二 ぶっちゃけ大事件です

 元校長室の高価そうな椅子とテーブルではない方、低いテーブルを囲むソファに、オミオミとクリストファー、アムリタとトモビキ、そしてフラヴィが座った。

「ぶっちゃけ大事件です」

 オミオミはリモコンでテレビの電源を入れる。

 小さなテレビが四人の座っている所のすぐ近くにあった。

 チャンネルを変えて、丁度その事件を報道している番組を探す。

「これ」

 とオミオミが言った。

 空からの中継で、氷で作られたドームが映し出されていた。

 画面をよく見ているとそのドームは球場の大きさを遥かに超えて、町単位の規模だった。

 かろうじて氷漬けにされずに済んだビルや家がとても小さく映っている。

「凄いな」

「SFみたい」

 とトモビキとアムリタは目を丸くしている。

「これ、中の人は大丈夫なんですか」

 フラヴィが聞くと、オミオミは首をひねった。

「わかんない。警察が外から入ろうとしたんだけど、その瞬間炎が出てきて進路を塞がれたんだって」

「え、炎?」

 聞き間違いか言い間違いかと思ってフラヴィは聞いたが、オミオミは、

「そう、メラメラメラって」

 と両手で火が立ち上るジェスチャーをする。

「なんで炎なんですか」

 氷のドームなのに炎。

 理解できなくてフラヴィは笑った。

 その時テレビで、氷漬けにされた町の名前をアナウンサーが喋ると、

「あ、ここ知ってる。放火魔の町だ」

 とアムリタが言った。

「放火魔?」

「そう。たとえばね、子どもがゲーム持って遊んでるとするじゃん。携帯ゲーム機。するとね、後ろから声をかけられるの。ゲームは楽しいか、って」

 段々と声色を低くし、フラヴィに顔を近付けてアムリタは話す。

「楽しいって答えると、その声は言うの。ならもっと面白いゲームをさせてやろう。その途端にゲーム機が凄く熱くなる。熱い、って手を離す。するとゲーム機が燃え出すの。その炎は地面を伝って少年の方へにじり寄る。声がけたけたと笑いながら言う。ほら、早く逃げないとお前も燃えてしまうぞ」

