五 今、夢だったことになった

 その後は金縛りにもならずに眠れて、朝を迎えられた。

 やはりトモビキは朝に弱くて、リビングに上がっても彼はいなかった。

 ウッカイとサルマはもう起きていた。

 二人は笑顔で、おはよう、と挨拶してくれる。

 そしてもう一人、男性がいた。

 彼は夫だと、サルマは紹介する。

「どうも」

 男ははにかんで、すぐ視線を外した。

「極度の照れ屋なのよ」

 とサルマ。

 そしてウッカイが

「そう。自分の子どもにも人見知りするくらい。妹が小さい頃なんて、それはもう面白かったよ」

 と言った。

「妹さん、いるんですか」

「ああ。もういないけど」

「え。ごめんなさい」

「いや、先に妹の話したのこっちだから。それにこっちの二人はどうだか知らないけど、俺は妹が死んだなんて、いまいち実感ないんだよな。遺体もしっかり見たのに、なんでだかね」

 もしかして妹さん、幽霊になって寝室にいるかもしれないですよ。

 とアムリタは思ったけれど、言えなかった。

 泊めてもらっておきながら心霊現象に遭ったなんて言いづらい。

「そういえばトモビキ君は?」

「まだ寝てると思います。寝ぼすけなんで」

「そっか。二人はお腹空いてる? それともトモビキ君が起きてくるまで、朝ご飯待つ?」

「待ってます」

 とアムリタ。

 いいよね、とクシャ美の顔をうかがうと、彼女はうなずいた。

「ところでこの町って、名産品とかないんですか。お土産買いたいんですけど」

「名産品かあ」

 熟考するウッカイの眉間にしわができる。

 すぐに思い浮かばないってことは、ないってことだ。

 それじゃあお土産どうしよう。

 そうアムリタが思ったところで、

「あれがあるじゃない。ほら、ホルオウト君のアクセサリー」

 とサルマが言った。

「彼はうちの町の人じゃなくて、旅人だろ。それは名産品とは言えない」

「でもお土産にはいいと思うわ」

「確かにそうかもね」

 ホルオウトという旅人は、ファッションのデザインを学ぶために様々な国を回りつつ、自作のアクセサリーを販売しているらしい。

 その旅の途中でこの町に寄った彼のことを、住人たちはいたく気に入って、半ば強引に滞在させているのだとウッカイは言った。

「もしかして、催眠術師ですか、その人」

 とクシャ美は聞いた。

「そうそう。催眠術師。知ってたんだ?」

「そういう人がいるってことだけ、ちらりと聞きました」

「催眠術って、今からお前は豚になるブヒー、ってやつ?」

 とアムリタ。

 かける側が豚になってんじゃん、とクシャ美は言った。

「彼のは、それとはちょっと違うね。彼は幻を見せるの専門だから」

「その人が見たいってリクエストした幻を見せてくれるのよ。超能力者ってだけでこの町ではかなり騒ぎになるのに、そんな面白い芸だからスター扱いよ」

「へえ」

「で、その彼の作るアクセサリーはなかなか綺麗だし手頃な大きさだから、お土産に丁度いいんじゃないかな」

「その人、どこにいるか、わかります?」

「さあね。彼はこの町にすっかり馴染んで、好きなように生活しているから、日中はどこにいるのかさっぱりだ。でも夜には、昨日行ったあの広場にいることが多いよ。あそこで彼は商売をするんだ」

