第3話
午前十時五十四分。普通電車の京都行きは、東海道本線下り外側線で停車していた。京都駅がもう見えているのにもかかわらず、場内信号機は不機嫌に赤を灯らせたままだった。湖西線から引きずってきた遅れは既に一時間を超えていた。
怒号が飛び交う列車無線では、指令を呼び出してもまるで応答がなく、携帯電話も指令には繋がらない。運転士は貧乏揺すりをしながら、無意味にブレーキを強めたり緩めたりする。これだから指令は当てにならないのだ。
運転士の苛立ちが頂点に達しようとしたとき、彼の目はついに青色の光を捕らえた。
「場内進行。やっとか」
運転士はため息をついて、ブレーキハンドルを緩める。電車もため息をついた。『ああ、気持ちは良く分かるよ』と運転士は、ブレーキの緩解音に同意した。
だが、彼は気づいていなかった。彼は焦りと苛立ちのあまり、場内信号機の番号を良く確認していなかったのだ。誤った信号機に従い、電車は京都駅の場内へと進入し始めていた。
いつもは見かけない回送列車が引き上げ線にいるのを見て、彼は首をひねった。それに、奈良線のホームからもなにやら異様な雰囲気が漂っている。停車中の一編成がホームに入りきらない長さ、おそらくは十六両以上の編成になっていた。おそらく故障を起こして動けなくなった電車を、別の電車が助けるために連結したのだろう。どうやら、異常が起きているのは信号機だけではないようだ。
一体何が起きているのだろうと思案を巡らせながら、彼は奈良線を眺めていた。分岐器をひとつ、またひとつ通過し、最後の分岐器を通り抜けると、電車はホームに差し掛かる。ふと彼が視線を前方に戻すと、そこには別の電車が停車していた。
「あ!」
運転士は慌てて非常ブレーキをかける。
「しまった!」
自分は間違ったホームに進入し、前方の電車にどんどん接近している。このままでは追突してしまう。いや、これは正面衝突なのかもしれない。なぜATSが作動しなかったのだろうか。ホームでは駅員が必死の形相で赤旗を振っていた。
もうだめだ――彼は目をつぶった。
――しばらくの静寂。
『こちら新大阪輸送指令、二八一三M運転士、応答願います。どうぞ?』
という無線の声が静寂を打ち破った。
運転士はおそるおそる目を開ける。
前方の電車とは、わずか数メートルの位置で停車していた――助かったのだ。彼は胸をなで下ろし、額の汗をぬぐった。
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