第4話
関空特急はるか二十一号は向日町操車場(京都総合運転所)内で立ち往生していた。京都発の下り『はるか』は、貨物線と操車場を経由して本線に入るのだが、その合流点の分岐器が動かなかったのである。
三人の作業員たちが線路脇を歩いて、本線への合流点へと向かっていた。分岐器を手動で操作し、『はるか』を本線に通すためだ。
向日町操車場は端から端まで歩くにだけでも半時間を要するほど広大な敷地を誇っている。線路脇が歩きにくいことも重なって、まだ肌寒い初春だというのに、作業員の額は少し汗ばんでいた。
初老の作業員は静まりかえった本線を眺めて呟く。
「こりゃあ、一大事だなあ」
若い作業員二人は彼の後ろで話し合っていた。
「アイトラス導入でここまで混乱するとはなあ」
「ああ」
「まったくもって、コンピュータってのは扱いにく奴だ」
という初老の作業員の言葉に、若い二人もこのときばかりは同意せざるを得なかった。
線路の合流点に到着する。若い作業員が工具箱を地面におくと、初老の作業員はそこから手回しハンドルを取り出した。そして、慣れた手つきでレール脇の転てつ機にそれを差し込む。こうすることで、分岐器はシステムから切り離され完全に手動となるのだ。異常時の常套手段である。
いっそう騒がしくなる列車無線。彼らは思わず音量を小さくした。彼らが使うべきなのは列車無線ではなく作業員用の無線だからだ。列車無線は念のため持っているに過ぎない。
ハンドルを何周か回すと、ゆっくりと分岐器のレールが動きはじめる。
「よし、これで――」
そのとき、初老の作業員は手を止めて立ち上がった。レールが僅かに振動していることに気づいたからだ。その不気味な振動は徐々に大きくなる。どこからか列車が接近しているに違いない。だが、『はるか』は停車している。
「何かありました?」
若い作業員が振り返る。彼の目は急接近する電車の前照灯を捕らえた。
「電車だ! 本線に電車が来るぞ!」
彼は赤旗を電車に向かって大きく振りかざす。だが、電車は減速する様子を見せない。それどころか加速しているようにも見える。その黄白色に輝く前照灯は、まるで邪悪な笑みを浮かべているかのようだった。
彼は叫んだ。
「逃げろ!」
だが、分岐器を元に戻さなければあの電車は脱線してしまうかもしれない。もう一人の若い作業員は手回しハンドルに飛びつき、先程とは反対方向に回し始める。すぐそこに迫る電車。手回しでは追いつかない。初老の作業員は咄嗟に彼を押しのけ、ハンドルを抜き取った。転がるようにして退避する。その直後、電車が猛スピードで通過していった。すさまじい追い風を従えて。
彼らは胸をなで下ろした。間一髪で分岐器が自動制御に戻ったのである。
だが、彼らはしばらく言葉を発することができなかった。電車が通過する瞬間、その電車に誰も乗っていないことに気がついていたからだ。運転士や車掌すらも乗っていない。それは、無人電車だった。
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