22:謎解き②

 私はゆっくりと深呼吸して、皆の疑問を解決する為の考えを述べる。

「まず、前提条件として、近藤さん殺人事件と千沙梨さんのノートパソコン窃盗事件は、単独犯では無いと考えています」

「単独犯では無い?という事は複数犯ってことか?」

 南部さんが驚いた表情で聞く。


「はい。おそらくそうだと思います」

 周囲を見渡しながら言うと、全員が黙って頷くだけだった。

「殺害の計画を立てたのが笹原麻耶さんで、実行したのは、後藤さんだと思います」

「後藤?」

「はい」

「後藤は確か近藤さんの同僚だよね?」

「はい。そうです」


「ちょ、ちょっと待って」

 南部さんは続きを話そうとする私を制止する。

「仮に楓花ちゃんが言うように、後藤が近藤さんを殺害したとしよう。でもその動機は?後藤にも近藤さんを殺害したいという動機があったことになるよね?」

「動機ですか?それはあるのか無いのかははっきりとは分かりませんが、おそらく無いと思います」

 私の発言に明らかに混乱している南部さんは皆に視線を合わせる。

 おそらくこの場にいる全員が同じ思いなんだろう。


「えっと、よく分からないな」

「でしょうね」

 私は素っ気なく答えた。

「動機が無いのに殺害するなんてどう考えても不自然ではないか?」

 確かにその通りだと思う。


 本来、殺人を犯すなんて並大抵のことではない。人を死に追いやるにはそれなりの理由がある筈だ。

 しかし、近藤さんの殺害についてはそれが無いと聞かされたら、誰だって混乱するだろう。


 それこそが犯人の仕掛けた罠ではないかと思う。

「簡単に言えば、この事件は依頼殺人だったのではないかと考えています」

 そこまで言って私はお茶を一口飲む。

「依頼殺人!」

 皆が声を上げる。

「ちょ、ちょっと待って!依頼殺人って笹原麻耶が後藤に依頼して近藤さんを殺害したという事?」

「はい」

「いやいや、それは無理があるだろう」

 南部さんの発言に皆が同意したかのように頷く。

「どうしてですか?」

 私は南部さんに何故無理なのか聞いた。


 大体の答えは分かっていたけど、情報のすり合わせは大切だと思ったから。

「動機もない人間が依頼されて、『はい分かりました。殺しますね』にはならないだろう?」

 少し人を馬鹿にしたような口ぶりであったが私は気にせず


「では依頼殺人と言う言い方を改めます」

「え?」

「交換殺人だったのではないでしょうか?」

「交換殺人……ってことは後藤も誰か殺害したい相手が居たという事か?」

 私の話したいことの一部を南部さんが言ってくれた。

「はい。そうだと考えています」

「誰だ?」

「おそらく千沙梨さんです」


「え?諏訪君?」

 父が驚いた表情で言う。

「うん。お父さんこれ見て」

 私は近藤さんのオンラインのストレージに入っていた日記をスマートフォンで見せる。


『先日、後藤の彼女に会った。ちさちゃんと呼ばれた彼女はとても綺麗な女性だった。

 とてもお洒落で後藤には勿体ないと思う。


 あ、これは後藤に言ったら怒られるな(笑)

 ちさちゃんは、児童相談所の職員と言っていたから何かと話が合いそうだなと思う。

 俺も子供が大好きだから。

 後藤の奴は子供好きとは思わないけど(笑)

 とても不釣り合いな二人なのに、似合いのカップルに見えるのがなんとも言えないほどの不思議である』


 読み終えた父は顔を上げて

「諏訪君の事だね……」

「うん。後ねこれも読んで」

 私は別の日記を表示し父に読ませる。


『後藤の奴が分かれたらしい。今日は奴に付き合ってやけ酒だ。後藤は落ち込んでいた。話を聞く限り、後藤の自業自得だと思う。別の女に手を出したのがちさちゃんにバレたらしい。まったくこの色ボケ男は!そんな説教などしても後藤はますます落ち込むだけだから、気が済むまで付き合うことにした。後藤は仕切りに何か言っていたけど……データがどうとか?一体何のことか分からないけど、そのうち立ち直るだろう』


「楓花これは?」

 父の言葉に

「千沙梨さんと後藤さんの別れを綴った日記だよ」

「いや、それは分かる。どうしてこれを俺に?」

「だって動機になるでしょ?」

 そう聞いた南部さんが私のスマートフォンを覗き込む。

「別れたぐらいで殺害したい動機になるなんて思えないけど……」

「ラブアンドヘイトって言う言葉もあるぐらいですよ。男女の恋愛の縺れは意外と根深いのですよ!」

 はっきりとした口調で告げると

「そうなの?」

「た、たぶん……」

 その件に関してはあまり自信をもってそうだと言い切れない。

 だって経験ないんだから仕方ないよね。

 本多さんや美彩ならそんな恋愛をしているかも知れないけど……


「と、とりあえず情報を整理しよう」

 南部さんの言葉に皆が頷く。

 その時、

「南部さん、エスクロコーポレーションの資料持ってきました」

 平塚さんが大きな声で資料を抱えて戻ってきた。

 怪訝そうに平塚さんを見つめて資料をむしり取る。

 資料に目を通した南部さんは私に資料を手渡してくれた。

 私もざっと目を通す。

 想像していた通りだった。


 詐欺の内容も笹原麻耶と言う人物の事も。

 笹原麻耶という人物の名前はどこにも載っていなかった。

 逮捕されていない一般的な社員ですら載っているのにもかかわらずだ。

「これではっきりしましたね」

「そうだね」

 笹原さんがエスクロ社に在籍していた事実は無い。

 しかし近藤さんの日記にははっきりと在籍を促すことが書かれていた。

 もしこれが警察にバレると逮捕される危険がある。

 動機としては十分だと思った。

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