第1話
「いいわね! 降ろすわよ! ゆっくりね! ゆっくりだからね!」
「わかりました、ゆっくりですね」
「なんで私がこんなこと……」
「あ、靴!
「ああもう、本当になんで私なんかが……」
十分弱の間、僕はひとしきりお神輿の気分を味わっていた。車酔いにも似た症状に襲われていると、やがて屋内に入ったらしく、無造作に靴を脱がされてしまったのだった。
そして、先ほどの甲高い声の女の子の言っていた通り、すごく慎重に僕の体は降ろされた。背中に感じる柔らかい感触はカーペットだろう。
「ふう、作戦はすこぶる順調に進んでいるわね。アオ、もうそれ取っていいわよ」
「……それ、僕のことですか?」
「決まってるじゃない。そんな給食袋を頭から被っていて、更に〝アオ〟なんて珍しい名前の人間、あんたしかいないでしょうに」
「……ええと」
「何よ」
「セイ、です。アオじゃなくって」
「なっ!?」
女の子はぎょっと声を跳ねさせると、ぐぬぬと小さく呻きだした。
父さん母さんには申し訳ないのだけれど、僕自身、この名前はあまり気に入ってない。一回で言い当ててくれる人はほとんどないし、苗字も一文字だからどこか外国の人に間違えられたりもしてしまう。なんとも厄介な名前である。
「し……知ってたわよそれぐらい……知ってたんだから……」
「その通りです。部長は初めから椿くんの名前がセイだということを知っていながら、あえてアオと言うことによって緊張しているであろう椿くんと場の空気を和ませようとしたんですよね」
「――もっちろんよ! 当たり前じゃないの! さすが太一は物分かりがいいわね!」
「ありがとうございます」
別の方向から聞こえてきたやんわりとした男の声に、女の子は元気を取り戻す。
「というわけで青! さっさと給食袋を取りなさい!」
女の子に急かされて、僕は恐る恐る給食袋を頭から外した。妙に懐かしいと感じていたこの匂いは給食着の匂いだったんだ。
急な光に目を細めながら捉えた視線の先には……。
「……ふん、姉に似て腹の立つ顔をしているじゃない」
「こんにちは。驚かせて悪かったね」
「もう帰りましょうよ」
僕と同じ、光城高校の制服を着た女子生徒二人と、男子生徒の姿がそこにあった。
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