋に響く。なんだか久しぶりにゆっくりできている気がして、時間とは有限なのだなと柄にもないことを考えてしまう。


 そんな時、玄関の開く音がした。僕は反射的に読んでいた本を閉じると玄関に向かった。




「おかえり」


「ああただいま。もう体調の方はいいのか」


 帰ってきたのはお姉ちゃんだった。お姉ちゃんはローファーを脱ぎながら僕にそう尋ねる。


「うん。少し寝たらだいぶ良くなったかな」


「それならいい。だがな、何も言わずに帰るのはどうかと思うぞ。あまりに長電話だと思ってドアを開けたら誰もいないんで面食らった」


「ああ、あれはその……ごめん。素直に謝ります」


「次からは断りを入れるように」


「はい……」


 思っていた通り、お姉ちゃんは僕が電話に出たきり戻ってこなかったことに対して軽くお説教。後で僕自身もそれに気が付いて、確かにあれは完全に僕に否があった。波風の立たぬよう、ここはきちんと謝っておこうと思う。


       


「時に青、お前の考える〝青春〟とはなんだ」


 夕飯を終え、僕がお風呂から出てきたところでお姉ちゃんが唐突にそんなことを訊いてきた。お姉ちゃんは何やら書いてあるノートに目を落としてソファにもたれている。実はお姉ちゃんは目が悪く、学校ではコンタクトレンズを付けているのだけれど、こうして家にいるときは黒縁の眼鏡を付けて生活している。ちょっとしたお姉ちゃんの知られざる一面だ。


「青春? そんなのひっそりとした中学生活を送ってきた僕にわかるわけがないでしょ」


「青の経験談は聞いていない。お前が青春というものをどう捉えているのかを聞きたいんだ」


 相変わらずこの人、突拍子もないことを聞いてくるなあ。でも答えないとムスッとされそうだし……。


「うーん……青春ねえ……」


 青春とはなんだろう。


 言った通り、僕は自分が青春をしていると感じた記憶がない。だからそれがどんな気持ちなのか、どんな感覚なのかがわからない。でも憧れのようなものはある。だから高校に入ってこれまでの薄暗い生活とはおさらばして、人並みに友達を作って、人並みにクラスに溶け込もうと努力はしている。いわゆる高校デビューを目論んでいると考えてくれて結構だ。


「なんて言うのかなあ、すごく漠然としてるんだけど、キラキラしてて、未来に一片の不安もないというか、今を全力で楽しんでる……そんなイメージかなあ」


 少し支離滅裂になってしまったけど、僕のイメージする青春とはこんなところだ。


「そうか。青はどうだ、この高校生活、楽しくなりそうか?」


「楽しいかどうかはわからないけど、忙しくはなりそうかな」


「大丈夫」


「え?」


「大丈夫だ。お前たち光城生のかけがえのない高校生活は、私が必ず楽しくさせてみせるから」


「はは、大きく出るなあ……髪の毛乾かしてくるよ」


 僕はおどけてリビングを出る。恐らく今のお姉ちゃんの言葉はぽっと出の冗談だろう。しかし、なぜだろう。その言葉には目には見えない、だけどもしっかりとした重みを確かに感じた。

 

 寝る前に明日の予定を確認しよう。またダブルブッキングが起きてしまってはシャレにならない。とりあえず、放課後はいの一番に部活に直行しなければならない。それだけは頭に入れておかねば。


 僕は部長への謝罪の言葉を考えながら布団に入る。いや、態度で示すよりも何か物でも買っていった方が効果的だろうか。駄菓子とか……さすがに馬鹿にしすぎかな。でもお菓子を与えられて喜んでいる部長の姿が容易に想像できるのが不思議だ。


 そんなことを考えていたら気持ちが楽になったのか、急に瞼が重くなってきた。さて、今日も一日お疲れ様でした。


 ……そして、明日はスムーズに一日が終わりますように。

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