詩音Ⅳ

「・・・・・・・・・・・な?」


「『な?』じゃないですよっ!なんですかこの人たち!ちゃんと曲を聴いて下さいよっ!」


「ま、まあまあ、みんな褒めてくれてるわけだし」


「私は先輩のつくった曲を褒めてほしいんですっ!それなのに、それなのにぃ・・・!」


「演奏がすごいってのも褒められて当然だろ?だから・・・」


「演奏のすごさより私の容姿のことばっかりじゃないですか!しかも一番下のこれなんですか!『ピアノを擬人化したらこんな感じだと思う』って。意味分かりませんよ!!」


 確かに。


 正直笑いそうになった。


 でもなんか納得。


「それはそれとして、これで僕の言ってることが間違いじゃないって分かったろ?世界中にファンがいるのは詩音のほうだって」


「ううぅ・・・・・」


 嬉しいような悲しいような、複雑な心境らしい。僕としては自分の後輩がこんなにも高い評価を得ていることに、自分が評価される以上の喜びを感じているのだが。


「先輩はそれでいいんですかっ」


「みんなからチヤホヤされたくて曲をつくってるわけじゃないからね。そりゃあ見ず知らずの誰かが僕の曲で有名になるのは許せないけど、詩音なら別に構わない」


「・・・そう、ですか。先輩は無欲ですね」


「そんなことはないけどな。お金は欲しいし、チヤホヤされるのも別に嫌なわけじゃない。恋人とかも・・・」


「え?」


「いや、なんでもない」


 悩みの種から余計なことまで言ってしまった。


「まあ何にせよ詩音に任せれば僕は作曲家として食べていけそうだな。こりゃ僕の未来は安泰だ」


「別に先輩は私がいなくても食べていけると思いますが・・・先輩が私を頼ってくれるなら私、何でもします!」


「何でもは言い過ぎじゃないか?」


「いいえ何でもしますよっ!むしろさせてください!なんなら今つくってる曲も私に弾かせてください!」


「え、あ・・・それは・・・・・」


 やばい、それはただの嘘なのに!


「私じゃ、駄目ですか・・・・・・・?」


「・・・・・・・・・・」


 詩音は涙目で訴えるように僕を見つめる。なんて卑怯な目なんだ。こんな目をされて断れる男がいるなら是非僕の前に現れてくれ。そしてそのやり方を教えてくれ。


「わ、分かった。でもスランプ中だから、あんまり期待しないで。完成するかも分からないから」


「大丈夫です!いつまでも待ってますから!」


「そ、そうか・・・・・」


 心が痛い。


「ところで、今回はどんな曲をつくっているんですか?」


「・・・・・スタッカート」


「・・・?それは演奏方法では?」


「アンドゥ」


「それも曲のテーマではないのでは・・・」


「スケルツォ」


「あ、スケルツォですか!わぁ、楽しみです!」


 ・・・・・。


 この子に冗談は通じないなと、僕は完璧なツッコミをくれた奏のことを思い浮かべた。

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