「都市伝説かよ」

 フラヴィは身を乗り出して、向かいに座るアムリタの頭をはたいた。

「マジの話なんだって。ニュースでもやってた」

「楽しくないって答えるとどうなるんだ」

 とフラヴィは腕を組んで座り直す。

「え、知らない。どっちにしろ燃やされるんでしょ。あ、でもまだみんな軽い怪我とかで済んでるって言ってた」

「超怖いよね」

 この頃広くなってきた額に手を乗せてオミオミは言った。

 五十を過ぎて髪の毛の問題が出てきたが、あまり深刻には捉えていなそうだ。

 もし悩んでいるのだったら奇跡の力で直してしまうはずだと、教会の人々は噂している。

「ドームの中にいる人は、なんとか無事らしい」

 とこれまで黙っていたクリストファーが口を挟んだ。

 彼はタブレット端末から指を離して顔を上げる。

「ネットに、あの町の住人らしき人の投稿がある。物流以外のライフラインは無事だから、町の中から食料が無くなるまでは生活できそうだと言っている」

「よかった」

 とアムリタは安堵した。

 希望が見えたこともそうだが、どうやら急ぐ必要がなさそうだとわかった点が大きかった。

 自分のペースでやっていいのなら、町の人たちをみんな助ける自信がある。

「所有者は二人なんですかね。それとも一人?」

 トモビキはオミオミを見て言った。

 超常の力、たとえば予知で、情報を得ていることを期待したのだが、

「わからない」

 とオミオミは言った。

 代わりにクリストファーが仮説を述べた。

「俺は一人の線が濃厚だと思っている」

 クリストファーは魔王の欠片の捜査を担当している。

 回収担当であるアムリタたちやフラヴィが出張る前、その下準備が彼の仕事だ。

「氷の力と炎の力、それぞれを持っている。あるいは、熱い方にも冷たい方にも調整ができる、熱を自在に操作する力という見方もできるが、まあ、そこは重要じゃない」

「どうせ私たちには効かないからね」

 とアムリタがうなずいた。

「所有者はおそらくこの少年と思われる。名前はジェイル・ジャルル」

 クリストファーはタブレットに写真を表示させ、それをアムリタたちに見せた。

 小学校の遠足の写真で、生徒たちがピクニックをしている様子だった。

 件の少年はカメラとは別の方向を見てジュースを飲んでいた。

「あ、この子、あの子だ」

 とアムリタは言った。

 そしてトモビキを見た。

「だな」

 二人はこの少年のことを覚えていた。

 二週間前、犬を安楽死させてほしいと言ってきた少年だった。

 そのことをトモビキは三人に話す。

「でもあの時は欠片持ってなかった」

 アムリタが言った。

 少年が欠片を持っていれば、アムリタの欠片が反応したはずだ。

「最近欠片が生まれたってことだろ。放火魔の事件も、起こり始めてからまだ一週間経っていない」

 話の筋は通るとクリストファーは言った。

「少なくとも、放火魔の方はこの少年だと俺は思っている。元々、放火魔の件が欠片絡みっぽかったんでここ数日色々探ってたんだ」

「で、この少年が浮上したと」

「でもこの子、ここらへんの子じゃないの」

 とアムリタは疑問を口にする。

 事件の町とはかなり離れていて、自転車で気軽に行ける距離ではなかった。

「ああ。だけど去年まではあの町に暮らしていた。そして放火魔の事件があった日に、彼が電車であの町まで出かけていたこともわかっている」

「原因はなんなんだ」

 今度はトモビキが挙手して言った。

「原因?」

「こっちに引っ越してきた理由だよ。いじめか? 本人じゃなくても、いじめられている誰かをかばって、トラブルになったとか」

 クリストファーは目を剥いた。

 トモビキの予想は大体当たっていた。

 ジェイルはいじめられていた少女を守るために、彼女のクラスメイトを襲っていた。

 彼の持っていたナイフはその生徒の脚に深く刺さった。

 それが彼の家族が事件の町を離れた理由だった。

「お前、どうしてわかった」

「実は俺、エスパーなんだ」

「ただの勘かよ」

 クリストファーは心底がっかりした様子を見せて、背もたれに体を預ける。

 目をつぶって小さな声で、期待して損した、と漏らす。

「勘ではないぞ」

「お前のエスパーだか勘だかはどうでもいいとして、実は放火の被害者の中に、そのナイフで刺された少年もいる」

 魔法でいじめっ子を消そうとしたということだ。

「いじめをしたとは言え、ナイフで刺されたり魔法で燃やされたり、悲惨だな」

 とトモビキは言った。

 クリストファーはそれには何も言わず、いじめの被害者に話を移す。

 少女の写真も彼は入手していた。

 室内で撮られた集合写真に写った生徒たちの中に、一人だけ髪の毛の白い少女がいた。

 クリストファーはその少女を拡大する。

「彼女の名前は、シュバリー・ノクタン。先天的な色素欠乏で髪や肌が白い。どうやら彼女は変なあだ名を付けられていたそうだ」

「げんなりする話だね」

 とアムリタは写真をさらに拡大し、少女や他の学生を一人一人観察しながら言った。

 自分の欠点とかから目を逸らすことは簡単だけど、嫌なあだ名から逃れることはとても難しいんだよね、とアムリタは思った。

 いつまでも死神扱いをされているアムリタは、白い髪の少女に同情する。

「ねえ、この子たちって、中学生?」

 とアムリタは聞く。

 写真の生徒たちのほとんどが小学生にしては体が大きく、大人びていた。

 その通りだとクリストファーは言った。

 彼女たちはジェイルより四つ歳上だった。

「シュバリーはジェイルとは同じマンションに暮らしていて、ジェイルは小さい頃からよく遊んでもらっていたんだ。優しい近所のお姉さんがいじめられていると聞いて、ジェイルは凶行に及んだわけだな」

「相手が子どもだと殺すのはまずいのか?」

 とフラヴィはオミオミに聞く。

「そうだね。被害の程度にもよるけれど、フラヴィはバックアップをしてもらうつもりだ」

「程度によっては殺すのか?」

「子どもかどうかは関係ない、と一応言っておくよ。関係はあるんだけど」

「そういうところが最高に疲れる、子ども相手って」

 うんざりしたフラヴィは首を左右に曲げて疲れをアピールする。

 アムリタはまだシュバリーの写った写真を見ていて、

「氷のドームもこの子のためなのかな」

 と言った。

「たぶんな。ドームの氷はかなり濁っていて、中は昼間でも日光が遮られて薄暗いみたいだ。それは紫外線に弱いシュバリーを守っているつもりなんだろう」

「紫外線に弱いってどういうこと?」

「メラニンってわかるか。それが少ないんだよ。とにかくそう考えれば、氷もジェイルの仕業と思えてくるだろ。だから俺は所有者はジェイル一人だと見ている」

「この子が所有者って可能性もあるけどな」

 とトモビキが意見した。

 しかし全ての可能性を検討しては切りがない。

 議論を断つようにオミオミが両膝を手で打った。

「さて、後は現地で確かめるとして、そろそろ行きましょうか」

「その前にお着替えします」

 アムリタが立ち上がりながら手を挙げた。

「早めでお願いね」

「はあい」

 アムリタはトモビキを連れて部屋に戻る。

 散歩した時のジャージ姿のままなんてありえない、とアムリタは彼に着替えを強要する。

 気が乗らなかったトモビキは、白とか黒とかグレーじゃなければおしゃれだろ、という大ざっぱさでクローゼットの手前側にあった赤いロングTシャツを選んだ。

 着替えても気の抜けた感じのあるトモビキの格好に、アムリタはちょっとがっかりした。

 教会に飼われてからも、その以前も、遠出なんてろくにできなかった。

 だからアムリタは今日の外出に期待していた。

 彼女が着替えた、丈の長いデニムジャケットとショートパンツは、大切にしているファッション雑誌の一ページを真似したものだった。

「気合い入ってるじゃん」

 そのページだけ切り取って保管しているのを覚えていて、トモビキは言った。

「入るともさ。って言うか、トモちゃんは抜けすぎ」

「動きやすければそれでよし」

 まあいいけど、とアムリタは返す。

 見た目という点では雑でも、トモビキは自分の体に合った服しか着ない。

 今日は遊びに出かけるのではないし、所有者との戦いになった時に素早く動いてくれるのはとても頼れる。

 くみ取ってあげれば、ぎりぎり格好よく見えなくもない。

「って言うか、いつの間に買ってたの、そんな服」

 トモビキは聞いた。

 似た服を欲しがっていたのは知っていたが、手に入れていたのには気が付かなかった。

「前にアールパカに買ってきてもらった」

「そうだったのか。全然知らなかった」

 特段嬉しそうにしていた様子もなかったので、たぶん隠していたのだろう。

 そんな服を披露してきたのだ。

 彼女が相当舞い上がっていることをトモビキは察した。

「帽子、被った方がいいかな?」

 アムリタはつばの付いた帽子を手に取る。

「とりあえず被っとけばいいよ。邪魔だったら導師様に預けな」

「そうする」

 アムリタは帽子を被り、二人は部屋を出た。

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