「なら夜はまたあそこ行こう」

 と決まった。

 五人はこれからの予定のことやテレビから流れるニュースへの感想などを話していたが、三十分が経ってもトモビキは起きてこない。

 サルマの夫が仕事に出かける時間になって、彼は気恥ずかしそうに会釈をして出ていった。

 そしてしびれを切らしたアムリタが、

「起こしてくる」

 と言った。

 階段を降り、トモビキの寝ている部屋の前に立つ。

 見えない手を使ったいつもの手段で解錠して、ドアを開けた。

 トモビキは起きていた。

 と思ったらベッドの上に立ったまま寝ていた。

 着替えも済んでいて、足下にはパジャマが散らかっている。

「なんでそうなるか」

 アムリタはトモビキの脚を蹴った。

「おはよう」

「どうして立ったまま寝てるの」

「わからん。たぶん起きようとして失敗したんだろ」

 と言って大きく欠伸した。

「普通は起きるのに失敗しても、立ったまま寝ない」

「俺、特異体質だから、普通の人間にはできないことができる」

「あほか」

 腕を引っ張り、部屋から出す。

「ところでなんかいい夢とか、見た?」

 とアムリタは聞いた。

「夢? わからん。覚えてない。アムは見たのか」

「今、夢だったことになった」

「は?」

 電話をかけた時、アムの結婚式の夢を見ていると彼は言っていた。

 そのことをアムリタは聞きたかったのだった。

 私の結婚式って、相手は誰なの。

 トモちゃんはなんの立場でそこにいるの。

 夢なんて思い出せないものなのだが、そうとわかってアムリタはがっかりした。

「それとね、サルマさんの旦那さん、仕事があるってさっき出ていっちゃったんだよ。もっと早く起きてくれればよかったのに」

「そうだったのか」

 階段を上がる。

 トモビキはすまなそうに、

「寝過ごしてしまいました」

 とサルマたちに言った。

「いいのよ。おはよう」

「旦那さんは、なにをされている方なんですか」

「町長。町の長ね」

 聞いて、トモビキたち三人は目を剥いた。

「若いのに凄い」

 とクシャ美。

 するとサルマは、そんなことないわよ、と謙遜して笑う。

「前の町長が一年前に亡くなったの。その町長の息子が、うちの旦那。それで後釜を任されたってわけ。親の七光りね」

「それってもしかして、玉の輿ってやつですか?」

 アムリタはちょっと興奮気味に聞いた。

「私? うん、そういうことになるのかしらね」

「この町の町長って、なんか大変そうですね」

 トモビキが言った。

「いくら頭を使ってもテレパシーは使えない。ただ頭痛が来るだけだ。と前の町長は言っていたわ」

 雲をつかむのが町長の仕事だよ、とウッカイは言った。

「普通はしないような変なルールを作ったり、呪術師なんかに定住をお願いしてヒントを得ようとしたりね」

「呪術師、ですか」

「ええ。古くからの文化を守って森の中で暮らしている人たちって、いるでしょう。その中に、悪霊を追い払って病や怪我を治す呪術師がいたりするの。彼らの儀式っていうのは、一見治療には全く関係ない行為ばかりしているんだけど、でも儀式をすると嘘みたいに治るのね。そこから前の町長は考えたの。信仰心や回りくどい行動が、超能力を引き出しているんじゃないかって。それで現代の文明に影響されて森から出たがっているような呪術師を探し出して、この町に連れてきたのよ」

「つまり町の人全員と仲良くして葬式に出たり、他人の物を勝手に使ったり、建物がつながってたりするのは全部、儀式の真似ってことなんですか」

「そのとおり」

「呪術師って、どんな人なんだろう。会ってみたいです」

 とクシャ美が言った。

 彼女の期待を見抜いて、

「普通の人よ。特別変わったところのない」

 とサルマは言った。

「そうなんです?」

「ええ。だって私がその呪術師だもの」

「サルマさん!?」

 再び三人は目を剥いた。

 この風変わりの町の中では到底変人とは呼べないだろうと感じていた彼女が、この町におけるキーパーソンだというのは意外だった。

 少なくとも呪術師のようには全く見えない。

 そのような素振りは一切なかったと、これまでを振り返って思った。

「昔は本当に呪術が使えたんだけどねえ。こっちに来てからはさっぱりなのよね」

「力を失ってしまった?」

 とアムリタが問うと、サルマは首を横に振って否定した。

「きっと私の呪術は元々私の力じゃなかったのよ。あの森の、あの文化だから使えた魔法ってところかしらね」

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