詩音Ⅲ

「僕は詩音の中で今まで人間じゃなかったってことかな」


「正直なことを言うと、少し。本当に人間離れした才能を持っている人だと思ってました。だからいつも、私なんかが先輩の・・・その、近くにいていいのかなって」


「ん?どういう意味だ?」


「だって先輩みたいなすごい人が、私の為に曲をつくってくれたりして・・・。すごく贅沢な思いをしていると思います、私」


「僕は自分で自分のことをすごいと思ったことはないから、ピンとこない話だなぁ。まあそう言ってもらえるのは素直に嬉しいけど」


「先輩のファンだっていう人は、この大学だけでも結構いますよ」


「え、そうなの?」


「学内だけじゃなくて世界中にいますよ?ですからこんな贅沢してたら先輩のファンの人たちに嫉妬されちゃいます」


「いやいやいや、世界中は言いすぎでしょ」


「本当ですよっ、見て下さい」


 そう言うと彼女はポケットからスマホを取り出した。


「前に先輩につくってもらって、私が演奏した曲がありますよね」


「なんだっけ、『Forest for Rest』だっけ」


「はい。それで、先輩に許可をいただいてその曲をネットに公開しましたよね」


「え?あー、そういえばそんなこともあったっけ」


 言われるまで全く記憶になかった。


「その動画がこれです」


 彼女がスマホのモニターをこちらに向ける。有名な動画投稿サイトが開かれており、一つの動画が再生されていた。その動画のタイトルには確かに僕がつくった曲のタイトルが付けられており、動画にはその曲を演奏する詩音の姿が映っていた。


「そうか、こんな風に動画をあげてたのか」


「ほら、再生数見て下さい」


 言われて、再生数の書かれているところを見る。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん・・・・・」


 ・・・・・。


 まじか?


「ほら、100万再生されるくらい聴かれてるんですよ、先輩の曲」


「・・・知らなかった」


 普通に驚いた。100万再生なんてそうそうあるものじゃない。一体僕の曲のどこに惹かれればこんなに再生する気になるというのか、甚だ疑問だ。


 ・・・・・。


 ん?


 ああ、なんだ、そういうことか。


「もし今までつくった曲全部投稿したら、一躍有名人になれますよ」


「いやいや、流石にそれはないよ」


「ありますよっ!」


「ないって。この動画は、この動画だからこんなに再生されてるんだよ」


「?どういうことです?」


「ほら、動画を見てよ」


 首で傾けてモニターを見るように指示する。


「こんな可愛い子がピアノ弾いてたら、そりゃ見たくもなるって」


「かっ・・・かわいい!?」


 心底驚いたというように、彼女は悲鳴のような声をあげる。


「か、かわいい・・・」


「う、うん・・・。僕の曲がいいんじゃなくて、演奏者がいいんだよ。だからただ曲を投稿した程度じゃ、こんなにいかないよ」


「かわいい・・・・・」


「し、詩音?」


 心ここにあらずのように呟く彼女は、よく分からないくらい顔を赤くしていた。はて、何か変なことを言っただろうか。


「はっ・・・!ち、違いますよ!私が可愛いからとか、そういうことじゃありません!先輩の曲がとってもいい曲だからみんな聴いているんですっ!」


「そんなことないって。じゃあコメント欄見てみなよ」


「え・・・」


 画面をスライドして、一緒にコメント欄を見てみる。


 すると。



『曲もいいけど何よりもピアノ弾いてる子が可愛い』


『何この子めっちゃ可愛いんだけど』


『とっても上手ですね!プロの方ですか?』


『惚れた』


『指の動きが滑らか過ぎる。これくらい上手くなりたい』


『楽しそうに弾く姿に心を奪われた』


『弾く姿に夢中でもはや曲聴いてなかった』


『演奏が頭に入ってこねぇ、可愛すぎて』


『好き』


『女神や・・・』


『ピアノを擬人化したらこんな感じだと思う』

 


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」

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